表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
32/42

口付け

長めです

題名通りです。注意!

 夢も見ずに目がさめて、ぼんやりと天井を見上げる。やってきた今日という日の朝に瞬きを繰り返す。

 とうとう、と思う。とうとう。


 ふとぬくもりを感じて見てみれば、傍らには当主がいた。彼はベッドで眠る命の手を取り、ベッドサイドの椅子に座って横にならずに眠っている。

 初めて見る寝顔に、微睡んでいた思考がさっと覚めた。


「きれい……」


 男の人の寝顔ってこういうものなのだ、と不思議な気持ちで眺める。

 そう、当主様はとてもかっこいい。というか、綺麗な顔立ちをしている。涼し気な目もとは切れ長で、すっと通った高い鼻と薄い唇も相まって、とてもかっこいい。

 黒髪が風を受けてさらさらと舞う様は下手な女の人よりも綺麗で、深い黒瞳にじっと見られると落ち着かない気分になる。

 まがい物ばかりの彼女より、誰もが見蕩れることに違いない。


 こんな人がわたしの夫になってくれるなんて、とてももったいないと思う。

 もっと綺麗な人だってたくさんいるだろうし、こんなにかっこよくて仕事もできてあの龍ヶ峰家の当主なのだから、きっとわたしでは物足りない。

 こんな、"人"とも呼べるかわからない怪しい人間を。


「恐ろしいのです、当主様…」


 彼の頬に手を伸ばし、指先でちょんと触れてみた。それだけで心の奥から湧き上がる、不思議な感情。

 本当に、綺麗な人だ。


「わたしは、自分が、どうしようもなく――――恐ろしく思えるんです」


 そう、もうずっと昔から。


「それは聞き捨てならないな」


 すぐ目の前で唇が動いて、命はあまりの驚きに出していた手を引っ込めることも忘れて硬直した。

 当主はあの綺麗な瞳で彼女を見つめている。頬に触れていた指は手首ごと囚われ、なんのことでしょうか、としらばっくれることもできない。


「お、起きて……」

「お前より数分早くな。どんな反応をするのかと様子を見ていれば…よりにもよって"綺麗"だと?」


 そこに怒っているのか。

 確かに男の人に綺麗という形容詞は相応しくないかもしれない。でも、当主様は綺麗なだけじゃなくて。


「かっこよくもあります」

「それはどうも」


 今度は受け取ってもらえた。ほっとする命に微妙な気持ちになりながら、彼は捕らえたままの彼女の手の指先に唇を寄せた。

 命の頬が赤く染まる。指先で感じる呼吸に狼狽えた。


「言っておくが、俺はお前を不気味だと思ったことはない」

「と、」

「お前のことを、人ではないと思ったこともない」


 先ほどの独白のような問いかけに対する答えなのだと気付いて、命は鼻の奥がつんとしたような気がした。

 当主の唇は指先から離れて、ひたと彼女の瞳を見つめているが、手首は捕られてそのままだ。

 だけど、嫌ではない。


「俺はお前の過去も知っている。本当は神楽家から出たくはなかったということもな。だが、お前を連れ出したことを俺は謝らないし、後悔もしていない。俺には必要なことだった」


 自分勝手だろう、と自嘲する。命は強く首を振った。


「それはきっとわたしの定でした。ずっとあの場所にいることは出来ないことだと気づいていました。だから、わたしを連れ出してくれたのが当主様で良かったとも思います」


「お前は……」


「下手に化け物だからと利用されるより、あなたにこうして話しかけてもらうことの方が、わたしには何倍も優しいことです。定ならば全て受け入れるつもりでいたけれど、幸せになりたいというのも、願いだったのです」


 かつてないほど饒舌な命に驚くばかりで、その内容にもなんとなく照れる。なんだか、とてつもなく愛しい。


「だから……だからあなたになら、どう利用されてもいいと思います。わたしは神様と家族以外で、初めて誰かに思いました。それでも足りないくらいに、あなたは優しい」


「俺はお前を汚い手段のために利用しない」


 ゆったりと微笑み、だからです、と小さく呟いた。

 そういう人だと知ることが出来たから、わたしも言葉にして伝えた。

 伝えるのは、返して欲しいから。少しでも多くのものがあれば、心はとても豊かになる。


「お前が望むなら、出来る限りのことはさせたいと思っている」

「はい」

「あと、あー、そうだな…」


 何か言いよどみ始めた当主。

 首を傾げて言葉を待っていると、突然掴んだままでいた手を引っ張り挙げられて、眼前に当主の麗しい顔があったから声もなく驚いた。


 そして唇に、あたたかいものが落ちてきた。


 命がそれを当主のそれだと認識する前に、一瞬にして離れて行った。

 ―――口付けは、愛の証。

 いつか物語で読んだのを思い出す。

 命はみるみるうちに真っ赤になって、ゆるやかに気を失った。




「……お前は、化け物以上に、可愛くて恐ろしいやつだよ」


 *****


 二度寝から起きた時には当主は居らず、代わりに本を読んでいる沙紀がいた。

 そのことに幾分ほっとし、気を失う前のことを思い出さないようにしながら、沙紀に気付いてもらえるよう、朝の挨拶をした。


 寝坊助ね、と沙紀にからかわれながら朝食を食べ、真っ白な衣服に着替えて緊張気味に息を吐く。

 髪は黒のまま、カラーコンタクトもしていないため、今の自分は白黒で、酷く味気ない格好をしているのだろうな、とどこか懐かしい気持ちでいた。


 鬼瓦朱里が到着するのは、午後1時。

 本来なら、日付を超えてからの1時にやるべきことなのだそうだが、今回は難しいということで、この時間になった。

 力が一番強まる時間は、月が昇りはじめる時間。お姉様たちはこの時間に神呼やらを行っていたらしいが、その時間なら命は眠っていて、神呼をしていたのは昼間だった。

 こういうところにも、彼女の特異さが伺い知れる。


「命、お客さんが来たわ」

「え、もう?」

「鬼瓦朱里じゃないわよ。あなたの生家の人」


 生家の人。神楽家の人間ということか。

 気を抜けば当主のことを思い出して、不自然に真っ赤になってしまいそうになるので気が抜けない。

 集中しなくてはならないのに、思い出しては見悶えるなんて死んでしまいそう……っ。


 とはいえ、気にしすぎてもいけない。わたしは気を失う前に見た。当主様が笑っているのを! 初めて見る笑顔があんなからかうような笑みなんて……!!

 そうだそうだ、気にしても意味がない。当主様にとってしてみれば、特に意味の無い、気まぐれなのだから。…………それはそれで微妙な気持ちになる。


 そして着いた部屋には、三人の巫女がいらっしゃった。

 それぞれ黒髪で赤と白の巫女服を着込んでいて、ふんわりと微笑んでいる。


「じゃあね、命」

「え、沙紀さん?」

「あたしは駄目なの。頑張って」

「ええー」


 目の前で麩が容赦なく閉まった。

 人見知りの命は泣きそうだ。

 数十秒そうしていると、後ろから優しく声をかけられた。


「ご機嫌麗しく、命様。神楽家から参りました。私が弓月、文月、葉月と申します」


 名前を紹介されて順繰りに頭を下げた彼女たちに釣られて、命がお辞儀する。微笑む三人は、巫女服と相まって神の使いのように美しい。


「本日は封鬼ふうきを行うと聞いています。私たちは除霊を経験していますので、安心してくださいますよう」

「呪言も完璧に覚えてきました!」


 大人の女性の落ち着いた文月の声に、まだ幼いはつらつさを残した葉月の声が続く。

 命はそれでも緊張した面持ちで「よろしくおねがいします」と頭を下げた。三人は彼女の様子に顔を見合わせると、命を囲むように丸まった。


「命様」

「は、はいっ」

「ご安心ください。そんなに怯えなくとも、私たちは貴方を取って食ったりはしません。天様より、貴方の無事を何よりも優先することと仰せつかっています」

「神楽家の巫女は"神呼の姫"である命様を命にかえてお守りいたします。そのために来たのですから」

「そんなに気負っちゃ駄目ですよ! 命様が悲しい顔をすると、神々が黙っていませんから!」


 ありがとう、と感謝する。命にかえて欲しくはないけれど、でも、そこまで言ってくれるということも、嬉しかった。

 神楽の巫女は、相変わらず人を乗せるのがうまい。


 まだ不安はあるけれど、まだ力の使い方もわからないけれど、期待を裏切るなんてこともしたくないから、わたしはやるしかないのだ。







「はじまる……」


 鬼瓦朱里の気配が、近づいていた。



ラヴィー雰囲気ではと!

当日にしてこの行動をした当主に驚きですね。

がんばれ命! 負けるなやつに!


次回、鬼瓦朱里が再登場いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ