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夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【第三部】セレネ、帰郷する
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第61話:二年前の契約

 ミラノ=ヘリファルテは控えめに言っても非常に優秀な王子だ。

 中性的かつ整った顔立ちにプラチナブロンドの輝く髪。

 涼しげな外見とは裏腹に身体強化という魔力を保有し、並大抵の男では太刀打ちできない実力者である。


 まだ二十歳という若さゆえ、多少は感情に流されることもあるが、それでも同年代の若者よりは遥かに冷静かつ聡明な判断力を持っている。俗物で怪物のおっさん姫と違って傑物である。


 だが、そんなミラノが珍しく、獅子王シュバーンの放った言葉に、困惑と狼狽(ろうばい)の混じった表情を見せていた。


「こ、婚姻ですか!? 誰が、誰と?」

「さっき私が言った台詞すら覚えておらんのか? お前とセレネの婚姻だ」


 普段は澄ました表情をしているミラノが、年相応の反応を見せたのが面白かったらしく、シュバーンは呆れ半分面白半分といった感じで苦笑した。


「で、ですが、僕はまだまだ未熟者ですし、婚姻など……」

「お前ももう二十歳だ。そろそろ身固めを考えてもいい年頃だ。大国ヘリファルテの第一王子が、いつまでもふらふらとしているわけにもいかんだろう」


 シュバーンは表情を引き締め、真っ直ぐにミラノを見た。


 ヘリファルテの王であるシュバーンはまだまだ現役だ。当面の間、ミラノは王子のままだろう。だが、その安寧にあぐらをかいているほどシュバーンは怠慢ではない。


 今日が平穏だからといって、明日も平穏だとは限らないのだから。


「現状、お前に許嫁(いいなずけ)はおらん。この国をより盤石にするためにも、そろそろ真剣にパートナーを探す必要がある。当然、お前と釣りあう相手を見つけねばならんが、そうなるとやはりセレネしかおらんだろう」

「ですが、あの子はまだ十歳ですよ? さすがに早すぎるのでは……」

「そんな事ないわよ。だって、ヘリファルテでもアークイラでも、結婚は十五歳からだもの。五年なんてぼーっとしてたらあっという間よ?」


 シュバーンの横に座っていたアイビスが微笑みながらミラノに語りかけるが、相変わらずミラノはしどろもどろになっている。こんなに慌てふためく息子を見るのは珍しいと、王と王妃は内心でにやにやしていた。


「セレネちゃんが十五歳になれば、あなたは二十五歳。国のみんなもきっと祝福してくれるわ」

「それはそうかもしれませんが……」


 頼れる国王と慈悲深い王妃。それに聖王子と月光姫の、若く麗しい者たちの婚姻。王女マリーもその頃には十七歳。立派な淑女である。約一名の異形を除けば若き俊英。まさにヘリファルテの興隆を象徴することになる。


「無論、強要はせんが、国益という事を考えても、お前にとっても悪い話ではないと思うのだがな。それともなんだ? そんなにセレネとの婚姻が嫌なら、あの子を他の誰かにあてがった方がいいか?」

「嫌などとは言っておりません!」


 自分でも驚くほど大きな声が出て、ミラノははっと我に返り、赤面した。

 その様子を、半分面白がっているようにシュバーン達は眺めている。


「今すぐにという訳ではない。セレネの意思もあるからな。だが、あの子はきっとお前の生涯のパートナーになってくれるであろう。前にも言ったが、お前があの子を迎え入れた以上、最高に幸せにしてやる義務があるのだからな」


 生涯のパートナーというより、障害のパートナーになりそうである。


「孫の顔が早く見たいわぁ。でも、あんまり無理はしちゃダメよ? あの子繊細だし、身体も小さいから優しくしてあげないと」


 セレネは繊細ではないし、日差しに弱い、運動不足、偏食のトリプルマジンガーパンチで小柄ではあるが、それ以外はいたって健康体である。一番問題があるのは知能だろう。


「母上……もしかして楽しんでませんか?」

「冗談よ。でも、将来的にはそうなるでしょ? でもね、そのためにはクリアする条件があるの」


 先ほどまで笑っていたアイビスが真顔になる。その表情に王妃らしい威厳が満ちていく。

 空気がぴんと張り詰めたのをミラノも感じ取り、背筋を伸ばし、表情を引き締める。


「さて、ここからは真面目な話だ。アイビスの言うとおり、お前とセレネの婚姻を進めるうえで、どうしても障害になるものがある」


 シュバーンはそう言うと、玉座の横に置いてあったテーブルから丸めた羊皮紙を取り出し、広げてミラノに見せる。


「それは……」

「二年前、お前がセレネを引き取った際の契約書だ。セレネがアークイラの第二王女である事は周知の事実になっているが、問題はその先にある」

「その先?」


 ミラノがシュバーンの言葉の先を促すと、獅子王は言葉を紡ぐ。


「セレネが十五歳になれば、お前との婚姻に関して法律上は何の問題も無い。国民は大いに喜び、皆がお前達を祝福するだろう。一人を除いてな」

「……アークイラの女王。セレネの母親の事ですね」


 ミラノがシュバーンの意図をくみ取った発言をすると、シュバーンは深く頷いた。


「その通りだ。二年前、セレネが月光姫として才覚を現し出した時、アークイラが使者を寄こした事があったな。あの時、私とお前で追い払ったのを覚えているだろう。あの時点でセレネを帰してしまえば、権力者に利用されるだけ利用され、また籠の鳥にされてしまう危険性があったからな」


 それ以上に、セレネに利用価値があるから返せという態度が気に入らなかったのもあるが、シュバーンとミラノは全力でセレネを守った。


 ちなみにそれを聞いた時のセレネの反応は、アークイラにアルエと一緒に帰るお迎えが来たと思ったのに、ミラノが追い返しやがったぞコノヤローである。無知は罪である。


「だが、私とアイビスとしては、やはりアークイラとは友好関係を結んでおきたい。アークイラを属国ではなく同盟国としたいのだ。いや、はっきり言おう。セレネを幸せにしてやりたいのだよ」


 シュバーンの言葉に続くように、アイビスも口を開く。


「あの子のこれまでの人生は、本当にかわいそうだった。小さい頃からずっと暗い部屋に押し込められて、やっと出られたと思ったら、ほんのちょっとヘリファルテに居ただけで呪詛吐きの件があったでしょう?」

「……はい」


 アイビスの言葉に、ミラノは拳を強く握った。

 ミラノはセレネに(結果的に)助けられてばかりで、肝心な時にいつも何もしてやれなかった。

 その事は、今でもミラノの心の奥に(とげ)となって刺さっている。


「だからね、セレネちゃんには、うんと幸せになってほしいの。難しいかもしれないけど、アークイラの女王……セレネちゃんのお母さんと、セレネちゃんを仲直りさせてあげたいの。私たちは家族仲はいいと思っているけれど、セレネちゃんの本当の母親や父親じゃないもの」

「それは理解できます」


 ミラノは、王族にしては珍しく権力闘争とはほぼ無縁で育った。


 シュバーンが側室を持たず、最愛の妻アイビスのみを寵愛し、家族を大事にする性格だったからだ。

 あまりにも家族愛が過ぎてマリーが若干わがままになってしまったが、それを解消してくれたという点でも、セレネには恩義がある。


「簡単に言ってしまうと、お前にはアークイラへの和平の使者となってほしいのだ。二年経ち、大陸中に名の知れ渡った今のセレネなら、他の連中もおいそれと手だしできんだろう」


 後顧(こうこ)の憂いは排除できた。後は、セレネと、セレネの母親を和解させたい。

 それがシュバーンとアイビス……いや、ミラノを含めたセレネに関する者たち全員の願いであった。


 セレネがアークイラの女王に認められ、ミラノとの婚姻が認められた時、本当の意味でセレネは世界から愛され、ヘリファルテにもアークイラにも祝福が訪れる。シュバーンをはじめとする皆がそう考えていた。そうなった場合、ただ一人悲惨なのはセレネだが。


「父上と母上のお気持ちは理解できました。僕にどこまで出来るか分かりませんし、婚姻の事を抜きにしても、僕もセレネには母親の愛を知ってほしい。早速、アークイラに向かう準備をします」

「待て待て。今回は、呪詛吐きのような形ある敵ではない。母親と娘の感情の問題だ。お前が強引に割って入り、おしまいという簡単なものではない」


 (きびす)を返し、今にも王室を飛び出していきそうなミラノに、シュバーンが苦笑しながら声をかけた。


「お前は本当にセレネの事になると猪突猛進(ちょとつもうしん)になるな。まったく、白森の件もそうだったが、二年経ってもあまり変わらんな」

「ですが、和平の使者として任命された以上、一刻も早い方が……」

「落ち着け。お前だけでは正直不安なのでな。そもそも、我々はあまりアークイラの女王に対して詳細な情報を持ってないだろう。だから補佐を数名付ける」

「補佐?」


 ミラノが首を傾げると、ほぼ同時に王室のドアをノックする音が響いた。


「つい先ほど頼んだばかりなのだが、随分と早い到着だ」


 シュバーンが入室を許可すると、衛兵がドアを開き、来訪者の入室を促す。

 王室に招き入れられたのは、薄桃色のドレスに身を包んだアルエであった。


「遅れて申し訳ありません。シュバーン様」

「いや、こちらこそ急に呼び出して申し訳ない。今回はこちらがあなたに助言をお願いしているのだから、どうか気を楽にしてもらいたい」

「いえ! セレネの……妹の事をここまで気にかけてくださっていて、本当になんとお礼を申し上げたらいいのか……私でできる事であれば、何でもお話しいたします」


 楽にしろと言われたにも拘らず、アルエはドレス姿のまま、シュバーンの前にひざまずいた。

 アークイラの女王と一番密接な関係にあり、かつ情報を持っているのは、セレネの実の姉であるアルエである。だから、シュバーンはアルエをこうして呼び寄せたのだ。


 こうして、セレネが一番結婚したいアルエによる、セレネが一番結婚したくないミラノの婚姻の対策を進める、皮肉みたいな時間が開始された。

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