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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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わがまま

早め!?

 目覚めると、そこはふかふかとやわらかいベッドの上で、命は1人でそこに横たわっていた。

 命が三人並んでもまだ余りあるくらい大きなベッドの上で、小さくなって独りきり。生家でも1人だったけれど、これは広さが桁違いだ。それに前はベッドではなく布団で眠っていたのだから、違和感と寂寥感は拭えない。


 昨日はいてくれていたのに―――と無意識に考えながら、見知った人の姿を探して寝室を出た。

 覚束ない足取りでリビングまでやってくると、中から小さく会話が聞こえてきて、ドアノブにかけた手を止めた。


 日本語でも、英語でもない。ならばどこの国の言語なのか、命に解るはずもない。静かに聞こえてきた声色から、恐らく仕事関係なのだろうと予想するくらいだ。

 邪魔になっては駄目だと考えて、あっさりと踵を返し寝室に戻ろうとして―――。


「…姫、二度寝か?」


 カチャ、というドアの開く音とともに、電話口でまくしたてている相手との通話を切り、命を見つめる。


「な、んで…」

「嘗めるな。足音くらい拾える」


 流石万能当主様、と心の中で褒め称え、命は彼に向き直った。


「あの、昨夜は勝手に当主様のお部屋で眠りこけてしまってすみませんでした! 当主様のベッドの面積まで奪ってしまい…。あと、お仕事の邪魔をしてしまって」


 まずはお詫びからだろう、と至極真っ当な常識を引っさげて、勢い良く頭を下げてきた命の頭を、止める。

 斜め30度まで傾かせた上半身が、当主の手によって物理的に止められている。彼女の額に手のひらをあてがわられ、かなり無理やり。

 命が固まっているうちに、当主によって徐々に元の位置に戻っていく上半身。彼の手が離れたときにやっと意識を取り戻した彼女は、なぜ? という疑問を口には出さずに伝えてきた。


「謝られる筋合いがない」


 部屋で眠らせるのはもともと決まっていたことだ。ただそれが沙紀の刷り込みか、命生来の鈍感さかが、自分は部屋に戻って眠るもの、と思い込んでいただけだ。


 ベッドの面積がどうこう以前に、あれだけの広さを持つベッドでは、小さい命が加わったところで何ら変わることはない。強いて言えば、使われなくて宝の持ち腐れだった部分が意味ある物になったというところか。

 ―――そもそも当主はベッドで眠れなかったのだから。


 最後の仕事を邪魔してしまった、というところが些か疑問だが、こちらも命が自主的に罪の意識を感じただけだろう。

 なんだろう、この子はなんでも自分のせいにしてしまう質の被虐趣味マゾヒストなのだろうか…。

 もちろんそんなわけがあるはずもなく、ただ単に自己犠牲精神が強いだけだ。


 『自分のせいで』『自分がいなければ』。こういった思考を、龍ヶ峰家の人間は理解しがたい。故に、その気が一層強い命のことも、あまり深く知ることはできないのだ。

 お辞儀をあり得ない方法で止められた彼女は、『謝られる筋合い』がない理由がどうしても見当たらず、首を傾げた。迷惑はかけたはずなのに。


 しかしそれより重要な問題は、この後控える朝食である。


 小五月蠅いであろう沙紀のことを考えげんなりしつつ、完璧に身支度を終えている当主は、命を奥の部屋へ押し込んだ。

 ここへ来て見たどの部屋よりも小さいが、一般住宅の一部屋に比べたら大きい部屋に押し込まれた命は、戸惑いながらもそこがクローゼットであることを理解した。


 当主の上質なスーツや礼服、普段着までもそこにはあった。さらには、命の服まである。彼女を十分に引き立てるワンピースからコート、靴まで。彼女の実際の部屋ほどではないが、ここにも生活スペースが確保されていた。


 愕然としながら、もそもそと着替えて支度をする。どのみち、自分はこの家に嫁入りした(する)身だ。わがままというか、無闇矢鱈に理由を聞くのは図々しい気がする。

 与えられた物を愛すればいいのだ。一切の持参金も持ってこなかった身で、余計なお世話だと腹を立てるわけにもいかない。いやべつに腹が立ってるわけじゃないけど…。


 着替え終えて鏡で最終確認を行っていて、これはまた自分の趣味というか好みを的確に突いた服だな、と不思議に思った。


 そして朝食の場になぜか沙紀が来ず、理由も聞かされぬまま、彼女が今日一日いない、ということだけ聞かされた。




次回! 沙紀との絆回!!←いつもそんな感じ

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