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龍の花嫁  作者: おはなし
第一章 嫁入り
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神呼

 椅子に座った響が、グラスを傾け酒を喉に流し込む。喉が上下するのがやけに官能的で、命は唖然とした。間違っても見とれたりしないのが彼女である。


「っ、当主! 何をしてるんですかっ!!」

「宴会だが」

「そう言うことじゃなくて…っ」


 沙紀が舞台袖から、当主に向かって異議を申し立てている。そんな彼女が命には頼もしく見え、憧れのこもった瞳で見ていた。


「ちょうどいい。沙紀、給仕してくれ」

「ちょ、何であたしが!? 泰澄はどうしたのよ?」

「あれは夜の準備中だ」


 はあ? 、と遠慮もせずに文句を並べ立てたが、縋るような視線を向ける命を見ると、ため息を吐いて彼女の傍に立った。

 約束したからね、と苦笑顔で切り分ける為のナイフを繊細な指先で持ち上げ手に取る。すると、あら、と驚いたように手に取ったそれをしげしげと眺め、感心するように呟いた。

「銀食器じゃない。泰澄もこだわるわね」

 しかし、それによって機嫌がよくなることもなく、ただひたすら銀食器の感覚に浸っただけだった。


 不機嫌そうだったが、テーブルに乗った料理の数々を切り分ける腕は素晴らしかった。

 感心していると、沙紀がウィンクを投げてきたので笑みを返した。


「沙紀、ワイン」

「酔うわよ」


 敬語を使うことも忘れ、当主に悪態を投げるが、彼は薄い笑みで一蹴する。


「知っているだろ。俺は酔わない」

「ああそうでしたねっ」


 皮肉を込めるように、沙紀は差し出されたワイングラスにビールを注いだ。彼女の精一杯の嫌がらせに、彼は余裕気に微笑んで久しぶりに飲むな、とワイングラスを傾けた。

 肉を切り落とす腕に血管が浮き出て、それが妙に緊迫感があるものだから、命はちいさく肩をふるわせた。


「呪ってやる…。泰澄ともども呪ってやる」


 ぶつぶつと呪詛を唱えながら、手際よく肉と野菜を皿に盛り、二人の前に差し出した。

 当主にあげる際には、ガチャンと盛大な音を立てたが、彼は何も言わなかった。

 慣れているのか、諦めたのか。


「食べて、命。自慢の料理よ」

 頷いて、たどたどしく口に運ぶ。とろけるような肉の舌触りに頬を綻ばせ、沙紀を見ると彼女も微笑んでいた。


「沙紀」

「はいはい、何か」

「移動中、大丈夫だったか」

「何の問題もなく。水晶を大量に消耗したから、あとで補給お願い」

「水晶?」

「命はいいの。知らなくて」


 なんとなくのけ者にされた気がしたが、命は黙って人参を噛み砕く。ただ会話は耳に入ってくるので、聞いていないふりだけをしていた。


「泰澄から聞いたんだが、お前、ずっと同じ部屋だったんだって?」

「何か問題が? 女同士、仲良く添い寝していただけよ? 当主様」

「ふぅん」


 やけに挑戦的な沙紀と、妙な雰囲気を纏い始めた響に挟まれて、肩身の狭い思いをする命。

 この場に泰澄がいれば、二人の仲裁もできたのだろうが。

 大人しく疎外感に耐えていると、唐突に響の方から彼女に話しかけてきた。


「おい、み…“神呼の姫”」

「はい?」

「お前、本物か」


 質問の意図が図れなくて沙紀を見たが、彼女もまた、響の質問に答えてくれというような目を向けていた。


「文献では、“神呼の姫”というのは、白髪白眼だったはずなんだが。確か、体には“神の御印”」

「……」

「答えろ、神楽 命」


 責め立てるような声色に、大げさに肩が震えた。広間の騒がしさが嘘のように、この場は静かだ。

 嘘を言ってしまおうか、悩んだのは一瞬で、次の瞬間には声が出ていた。


「私は、確かに“神呼の姫”です。神楽家に産まれ、神の護りを受ける娘…」


 声が震えた。

 私は今、真実を語ろうとしている。


「まさか知っている人がいるとは思ってませんでした。…私も父も、浅はかだったみたいです」

「証明しろ」


 予測できた言葉だった。命は鎖骨の下あたりに手を添え、ゆっくりまぶたを閉じた。

 ざわめきが遠くなって、張り詰めた糸のように集中力が高まる。彼女の纏う空気が、一瞬にして変わった。


 二人は見入る。まるで透明な水のような、綺麗な空気に体中が満たされて。


 命の髪が、根元から白に変わり始める。それは紛れもない純白で、光を受けてきらきらと瞬いた。

 ふわりと風が彼女を撫で、次の瞬間には命の背後に、全身光で包まれた女性がいた。

 紫の霊気を身にまとい、体を包むのは羽衣。そして頭上には、神の証である銀の冠。まるで命を護るように立ち、柔らかく微笑んでいた。

 これが神、と沙紀がつぶやく。


 瞼を開けた命の瞳の色は、汚れを知らない白だった。


 *****


『昔話をしましょうか』


 そう言ったのは、愛と美の女神アフロディーテだった。慈しみ深い瞳で、幼い命を見つめている。


 家の地下にある書庫に忍び込み、“神呼”をして神と触れ合うのが好きだった命は、この日、アフロディーテと話をしていた。


『わたくしたち神と、あなたとの切っても切れない、深い深い絆のおはなしを』


 内容はよく覚えていない。

 ただ、そう言ったときの、彼女の哀しげな表情は、忘れることができずにいた。


ひゅー!

おいでませ神サマー!!

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