秘密
「命ーーっ!!」
扉を開けるなり中から飛び出してきた沙紀に抱きつかれる。いつもより抱きしめる腕の力が強い。
「朝になっても帰ってこないから心配したわよ。大丈夫だった? あいつに何もされなかった?」
怒濤の勢いでまくしたてる。対応が追いつかない命を鶴の一声で響が助ける。つまり、「うるさい」の一声。
それだけで沙紀のマシンガントークはぴたりと止み、代わりに血管が浮き出る様を間近で見られた。
沙紀に促され中へ入室する。
畳が敷かれ、落ち着いた雰囲気の和室の長いテーブルには、食事が二膳置かれていた。
響は上座には座らずに、命と向き合う形に座る。沙紀は命の傍に陣取った。
「ああ、揃っていますね」
穏やかな声とともに、泰澄が入室する。
今日は昨日とは打って変わって和服だ。浅葱色の織物は上等で、それがとても似合っている。
「おはようございます」
「おはようございます。命様、当主」
「ああ」
挨拶を済ますと、一直線に響のもとへ行き、何かを耳打ちするとそのまま後ろに控えた。
「命、食べて。あっちは気にしなくていいから」
「でも、偉い人が先に食べてからって」
「偉くないわよ、あいつは」
「沙紀」
泰澄が制する。彼を睨みつけた沙紀は、何よ、と反抗的に返事した。
「静かに」
当主は気にした様子もなく、お箸を手にした。
「いただきます」
そして始まる、静かな食事風景。
「……」
誰も喋らない。
辛うじて沙紀からの気遣いに、命のお礼が聞こえるだけだ。
静かなのは苦痛ではないが、生憎、沈黙は苦手なのだ。
命はどうにか会話をしようと、必至に言葉を探した。
「…泰澄。魚が冷めてる」
「ああ、それはすみません。すぐに暖め直します」
向かい側の二人のやりとりを、味噌汁をすすりながら眺めていると、なぜか泰澄は膳の中から鮭の塩焼きを皿ごと取り上げて、着物の裏から何かを持ち出した。
それは石のようだったが、翡翠色の石面が照明を反射してきらきらと瞬き、宝石のようにも見える。
「泰澄っ」
突然、隣の沙紀が焦るように身を乗り出し、泰澄を静止した。
驚く三者をよそに、沙紀は命の様子を気にしながら、泰澄に身振りで何かを訴えた。
それは、おおよそ命には解読できないもので、泰澄も意味を理解できていないようだった。
一人、響だけは訳知り顔で沙紀の奇行を眺めている。
「当主、沙紀は何を?」
「“それ”を仕舞えだと」
「何故です?」
「…おそらく姫は知らないんだろう。沙紀は臆病だからな」
「なるほど。ありがとうございます」
男たちの間でそんな会話が行われてると知らない命は、気にせず沙紀に、あれは何なのかを尋ねた。
「知らなくていいのよ」
と諭すように沙紀が言うので、命は納得仕切れていないながらも、頷く。
いつか教えてくれるだろう、と踏んで、それからあの石について命から尋ねることはなかった。
突然、ちょうどいい、と泰澄が、いいことを思いついたというように言った。
「命様、龍ヶ峰家についてお教えしましょう」
「移動中に散々教え込んだわよ」
「お前が教えたのは表向きの龍ヶ峰家だろう。私がお教えするのは裏の顔だ」
「裏の顔?」
泰澄の言葉に、沙紀はわなわなと震え、命は何の話だと小首を傾げ、響は平然として、余裕気な表情。
「だ、駄目よッ」
「沙紀」
窘めるように泰澄が彼女の名を呼ぶが、沙紀は気に留めずに、箸を置いてお茶を取ろうとしていた命の腕を引っ張って立たせ、部屋の外へ引っ張り出した。
「沙紀!」
「あの事は、誰にも教えるべきじゃないわ、泰澄。ましてや、命には」
「ならお前は、いつまで隠しておくつもりだ」
沙紀は一瞬動きを止め、息を吐き出すように告げた。
「終わりがくるまで」
―――意味が分からない。
ひとり話題から取り残された命は、沙紀を見上げ、その真意を探ろうとした。
今、最も信頼している女性が、自分に何を隠しているのか。命には、それが解らなくて恐ろしくなった。
私は、沙紀に信用されていないのか、と。嫌われてしまうことが怖かった。
―――体いつになれば、彼女は私に…。
ストックがきれたので、2日投稿はできなくなります。
すみません! 見捨てないでください!




