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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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地下牢

そのころ、彼は。

 鬼瓦朱里を庭まで送ると、当主は誰にも告げず、階段を下りて地下へと向かった。


 カツンカツンと靴音が静かだった地下階段に反響する。その足音で目を開いた伊吹は、姿を現した彼に小さく微笑んだ。約半年ぶりに目にした彼は、どことなく雰囲気を変えていた。


「やっと来たなあ、響。……待ってたよ」

「単刀直入に訊こう。青龍はどこにいる」


 当主の足が、伊吹のいる牢の前で止まった。伊吹は彼を見上げる。心の内はどうか知らないが、表面はあくまで冷静だ。

 元来、彼は言葉遊びを嫌う質だが、ここまで余裕が無いのも珍しい。

 だからあえて伊吹は、その言葉のない要求を無視した。


「青龍がどこにいるのかなんて、ぼくが知るわけないじゃないか。きみの方が詳しいんじゃないかなぁ」

「とぼけるな。雷城の当主も仰った。お前に訊けと」

「へぇ。…ならこうも言ってなかったかい? 伊吹の口を開かせるのは、神の言葉でしかできないと」

「伊吹!」


 当主の一喝が、広く冷たい地下に響く。苛立ちを取り繕うこともなくなった当主の素の顔は、迫力満点だ。

 しかし、伊吹に大した影響はなかった。


「怒るなよ。ぼくはふざけてるわけじゃない。本当に、語ることを許されていないんだよ」


 言いながら、首元の飾りに触れる。命に初めて会った日、あげたものと対になる首飾りだ。肌身離さず腕輪をつけてくれているのか、触れると体温のように暖かい。


「ところで、響。上では何が起こってる?」

「……何が、か。わからないのか」

「わかるわけないじゃないか。ぼくは、千里眼を持っているわけじゃないからなあ」


 はぐらかすようにする彼に、苛立ったのは伊吹だった。ああなるほど、これは確かに、腹立たしい。そう思った自分に苦笑する。

 自分のことを棚に上げて怒るのもどうかと思って、伊吹は少しだけヒントを与えることにした。いや、むしろ答えに近い。だが、それが彼の知りたいことの全てというわけでもない。


「青龍は、きみの体の中に。きみの脈動が、青龍の生きている証」


 静かに語った伊吹に、当主はハッとしたように顔を上げて、真っ直ぐに目を合わせた。

 黒い瞳と、金の瞳が交わる。念を押すようにじっと見つめてくる当主に笑って、伊吹は頷いた。


「今、きみが考えたことで当たってる。まあ、信じるか信じないかは自分次第だけどな。…それで、あの子は?」


 対価とばかりに説明を要求してきた伊吹に、当主は重々しく口を開く。地上で行われていることの説明をすると、伊吹は眉をひそめながら言った。



「どうしてそんな危険なことを……。全く、あの子はやることが違うな。きみもよく許したね」

「許されないことではないのなら、あいつには自由をあげようと思っていたから」


 籠の鳥でしかなかった彼女を解き放ちたいと願って、どれだけ経ったのかもわからない。ただ、それだけを望んで、そのために動いてきた。そしてやっと、この手に手に入れることが出来るのだ。だが、籠の鳥にするつもりはない。


「あいつは自由だ。いつでもここを出て行ける。その選択肢もある」

「そうなってほしくはないけどな」


 無言で首肯する。伊吹は笑い、そして突然、表情を消した。

 その変化は唐突で、思わず驚いた当主は、何ごとかと訊ねようとしたが、それより早く伊吹が口を開いた。右腕に付けた、水晶の飾られた腕輪をじっと見つめている。


「上へ行け、響」

「は…」

「早く行け! 手遅れになるぞ!!」


 いつになく厳しい声に叱咤されて、響は理由を聞くことなく、階段を上って行く。飛び越えて飛び越えて、走って走って、先程別れた庭に行き着く。


 そこに広がっていた光景は、思っていたよりも陰惨だった。


 意識のない沙紀を泰澄が、血を流した鬼瓦朱里を神楽家の巫女たちが、それぞれ支えて、彼女を呆然と見つめていた。

 白き衣を纏った、さらさらと靡き陽の光を反射する、白髪と小さくも力強い背中が、こちらに向けられている。

 その彼女の向こうには、鬼瓦朱里の体から引き剥がされ、実体を失った鬼がいた。唸りながら、命との間合いをじりじりと詰めて行っている。



「せめて、殺そうか」



 耳に届いたのは、可憐な声には似つかわしくない、残酷な言葉。

 何を思ってのその言葉なのか、彼には知る由もなかったが、なぜか不思議と反発心は湧かなかった。理由のない行動と言動は嫌う質だが、彼女の台詞は、すとんと抵抗なく胸に落ちてきた。


 なぜか。わからない。ただ、いまは本能に従おう。


 近くの棚の盆栽道具の箱の中から、剪定用の鋏を手に取った。それを思い切り、命と鬼の間を狙って放り投げる。


 間髪入れずに走り出し、培ってきた身体能力と少しのズルをして跳ね上がり、命の遥か頭上を飛んで、鬼の頭上に狙いを定めて落ちたが、避けられてしまった。


 舌打ちをして立ち上がる。さり気なく後ろを伺うと、命が驚きも顕に彼の名を呟いたから、思わず頬を緩めた。


 しかし空気の読めない鬼は、状況に構わず叫んだ。穏やかなものが一瞬で去って、苛立ちが伸び上がる。

 咆哮を続ける鬼の目に狙いを定め、ポケットから出したペンをダーツの要領で放った。それは見事に直撃し、鬼を貫く。


 悲鳴を上げるやつを無視して、当主は命を振り返り告げた。

 それを聞いたのか聞いていないのか、命は戸惑いも顕に当主を見つめた。しかし、彼に鬼が攻撃を繰り出してきたので質問もはばかられる。


 地面に叩き付けるように繰り出される拳をひらりひらりと華麗に避けながら、当主は再度命に頼む。


「構うな、早く」

「で、も」

「理由はやってみればわかる。喚ばねば後悔するぞ」


 そんな脅しともつかない言葉に、命は体を震わせつつも頷いた。


 戸惑いはしても疑わないのは、彼の台詞に嘘はないと信用しているからか、またはそれくらいしか方法がないからと諦めているからか。前者であれば嬉しいが―――と、そんな邪なことを考えている様子は少しも見せず、当主は横に跳んで力強い拳を躱した。


 地面が陥没し、豊かな草の下の茶色い土が見えている。鬼は実体を持たないようだが、衝撃だけはその限りではないようだ。質が悪い。


 当主に好き勝手に翻弄され、そろそろ本気でなりふり構わなくなりそうになっとき、命の祝詞が聞こえてきた。




「天原におわす神よ。いざ、神楽をお救い下い。―――青龍!」





 心臓が、激しく揺れた。









やっとおいでくださいます。

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