眠りの中
前回長めだったので今回短めです。
その頃、“桜の間”。
「ふ…。ふふふ」
沙紀は、面白くもないバラエティ番組を観ながら、違う意味で笑っていた。
視線はテレビ画面に注がれているが、考えていることは全く違うことだった。
「ふふふふふふ」
言うまでもなく不気味だ。
この場に命がいたなら、間違いなく怯えていただろう。
彼女が命に付いて行かなかったのには理由があった。
もちろん、追い出されることは尤もだが、もうひとつ、沙紀にとって利益が上がる理由があるのだ。
それは、『命を響の部屋に行かせないため』だった。
これにより命の貞操は守られ、なおかつ響に対する嫌がらせにもなる。
命はこの家の地理を把握していなく、辿り着くまでに迷ってしまう確率は限りなく高かった。
夜十時を過ぎれば、龍ヶ峰家の人間は余程のことがない限り部屋に戻り床につく。つまり命が道を聞ける確率も低い。
だからこそ、沙紀は付き添いはもちろん道案内も拒否したのだ。響への嫌がらせのために。
――命には申し訳ないけど。
ふてぶてしい笑みを顔に形作り、不気味に笑い声を響かせる。
――絶対、辿り着かないでね。
*****
その少し後、“初冬の棟”。
彼女は廊下の脇にうずくまって、眠っていた。
それはもう、深い深い眠りの中。
夢を見ているのか、その頬は緩んでいる。
渡り廊下を何度も渡り、ここがどこであるかも認識できなくなった彼女は、欲望に耐えきれずに眠りについた。
床をぼんやりと照らす非常灯の灯りだけが、暗闇の中での救いだった。
朝になれば窓から陽光が差し込み、電灯もいらないくらいに照らしてくれる。
初冬の棟とは、陽光がよく当たるがために、客人が過ごすための間として建てられた。
それは先々代当主の、広く愛される人徳にも繋がる。故に人は基本的にいない。
そんな場所に、足音が響いた。
板張りの廊下を、ゆっくりと歩く音。
何かの前触れのような、不吉なものが近寄ってくる気配。
それは彼女の横で止まると、しばらく見下ろし、体を曲げて少女を抱き上げた。
顔を見て起きる気配がないのを確認すると、足音を響かせて来た道を戻り始める。
揺りかごのような感覚が懐かしく、少女は顔を綻ばせた。
暖かい体温が半身から伝わって、彼女は深く安心する。
足音は、階段を昇り渡り廊下を渡り、どこへ行くつもりなのかもわからない。
少女は未だ、眠ったまま。
さあ、当ててごらん。




