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夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【番外編】※第1部の幕間がメインです

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【番外編】本当の友達

王都の闇(後編)の前に先にこちらを上げます。後ほど順番を差し替えます。

「おまじない、ちょっと強引過ぎたかしら……」


 ヘリファルテ王宮の中庭、その片隅に設置された小さな池のほとりで、マリーは小さなため息を漏らす。先日、セレネと『永遠の友達』になるおまじないを交わしたものの、その事が逆にマリーの悩みの種になっていた。


 別にただのお遊びのようなものなのだが、貴族のおべっかにうんざりしていたマリーは、これまで一度もした事が無かったし、現状セレネ以外とやる気も無い。だが、今思い返してみれば、あの時はマリーが勢いでセレネに教え込み、無理やり押し付けてしまったのでは。そんな考えがふと浮かんできたのだ。


「セレネ、気を悪くしてなきゃいいけど……」


 同い年の友達が居ないマリーは、他人との付き合い方が良く分からない。権力を振りかざせば尻尾を振る連中はいくらでもいるが、本当の友達と呼べる人間は一人も居ない。


 セレネは心優しい子であることは間違いない。だから、押しの強い自分に合わせてくれているだけなのでは。もしそうなら、それは本当に友達と言えるのだろうか。どうしてもそんな気持ちが沸いてきてしまうのだ。


「あっ」


 そんな事をぼんやりと考えていたせいか、マリーは指輪を一つ池に落としてしまった。ぽちゃん、と小さな波紋を立て、指輪は池に沈んでいく。この池は景観のためだけに作られたもので、水深は浅く、手を伸ばせば充分届くのだが、池に手を突っ込むと汚れるので嫌だった。


「ま、いいわ」


 別段それほど高い指輪でもないし、宝石の類なら他に幾らでも持っている。マリーは気を取り直し、王宮へと戻っていった。


 王宮へと帰還したマリーは、そのままセレネの部屋へと向かう。単にセレネに会いたいという気持ちもあるし、なるべく会って話さなければ、友人という関係でいられなくなるのではという不安もある。一度得たものを失うことは、最初から手に入らないのよりずっとつらい。マリーはそれが怖かったのだ。


「マリー、おはよ」

「おはようって、もうすぐ夕方よ」


 相変わらずセレネは昼に弱く、少し眠たそうにしながらもベッドから身を起こす。セレネとしては、マリーとの会話は、姉から離れてからの数少ない癒しの時間なのだ。


 そうしてマリーは、セレネに日中の授業や、そのほか他愛も無い出来事を話す。ここ最近、それがこの二人の日課になっていた。勿論、ずっと喋り続けるのはマリーだ。セレネに気の利いた話など出来るはずもないし、強制的に聞き上手にならざるを得ないのが、マリーにもセレネにも幸いしていた。


「城下町に綺麗なお洋服を作る店が沢山あるのよ。今度、一緒に行きましょ?」

「うん、まあ……」

「(やっぱり私の話、つまらないのかなぁ)」

 

 マリーは女の子なら誰もが食いつきそうな話題を一生懸命話すのだが、セレネは曖昧に笑って頷くだけだ。それが余計、マリーの心をざわつかせる。やはりセレネは、表面だけ取り繕ってくれているだけなのではないだろうか、と。


 取り繕うとか以前に、セレネの中身は中年男性なのだから、十歳の女の子の好みとはかけ離れている。マリーの話がつまらないのではなく、セレネが狂っているだけだ。むしろ被っていたら困る。


「あ、そうそう。今日、池に指輪を落としちゃったのよ」

「いけ? どこの?」


 頷くだけで殆ど返事をしないセレネが、池の部分に興味を引かれたらしく、少し身を乗り出したので、マリーは少し語気を強め、そのまま言葉を紡ぐ。


「中庭に小さな池があるのよ。何となく立ち寄ったんだけど、行かなきゃよかったわ。別に無くして困るものでもないけど」

「そっかー」


 洋服や薔薇園の話には食いつきが悪いのに、何故、単なる池の事など気にするのだろう。マリーは疑問に思ったが、気がつけば随分と時間が経っていた。以前、自分に付き合わせてセレネの体調を崩させてしまったこともあり、マリーは後ろ髪引かれる思いで部屋を後にした。


「いけ……」

『姫、どうなされました?』

「ちょっと、さんぽ」


 マリーが出て行くと、セレネはベッドから抜け出し、服を着替えて一人で部屋を出る。ヘリファルテの王宮に近い敷地内を歩くだけとベッドの下のバトラーに言い残し、王宮を後にした。時刻は既に夕方になっており、空は既に茜色に染まっている。


 長い影法師を作りながら、セレネは教えられた池へと辿り着いた。広大な中庭でも王宮から割と近い場所にあるので、セレネでもやすやすと歩いて来られる。非常用の貯水池ではなく、本当に景観を整える目的の子供用プールくらいの小さな池だ。


 そこには何種類かの綺麗な魚が、気持ち良さそうにのんびりと泳いでいた。よく晴れた日に、この池の横の芝生の上でお茶会などをしたら、さぞや爽快な気分になれるだろう。


 ――と、普通なら考えるだろうが、セレネの目的は全く違っていた。


 セレネは池の周りの石に手を付き、腕まくりしてそっと手を浸す。水深は非常に浅く、小さなセレネでも底に手が付く程度だ。恐らく三十センチそこそこと言ったところか。春の日差しで水温もそれほど冷たくなく、泳げないセレネでも溺れることはないだろう。


「よし、くうぞ!」


 セレネは輝くような微笑を浮かべた。ヘリファルテもアークイラも、海がそれほど近くないため魚を食べる文化があまり無い。元日本人であるセレネとしては、たまに無性に魚が食いたくなる。美味いかどうかは分からないが、魚の数は結構居るし、一匹や二匹居なくなってもばれないだろう。やったぜ。今夜は焼き魚だ。


 野生の魚を捕まえるのは至難の業だが、外界から守られ、こんな小さな池で平和ボケした魚など一網打尽にしてくれようぞ。


「ぬるいぜ」


 セレネはそう呟いた。ちなみに今の「ぬるいぜ」は、難易度的にぬるいと言う意味と、水温がぬるいという掛け言葉のつもりだ。自分では知的で上手いことを言ったつもりだったが、大して上手くもないし、知的でもないし、どうでもよかった。


 そうして夜になると、バトラーには手洗いに行くからと虚偽報告し、セレネは生簀(いけす)、世間一般には観賞魚の溜め池と呼ばれる場所へ向かった。


「あみ、なかった……」


 月光を頼りに池のほとりまで歩いてきたセレネは、到着すると悔しそうに呟いた。一網打尽どころか、そもそも網が手に入らなかったのだ。そこで諦めればいいものの、食い意地が張っているセレネは、手づかみで魚を取るという暴挙に出ることにした。


 過去世のセレネが少年だったころ、近所の田んぼで手づかみで魚を捕まえたことがある。既に風化した数十年前の話であり、小学生の頃にとった百点のテストを自慢するような情けない話である。


「わたし、ヒグマぁっ!」


 そう、自分は北海道の激流の中、シャケを捕えるヒグマとなるのだ。そう自己暗示を掛け、セレネは水底に泥の溜まった池へ、何のためらいも無く素足でざぶざぶ入っていく。一応、ドレスの裾は縛っておく。アークイラの家を数件買える値段のドレスは、体操着みたいな扱いをされていた。


「おらあっ!」


 セレネは透き通る水面に目を凝らし、手近な魚に襲い掛かる。しかし、流石にそう簡単にはいかない。確かにここの魚達は平和ボケしているのかもしれないが、霧の摩周湖(ましゅうこ)のように脳内が霞んでいるセレネに捕まる間抜けはいない。


「うおおーっ!」


 それでもしつこさだけは一級品だ。セレネは何度も水の中に両手を突っ込む。だが、ことごとく空振りだ。セレネとしては熊になった気で両手を振り回していたが、傍から見ると単に水を引っ掻き回しているようにしか見えない。


「てごたえ、あり!」


 だが、下手な鉄砲でも数打てば当たったのか、セレネの手に何かが引っかかった。必死で握ったその物体はただの藻だが、その中に、深緑色の宝石の付いた指輪が絡み付いていた。


「ちっ」


 なんだ、ただの指輪か。そういえばマリーが昼間無くしたと言っていたが、それほど価値が無いとも言っていた。目的の魚ではないハズレに舌打ちしたが、セレネは一応それを懐に突っ込んだ。さあ、漁業再開である。


「セレネっ! 一体何してるのよっ!」

「はうっ!?」


 唐突に後ろから大きな声を掛けられ、セレネはびくりと身を震わせる。慌てて後ろを振り返ると、そこにはマリーが怪訝(けげん)な表情で立っていた。


「ま、マリー、なんで?」

「何でじゃないわよ! セレネの部屋に行ったら誰も居ないんだもの。今、お城の人達が総動員で探してたのよ!」

「えぇ!?」

「心配したんだから……ああもう! そんなにドロドロになっちゃって! 何でそんなことしてるのよ!」

「みず、したたる、いい、おんな、えへ、えへへ……」


 セレネは何とか誤魔化そうと、えへえへと卑屈な笑みを浮かべたが、無論そんな物でどうにかなるわけがない。マリーは後ろに付き従っていた兵士に指示を出し、池からセレネを引き上げさせる。


 そのままセレネは、問答無用で風呂場へ強制連行された。身を清められた後、アイビスに滅茶苦茶怒られた。ミラノだったら無視していたが、巨乳王妃だったので、セレネはしおらしく謝罪し、それで一応事件は解決となった。


「はぁー……」


 セレネは自室に戻り、寝巻きに着替えてベッドに横たわった。今日は厄日だ。結局、魚は食えず、無駄に疲労感だけが残る結果となった。でも、最後にアイビスが「心配掛けちゃ駄目よ」と優しく抱きしめてくれたので、総合で見ればそんなに悪くないかも、などとくだらない損得勘定をしていた。


『姫、お疲れ様でした』

「つかれた」

『しかし、何故私に頼まなかったのですかな?』

「わたし、やらなきゃ、だめ」


 池の鑑賞魚を盗んで食いたいなどと言ったら、いくらセレネに甘いバトラーでも反対するだろう。これは、セレネが一人でこっそり成し遂げなければならないミッションだったのだ。

 だが、そのセレネの言葉を聞いたバトラーは、何故か満足げに目を細めると、穏やかな笑みを浮かべた。


『確かに、これは姫がやらねばならないことではありましたな。後のことは、私がきちんと処理をしておきましたのでご安心を』

「……は?」


 意味分からん。セレネがバトラーに問いただそうとした時、丁度セレネの部屋の扉がノックされた。セレネが入っていいと言う前に扉が開いたが、そこに佇んでいたのはマリーだった。


「マリー、どしたの?」

「その、あの……セレネ、さっきは怒っちゃってごめんなさい」

「べつに、いい」


 金髪ロリに怒られるのはむしろご褒美だ。セレネは本当に気にしていなかったが、マリーは少し申し訳無さそうに(うつむ)いてた。


「ねえセレネ、正直に答えて。あの池で、一体何をしてたの?」

「そ、その……」


 夜中にこっそり池に忍び込んで、あなたの家の魚を食おうとしてました、とはさすがのセレネも言えずに口ごもる。マリーは今にも泣き出しそうな表情だ。もしかして、マリーが飼っている魚だったりしたのだろうか。セレネとマリーの間にしばし沈黙が流れるが、マリーがセレネの枕元に近づき、手を差し出す。


「これ、探してくれてたんでしょ?」

「……ぇ?」


 そう言ってマリーが差し出した手には、先ほど池で拾った指輪があった。魚が食えずに意気消沈していたセレネは、指輪の事など頭の片隅にも無かったし、そもそも服は洗濯に出されている。何故、マリーが持っているのだろう。


『姫の洋服が洗濯に出される前に、私がマリーベル様の部屋の前に届けておいたのです』


 バトラーはベッドの下からこっそりと、しかし、得意げにそう答えた。

 マリーが池に指輪を落としたことは、ベッドの下でバトラーも聞いていた。だが、バトラーが仕えているのはセレネであってマリーではない。故に干渉する気は無かったのだ。


 しかし、夕方にセレネが池の様子を見に行き、さらに夜になって出かけて行った時点で、バトラーにはセレネが何をしようとしているのか、すぐに気がついた。

 

 ――かけがえのない友人のため、その身が汚れる事も省みず自ら指輪を探しに行ったのだ。


 勿論、危険が無い事はバトラーも承知している。事前調査はしっかりと行っていた。それで、敢えてセレネには気付いていないふりをした。いざとなれば、自分と部下のネズミたち総動員で探すつもりであったが、必死で池の中をかき回す主に対し、バトラーは声を掛けられなかった。


 そう、これはセレネの、マリーに対する友人としての心意気であり、いくら執事といえど踏み込んではいけない。セレネの鬼気迫る態度は、そう語っているように見えた。


 幸いセレネは指輪を見つけることに成功したが、状況を知らぬ者達にそのまま連れて行かれてしまった。こういう時こそ執事の大事な役目だ。バトラーはセレネの洋服から素早く指輪を抜き出し、マリーベルの部屋の扉の前に置いたのだ。後は現状の通りである。


「セレネ、ありがとう! 私、凄く嬉しい! この指輪、宝物にするわ!」


 感極まった様子で、マリーはセレネに抱きついた。そして、心の中の不安が氷解していくのがマリー自身にもよく分かった。


 自分は何という馬鹿なのだろう。今まで、セレネのように泥まみれになりながら、たかが安物の指輪一つを探してくれる友人など、マリーには一人も居なかった。セレネは口数は少ないが、友情を行動で示してくれた。マリーにとって、それが何よりも嬉しいのだ。


「わたしも、うれしい」


 マリーに抱きつかれたセレネも微笑みを返した。魚が食えなかったのは残念だし、指輪一個見つけただけで、何だかよく分からないが感謝されて抱きつかれたのだ。マリーはまだ胸が無いので、柔らかさはいまいちだが、金髪ロリ美少女に抱き付かれるというレアリティを加味すれば、なかなかの高得点といえるだろう。


 魚に関しては、ほとぼりが冷めたころにこっそりと捕りに行こう。出来れば網か竿を用意し、今日の失敗を明日の成功につなげればよい。セレネは、今日のところはマリーに抱きつかれたことで満足しておくことにした。


 そんなセレネの(よこしま)な考えを知らないマリーは、大事そうに両手で指輪を包み込み、自室に戻ると、一番大事なものを入れておく宝石箱にそっとしまい込んだ。この小さな宝石の付いた安物の指輪は、マリーにとっては一生の宝物になったのだ。


 なお、皆もご存知の通りだが、このあとセレネは様々な出来事に巻き込まれ、とても池の魚を狙う状況では無くなる訳だが、それはまた別の話である。

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