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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
21/42

伊吹

だいぶ遅れました

ヾ(・ω・`;))ノ三ヾ((;´・ω・)ノ

 仕事が溜まっていると泰澄に連れて行かれた当主を見送って、沙紀は彼らとは別方向に向かおうとする。

 命はどこへ行くのかと身構えた。その方向は“桜の間”がある方向ではなかったので。


 沙紀は付いて来ようとしない命に苦笑した。一日が経って、警戒心が表に出てきたらしい。流されにくくなっている。


「命、紹介したい人がいるの」

「……女の人?」

「ううん、男」

「…………わかった」


 沙紀が引き下がらなかったからか、渋々ながら頷く。すると彼女はにっこり笑みを浮かべて。


「大丈夫。怖い奴じゃないわ。今はちょっと家出しているらしいんだけどね」


 *****


 案内されたのは、春の棟の奥の奥のさらに奥。命は知らず知らずのうちに地下に入り込んでしまっていた。もちろん、まだ気づいていない。


 木目の整った階段はしっかりしていて、踏み抜ける心配は必要無さそうだ。

 そんなことを考えているうちに、長い螺旋階段を降りてたどり着いたのは。


「牢屋…?」

「そう見えるわよね…」


 歯切れの悪い沙紀に釈然としないまま、人のいない静かな空間の奥に進んでいくと、唐突に人の気配を肌で感じた。

 はっ、と後ろを振り返っても誰もいないのは当たり前。けれどなぜか、視線を感じて…。


 視線を前に戻すと、沙紀はひとつの部屋の前でしゃがみ込み、中に向けて微笑みながら声をかけた。


「おはよう、伊吹。調子はどう?」

「…悪くはねぇなぁ」


 伊吹、と口内で呟く。


 聞き覚えのない名前。そして向こうから息を吐くように吐き出された声にも、覚えはなかった。

 まだ、若い。青年だろうか。けれど嗄れて、どこか年老いた老人の声にも似ている。


 まだ自分から中を覗き込む勇気もなく、沙紀に手招きされて、ようやく中を視た。


「紹介するわ。こちら雷城伊吹。訳あって家で預かってるの。伊吹、この子が“神呼の姫”神楽命よ。知っているでしょう?」


 目が合うと、彼は日だまりのように柔らかく優しく微笑んで、力なくうなだれた手を伸ばしてきた。


 髪は鬣を思わせる金色で、その瞳も琥珀色だ。けれど伸ばしきってそのままになった髪の毛と、ぼろぼろの衣服。まるで浮浪者のようだ、と思ってしまう。


 驚く命に怯えられているとでも勘違いしたのか、伸ばしかけた手を引っ込めようとしたその大きな手を、掴む。

 理由なんてわからない。けれど、離しては駄目だと思った。見逃しては、戻れない気がした。


 驚いた顔で握られた手を見て、彼はまた、嬉しそうに笑みを浮かべた。嘘偽りのない、優しい、笑顔。


「きみが、ぼくの主か…」


 感慨深げに、しみじみとそう言った彼の瞳はうるうるとしてきて。


「ああ、ぼくはようやく、すくわれる」


 *****


 深く暗い森の中、さまよい疲れた体では、まともに歩くことさえ難しくなった。

 力尽きて倒れ込む。遠くで獣の遠吠えがする。餌を求めてうろつく死神のようだ。


 ゆっくり瞼を閉じる。視界には、暗闇だけが映った。

 疲弊し、歩くこともままならないこの身では、襲われたところでさして抵抗もできない。ならば素直に受け入れよう。死の前に足掻くなどみっともない。


 枯れ草を踏む音がした。目を閉じているからか、聴覚はいつも以上に研ぎ澄まされている。

 もしくは、最期の時をその耳で感じられるようにするためか。


「男の子、か?」


 疑問形なのは恐らく、自分の髪が腰まである長さであるせいだろう。うつぶせで倒れ込んだ姿からは、顔は見えないからだ。


 けれど驚いたのは、近寄ってきたのが人間であるということだ。獣でなければ、死神でもない。おそらく、生身の人間だ。


 人間は少年を抱き上げると、何も言わず小屋に運んだ。そしてぐったりと死んだように虚ろな彼を介抱し、寝息が聞こえてくるまでずっと、その小さくやせ細った背中を、撫でていてくれた。




『私の名前は、神楽忠かぐらただしというんだ。君は? 名はあるのか?』


 ない、と答えると、それをわかっていたのか、彼は微笑んで、少年に名を与えた。


『なら"伊吹"と名付けよう。君を拾ったのは、伊吹の木の下だったから』



伊吹……ヒノキ化の常緑樹。暖地に生える。


本当は海岸らしいのですが、イレギュラーということで!笑

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