表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【番外編】※第一部の幕間がメインです
55/109

【番外編】デビルクリスマス

クリスマスが近づいてきたので、心温まるお話を書きました。

「え? 赤いドレスが欲しい?」

「うん」


 ある日、セレネは珍しく日中に起きると、唐突にマリーの部屋を訪れた。寝る場所――つまりベッド以外はシンプルなセレネの部屋と違い、マリーの部屋にはぬいぐるみや様々な花が飾られ、麗らかな秋の日差しの中、マリーの金の髪と共に輝いているように見えた。


「別にいいけど、セレネが服を欲しがるなんて珍しいわね」

「あかいふく、ほしい」


 セレネはアークイラ産のドレスが一番のお気に入り……と思われていたので、マリーからしてみると、このおねだりは意外だった。

 事実、アイビスがセレネに対し沢山の洋服を送ったが、殆ど袖を通していない。セレネには派手な色があまり似合わないと思い、どぎつい赤色の服は送られていなかったので、マリーにねだるのは間違っていないが、一体どんな心境の変化なのだろう。


「セレネにはまだちょっと大きいかもしれないけど、お古のドレスならあげるわ」

「ありがとう!」


 セレネは表情を輝かせ、マリーがクローゼットの奥から出した赤いドレスを受け取った。古着と言っても、マリーの持っているドレスは一級品ばかり。しかし、高級品かどうかはどうでもいい。セレネにとって重要なのは「赤い服」であることだ。


 そうして意気揚々と部屋に戻ったセレネは、早速そのドレスを着こむ。少し体に余る感じだが、動きに支障はなさそうだ。


『姫、突然マリーベル王女の部屋に出向かれたようですが、何事ですか?』

「くりすます」

「クリスマス?」


 耳にした事のない単語に、ベッドの下から現れたバトラーはオウム返しで問い返す。そんなバトラーに、セレネはいい加減なクリスマスについての講義を始め、バトラーは何とか内容を理解した。


『つまり、アルエ姫に日ごろの感謝のため、プレゼントを届けたいと言う事でしょうか?』

「だいたい、あってる」


 厳密に言うと違うが、目的は達成できるので、セレネはそれで良しとした。もっと言うと、今日はヘリファルテでは平日も平日、何のイベントも無い秋の一日だ。


 セレネがこの世界に生まれ落ちて早八年、既に地球の日付などすっかり忘れてしまったが、何となく、時期的にそろそろクリスマスな気がしただけだった。違うかもしれないが、そんな事はどうでもいい。


 言うまでも無いが、クリスマスとはキリスト教のイベントであり、当然この世界にキリストはいない。逆に言えば、言ったもん勝ちであり、セレネが今日はクリスマスと言えば、その日がクリスマスなのだ。ハロウィンならハロウィンだし、サラダを食えばサラダ記念日だ。


 というわけで、大学に移籍してきたアルエのため、セレネは思いつきでクリスマスを行う事にした。そう、サンタがいなければ自分自身がサンタとなるのだ。セレネは、こんな時のために用意していた「ある物」を小箱に詰め、上質な生地で作られたハンカチで綺麗にラッピングした。


「ぼうし、ひげ……ま、いいや」


 出来ればサンタの赤帽子と白ひげが欲しかったが、今すぐ調達するのは無理だ。自分が白髪赤目だし、赤い服も装備したので、まあ大体サンタっぽいだろう、ということで妥協する事にした。セレネは、ありとあらゆる準備がいい加減なのだ。


 さて、最大の問題は、サンタの乗るソリ、そしてそれを引くトナカイであるが、セレネはこれも代替案を用意していた。


「バトラー、おねがい、ある」

『はっ、何でございましょうか?』


 セレネの前に駆け寄り、恭しく礼をするバトラーに、セレネはそっと耳打ちした。



  ◆◇◆◇◆



「じゅんび、オッケー」


 その日の深夜、セレネは早速、作戦を実行する事にした。立案から半日で実行される電撃作戦である。目的は、アルエにクリスマス(自称)プレゼントを届ける事。


「バトラー」

『はい、準備出来ております』


 バトラーに促され、セレネは周りの目を気にしつつ部屋を出る。そして、王宮から少し離れた敷地内の森の中に移動した。木の葉で巧妙に覆い隠された「それ」にセレネは手を当て、上の葉っぱを払いのける。すると、ところどころ穴が空いた、おんぼろの台車があった。


『申し訳ありません。なにぶん急でしたので、果物屋近くに廃棄されていた物しか用意できませんでした。しかし姫、何もこんなガラクタに乗らずとも、昼間に馬車で移動すればよいのでは?』

「えんしゅつ」

『はあ……』


 バトラーからすれば、セレネの考えがいまいち理解できないが、主が頑なにそう言うなら仕方ない。セレネは意気揚々と、朽ち果てた難破船のような台車に乗りこむ。すると、まるで生きているかのように、その台車が蠢いた。


『よし、では出発するぞ! 人目に付かぬよう気を付けつつ、迅速な行動を開始する!』


 バトラーがよく通る声で指示するや否や、台車の下から、きいきいと呼応するかのように(おびたただ)しい鳴き声がする。あれは――ネズミの群れだ! オンボロ台車の下には、信じられない程のネズミたちが、波打つ黒い影のように巨大な塊になっていた。


「では、ものども、しゅつげき!」


 セレネが偉そうに大学のある方向を指さすと、ネズミたちは進軍を開始する。ネズミたちの担いだ台車は、駿馬(しゅんめ)の引く馬車にも劣らぬ速度で森を抜け、巡回の兵士たちの目を潜り敷地を抜け、ヘリファルテの王都へと歩を進める。


 シンデレラは舞踏会に向かう時、馬車を引かせるため、ネズミを馬に変える素敵な魔法を掛けられたが、ネズミそのまんまの物量作戦、ごり押しで突き進むのがセレネ流だった。


 時刻は既に深夜。街は静寂と闇に包まれている。その暗闇の中、黒い波に乗った幽霊船のようなセレネのソリもどきは突き進む。目指すはアルエの寝室だ。


 なるべく目立たないよう、忍者の如く夜の街を進んだセレネたち一行は、バトラーの卓越した誘導もあり、誰にも見つけられる事無く、アルエのいる大学の前に着いた。こちらも人影は見えない。だが、見張りこそいないが、正門の鉄の扉は固く閉じられていた。


「むぅ」

『姫、ご安心ください。お前たち、陣形を変えるぞ!』


 バトラーがネズミたちに指示を出すと、ネズミたちは、数メートルもある黒い巨人へ形を変える。その巨体を足場にし、セレネとバトラーは、難なく鉄の扉を乗り越えた。無論、不法侵入である。


 以前、アルエの部屋で一緒に寝た事があるので、セレネはアルエの部屋を知っている。正門さえくぐりぬけてしまえば、後はたやすい……と思ったが、残念ながらアルエの住まう寮の入口の扉には、内側からカギが掛けられていた。


「うう、あかない!」

『姫、ここは私にお任せを』


 バトラーは素早くセレネの肩から身を翻し、ドアのほんのわずかな隙間から忍び込んだ。そして、内側から、やすやすと鍵を開ける。盗みなどという下賤(げせん)な事はしないが、偵察や侵入という事に掛けて、この大陸でバトラーの右に出る物はいないのだ。


『さぁ、どうぞ』

「バトラー、ありがと」

『何をおっしゃられます。全てはセレネ姫とアルエ姫のためでございます。そのためなら、このバトラー、いかなる障害でも排除いたしましょう』


 偉大なる主に褒められ、バトラーはご機嫌で尻尾をぴんと立てた。セレネはバトラーを軽く撫でてやりながら、これまた不法侵入した寮内で、迷うことなくアルエの部屋に辿り着く。小難しい事は一瞬で忘れる癖に、アルエに関しては絶対に忘れないのがセレネの特技だ。


 アルエの部屋に鍵は掛かっておらず、セレネ達がそっと部屋に入ると、アルエは気持ちよさそうに眠っていた。そのベッドに飛び込みたい衝動を抑えながら、セレネは用意してきたプレゼントの小箱を、アルエの枕元にそっと置いた。


『アルエ姫には内緒なのですか?』

「うん、おどろく」

『なるほど、朝になって起きた時に、枕元に素晴らしいプレゼントがあるという訳でございますな。姫、なかなか粋な事を考えられますな』

「うん」


 別にセレネが考えたわけではない。最初にクリスマスプレゼントの小粋な計らいを考えた、誰かの手柄を横取りしただけである。

 とにかく、目的を果たしたセレネは、行きと同じ黒いネズミの巨人で脱出し、これまた地を這う幽霊船に乗ってヘリファルテ城へと帰還した。ミッションコンプリートだ。


『ところで姫、あの箱の中には何が入ってたのですかな?』

「ひみつ」


 セレネは軽く笑うだけで、バトラーに教えようとはしなかった。



  ◆◇◆◇◆



「ん……あれ? 何かしら、これ?」


 数時間後、朝日と共に目覚めたアルエは、枕元に見覚えのない小箱があることに気が付いた。目を擦りながら、綺麗な布で梱包された箱を不思議そうに見つめる。誰かが置いて行ったとしか考えられないが、一体誰が?


「おかしいわね、寮には鍵が掛かっているはずだし……」


 突如現れた謎の物体に、アルエは喜びよりも薄気味悪さを感じた。自分が寝ている間に、誰かが潜入したのだから無理も無い。恐ろしくなって窓を調べるも、きちんと窓は施錠されており、開けられた形跡は無い。


「一体何なの……とにかく開けてみないと」


 正体不明の箱の出所が気になるが、とにかく中身を確認しなければ。アルエは、緊張した面持ちで包装を解き、恐る恐る箱を開き――。


「きゃあああああああ!?」


 アルエの叫びが寮内に響く。まだ朝も早く、寝ていた学生たちも多かったのだが、アルエの耳をつんざくような叫び声で起きたのか、一斉に部屋を飛び出し、アルエの部屋の外から覗き見る。


「な、何よこれ? ……蛇の抜け殻?」


 小箱に入っていたものは、なんと蛇の抜け殻であった。可愛らしい小箱に上質な布による梱包。だというのに、中にこんな不気味な物を詰めるという悪趣味な真似、一体誰がしたのだろう。自分に恨みを持つ誰かの嫌がらせだろうか。そんな考えがアルエの脳裏によぎる。


「本当なのよ! 昨日、悪魔を見たのよ!」


 アルエがおぞましい蛇の抜け殻に目を釘づけにされていると、部屋の外から、大きな声が聞こえきた。どうやら、今度は別の学生の部屋で騒ぎが起こっているらしい。


「嘘じゃない! 本当に見たのよ! 昨日の夜ね、教室に財布を忘れたのを思い出して探しに行ったの。そしたら、正門前に、黒い大きな影が蠢いてたのよ! それも2メートル……いや、3メートルもある奴! 本当よっ!」


 半狂乱で喚き散らしているのは、どうやら別の寮の学生らしい。黒い影を見た恐怖で、昨夜は一睡も出来ず、朝になり、ようやくこちらの寮にいる学友に救いを求めに来られたらしい。作り話にしては怯え方が尋常ではなく、周りの学生たちも真剣に耳を傾けていた。


「黒い影……不吉ね」


 アルエはそう呟いて、小箱に入った蛇の抜け殻に再び目を向ける。この不気味な抜け殻は、もしかしてその黒い影を呼び寄せる呪いの道具か何かなのだろうか。一体誰が? どうやって? 何の目的で? 様々な疑問符が浮かび、しかし答えは出ず、アルエはおぞましさに身震いした。


 とりあえず、アルエは蛇の抜け殻の入った箱を厳重に梱包しなおした。学園内には礼拝堂もあったはずだ。この呪いのアイテムのようなおぞましい物体は、そこでお祓いしてもらい、焼却処分する事にしよう。


「セレネ、大丈夫かしら……」


 突如現れた謎の存在に、アルエは妹のセレネの身を案じた。どうやってかは分からないが、自分に呪いのアイテムが送られたという事は、セレネにも何らかの災いが降りかかるのでは。そんな風に思えてしまう。


 セレネの身分は自分とは遠いと宣言しているが、異常事態では何が起こるか分からない。アルエは、不安げに窓から空を眺め、ヘリファルテ城に住んでいる最愛の妹の身を心から案じた。



  ◆◇◆◇◆



「ねえさま、よろこんだかな」


 その頃、自室のベッドで寝まきに着替えたセレネはご満悦だった。今頃、アルエは目を覚まし、自分の仕掛けたサプライズに驚いているだろう。セレネが用意できる最高のプレゼント――蛇の抜け殻を置いてきたのだから。


 蛇の抜け殻は、日本では古来より金運と幸福のお守りである。お金で買えない真心をと、セレネは苦労して王宮の敷地内を這いまわり、蛇の抜け殻を探し出すことに成功したのだ。我ながら気の利いたプレゼントだと、セレネはにんまり笑った。


「きっと、おどろく」


 アルエに正体を明かし、褒めて貰いたい気持ちもあるが、今日の自分はサンタさんだ。正体を明かすつもりはない。アルエが喜んでくれれば、それが何よりの報酬だ。そんな事を思いながら、夜更かしした分の睡眠時間を取り戻すため、セレネは亀のように毛布の中に首をひっこめた。


 なお、この時に見られた黒い影――ネズミたちの存在は、数ヵ月後、日除蟲の存在を裏付ける証言として重大な情報とされることになる。もちろん、日除蟲とは全くの無関係であり、日除蟲は濡れ衣を着せられた訳であるが、それはまた別の話である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ