繋がり
地下の牢にいた青年は、自分は神楽家と懇意にしていたのだと話した。
聞けば、幼かった彼を山の中で拾ってくれたのが、命の父である神楽家当主とのことらしい。
当主は彼に家を与えた。家族を与えた。生きる意味さえもくれたのだという。
「とっても優しいひとでさあ、捨てられたぼくに、あの人がいろんなものをくれたんだ」
「初めて、知りました」
「それはそうだ。きみがまだ生まれてないころだろうからなあ」
年を聞いたら、27だと教えられた。見た目よりずっと若い。
それを思わず呟けば、彼はけらけら笑い、疲れたように息を吐くと、また静かに語りはじめた。
「何個かくれたんだけど、ずっと覚えてるのがこれだ。きみの護衛役になれって、言われたんだ」
「わたしの…?」
「ああ。きみがいつか家を出て行くとき、守ってくれって、言われた」
不思議な気持ちだった。だって自分の知らないところで、自分に関するそんな約束が結ばれていたと知って、むずがゆい。
愛だなあと思ったよ、と雷城伊吹は言った。
「あの人はぼくにも愛をくれたけど、きみに対する愛は計り知れない。だって娘だもんなあ…」
まるで愛おしむように言われて、彼を介して父を見ているように感じた。
知らなかった父のことを、まさかここで知ることができるとは。
「うれしいだろ? だって愛だもんなあ。求めて返されるものじゃないもんなあ。与えられると、しあわせだ」
「…うん…っ」
「へへっ。あの人素直じゃないもんな。やさおとこのふりしてツンデレだ」
冗談めかした口調。けれど優しい。
雷城伊吹は微笑みのまま、気力を振り絞るように手を伸ばし、柵の間を縫って、彼女の頭に手を乗せた。
大きく固い手のひらは、鍛えられた人のそれだった。
ああ彼は本当に、叶えるために、全てを…。
「だからさ、ぼくをきみの護衛役にしてくれよ」
この恩を、返そう。
*****
「ちげえよ。家出なんてもんじゃない」
相変わらず牢越しの会話。
彼にはけらけらと笑うのが異様に似合う。
「家出みたいなもんじゃない。黙って出て来たんでしょう?」
「追い出されたに近いけどなあ」
家出にせよ追い出されたにせよ、呑気にこんな場所にいる理由がわからない。
首を傾げてその理由を訊ねると、彼は初めて困ったようだ。返答に窮した。
「もう少し馴らしてからだなあ…」
何を、と問いつめる前に、彼の食事を持って女性の使用人が姿を見せた。
また日を改めましょう、と沙紀が言うので命は立ち上がり、彼に頭を下げる。
「未熟者ですが、よろしくおねがいします」
「はは、こちらこそ、主」
顔を見合わせて握手を交わす。
短い時間だったというのに、1ヶ月近く語り合った気分だ。それくらい深い時間に感じてしまった。
「なあ、主。これをもっててくれないか?」
「これは?」
どこからともなく彼の手のひらに乗せて差し出されたのは、水晶のような玉が埋め込まれた腕輪だ。明かりに透かすときらきらと瞬く。
「魔除けの石。あと、ぼくとの絆」
なら大事なものだ。ぎゅっと握り締める。
「ありがとうございます」
「うん。またな」
ぶんぶん手を振って見送る。人懐っこい笑みを向けられると、近づくことを許されたみたいで嬉しい。
「会って良かった?」
「うん。ありがとう、沙紀さん」
沙紀さんが連れて行ってくれなければ、あの人にも会えなかった。会えて良かった。とても嬉しい。
「友達になってくれるかな?」
「大丈夫。友達以上の人になるから」
それがいい。その未来があれば、幸せだ。
「でも、なんで牢にいるの?」
「いずれ分かるわ」
どうして、沙紀さんはいつも隠してしまうのだろう。
階段を登り始めて、そこでようやく、命は先程までいた場所が地下であることに気づいた。それを沙紀に言うと、今頃? と笑われてしまう。
むくれる命に沙紀は微笑みかけ、この後の予定を伝えた。
「昼ご飯、食べましょう」
ゆるい喋り方もなかなかいいですね(`・へ・´)




