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夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【第1部】夜伽の国の月光姫

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第40話:投資

『姫、報酬の確認が終わりましたぞ』

「おいくら?」


 セレネがエルフにタンポポを乗せるお仕事を始めて早一ヶ月、約束どおり、取引で得た利益の一部が支払われることになった。ミラノは、セレネなら理解出来るだろうと明細書類を手渡したが、残念ながらセレネの頭では内容がさっぱり理解出来なかったので、そのままバトラーに丸投げしていた。


『いやはや……これは凄いですな!』

「なにが?」


 バトラーが珍しく興奮しているのを、セレネは不思議そうに見つめていた。単に座っているだけのお仕事だし、どうせ大した金額ではないだろう。そう考えていたのだが、バトラーはベッドに飛び乗ると、大仰な身振りで説明を開始する。


『一流の商人が、五年掛かって稼げるかどうかという額ですぞ!』

「なんとぉー!?」


 予想外の回答に、セレネも目を丸くして驚いた。


 しかし、これは当然と言えば当然だ。魔力の篭った商品は、人間にとって贅沢品である。セレネがまるで量販店の服のように着ているアークイラの白いドレスでさえ、平屋なら二、三軒買えるほどの値段なのだ。


 それと同等以上の高額商品を大量に取り扱っている上、ミラノはセレネに負担をかけていることを気に病み、多少色を付けて支払っていた。


「すごい!」

『まあ、この仕事は姫以外の誰にも出来ず、しかも両種族にとって多大な利益をもたらしているのです。むしろ安いといっても過言ではないでしょうな』


 バトラーは胸を張り、自信満々にそう答えた。自分の主は、人間達にもエルフ達にとっても無くてはならない存在になりつつある。その筆頭執事として仕えられるとは、なんと名誉な事であろう。


「お金、どうしよ」


 感動に打ち震えるバトラーを軽く流し、セレネは早速金の使い道を思案する。検討した結果、大金が入ったのだから速攻で全部使うことにした。


 セレネの貯蓄力は、越冬のために地面にドングリを埋め、そのまま忘れて春になるリス並みである。前世でも給料が入ると、その直後に殆ど全部使っていた。当然、今回も使い切る気満々だった。


 まず最初に思いついたのは酒だ。莫大な金が手に入ったのだから、最高級の酒を浴びるように飲もうではないか。それに焼肉だ。これも大量に食おう。それから可愛い女の子のいるおっぱいパブに……。


「……ぁああああっ!?」


 そこまで考え、セレネはベッドの上で立ち上がり、両手で頭を抱えて叫んだ。バトラーはびくりと身を震わせ、雷光に打たれたように固まったセレネを見上げる。


『ひ、姫!? どうされたのですか!?』

「ば、バトラー、ちず!」

『地図? でございますか?』

「ちず、ヘリファルテ、教えて!」

『ヘリファルテの城下町の地図でございますか?』


 バトラーの言葉に、セレネは首を縦にぶんぶん振って答える。


『……何やらよく分かりませんが、仰せとあらば』


 主の意図が読めぬまま、バトラーはベッドから絨毯の上に跳び降りると、尻尾で絨毯をなぞり、器用にヘリファルテ全体の見取り図を描いた。


 バトラーは鼠の情報網を持っているため、ミラノはおろか、シュバーン王ですら知らない大都会特有の暗部まで全て把握している。この大陸において、バトラーほどヘリファルテ王都について詳しいものは存在しないだろう。


『城下町は、王宮から扇状に広まっております。ここが大通りで、市場が開かれ、いつも活気で溢れております。そこから先に進むと工房などがある地域です。そして郊外に行くほど農業地区の割合が多くなり……』

「まった!」


 絨毯の上に描いた簡易地図の解説をしていくバトラーに、セレネは待ったをかけた。セレネはしゃがみ込み、バトラーが描いた地図の、ある部分を指差す。


「ここ、絵、無いよ?」

『その辺りは……まあ、大人向けの施設でございます。姫にはあまり関係ありませんので省略しました』

「おとな向け!?」


 その言葉が聞きたかった。セレネが食い下がるが、バトラーは黙考(もっこう)する。


『(うむむ……姫も背伸びをしたいお年頃か。しかし、これは教えるわけには……)』


 大人向け、という言葉に強く反応する主に対し、バトラーはどう返事をすべきか悩んだ。

 基本的に隠し事はしないバトラーだが、こればかりは口に出すわけにはいかない。セレネが指差した位置は、賭博や酒場、それに娼館などがある場所だったからだ。


『シュバーン王は優秀なお方です。娯楽をくだらないと切り捨てるのではなく、ある程度、息抜きをする場所が必要だと考えているようでして……この辺りは、そういった施設が多いのです』

「くわしく!」

『娯楽といっても、主に大人の男性達が好む物です。女性の姫が知る必要も無いでしょう』

「……わかった」

『ヘリファルテは美しい街でございます。他に楽しめる場所はごまんとありますからな。さ、この話はこれでお終いにしましょう』


 それからバトラーは、ヘリファルテの美しい場所を事細かに説明したが、もうセレネの耳には入っていなかった。


 バトラーがはぐらかして答えたことで、セレネはむしろピンときた。ここには、絶対にいかがわしいものがあるに違いない。バトラーとしては、幼く高潔な姫を、(けが)れた場所に近づけたくないという気持ちから配慮したが、セレネは清廉でも潔白でもないので、むしろ彼女の望むものはそこにある。


 解説が終わると、セレネはバトラーの喉元を撫でてやり、ベッドの横に置かれた上質な編み籠に彼を戻した。白森から帰還して以来、バトラーはセレネの飼い鼠として正式に受け入れられ、枕元に彼専用の籠を用意されているのだ。


「なんてこった」


 セレネはベッドに突っ伏し、歯噛みした。今更ながら、この体には致命的な欠陥があることに気が付いてしまった。


 幼女の体では、金の使い道が無いのだ。


 以前、マリーと馬車チェイスをし、ヘリファルテ大学で大乱闘をして以来、セレネは一人で王宮の敷地外に出ることを禁止されていた。セレネが城下町へ出かけたい場合、必ず誰かに報告した上で、何人かの護衛をつけることが条件付けられている。


 セレネは天性のひきこもり体質だったので、アルエに会いに行く以外、一度も外出したことがなかった。しかし今回は別だ。折角大金が入ったのだから、賭博に大金をぶち込んだり、酒場に行って『この店の高いものから順に、飯を持ってきてくれ』とかやってみたい。


 護衛をつけたまま歓楽街に繰り出せるわけが無いし、仮に人目を盗んで脱走したとしても、幼女一人で酒場に突っ込み、酒を浴びるように飲んだ後、あるのか分からないが、おっぱいパブになどいけるわけが無い。


 女性しか入場できない女性専用の娼館(※八歳から利用可能)を作るという話を持ちかけられれば、セレネは迷わず全額投資しただろう。しかし、そんな意味不明な事業計画があるはずがない。かといって自分から『ここに女性による、女性のための歓楽街を作ろう!』と提案するわけにもいかない。


 もっと建設的な金の使い方はごまんとあるはずだが、セレネには快楽を求める以外の金の使い道など思いつかなかった。セレネなので仕方がなかった。


「ねえさまに……ダメだ」


 次に思いついたのは、アルエに金を貢ぐという選択だ。しかし、アルエ個人に大量の金を送るのは危険だ。この金は、元を正せばミラノから提供されたものだ。安易にアルエに全額振り込んでしまうと、あの王子に借りを作ることになる。ただでさえ不利な状況なのに、これ以上、奴を有利にさせてなるものか。


「そうだっ!」

『姫、先ほどから何をお悩みなのですか? 私でよければご相談に乗りますが』

「バトラー、おでかけ」


 セレネが突如ベッドから顔を上げ、外出の準備を始めると、呼ばれたバトラーも反射的にセレネの肩に飛び乗った。


『一体どこに向かわれるのですか?』

「王さま、相談」

『シュバーン王に相談? 姫、一体何をなさろうと言うのです?』

「いいこと」


 セレネは笑うだけで、それ以上答えなかった。バトラーは頭脳をフル回転させ、あらゆる方向から主の意図を探ろうと努力する。だが、いくら考えても、セレネの意図を測ることができない。


燕雀安(えんじゃくいずく)んぞ、鴻鵠(こうこく)(こころざし)を知らんや、か……』


 小物には大物の考えが分からない、バトラーはそんな意味の言葉を思い出していた。

 バトラーを肩に乗せたまま、セレネは部屋を出て、廊下をとことこと歩いていく。そうして最奥にあるシュバーン王の部屋の前に到着すると、護衛の兵士に王への面会を要望した。


 本来なら特別な許可が必要なのだが、今のセレネは、ヘリファルテにおいて事実上の最重要人物である。何より、シュバーンは、今ではマリーと同じくらいセレネを大事に扱うようになっていたため、セレネの面会はあっさりと受理された。


「セレネか。どうした? 私に何か用かな?」

「王さま、提案、あるます」

「提案……一体何だ?」


 変な敬語で挨拶するセレネを微笑ましく思いながら、シュバーンはセレネの提案とやらを聞いてみることにした。この子が自分から何かを望むことは珍しい。シュバーンは出来る限り、セレネの要望を叶えてやろうと考えた。


 しかし、セレネの持ちかけた提案は、シュバーン王も、そして肩に乗っていたバトラーすらも度肝を抜かれるようなことだった。




  ◆◇◆◇◆




「アルエ殿、少しお時間よろしいかな?」


 ヘリファルテ大学で午前の講義を受け終えたアルエは、次の授業のため廊下を移動中だった。その途中、教授の一人に後ろから呼び止められた。


「はい。私で何かお手伝いできることがあれば、喜んで」

「いや、そうではないのです。実は、学長がお呼びでして……」

「学長様が私を? 何かしら?」


 アルエは首を傾げたが、理由はどうあれ学長の呼び出しとあれば行かざるを得ない。


「何か粗相(そそう)でもしたかしら……」


 アルエは若干不安を覚えつつも、掃き清められた木造の廊下を歩いて学長室に向かう。編入当初は田舎者と馬鹿にされたが、アルエはいまや学校でも指折りの優等生となっていた。最近は褒められる事も多くなったし、問題は特に起こしていないはずだ。


 元々が優秀なアルエは、最高の環境を与えられ、めきめきと才能を伸ばしていた。今では馬鹿にするものは誰も居ない。しかし、これはセレネを取引材料にして得た地位だ。


「これも、セレネのお陰なのよね……」


 最愛の幼い妹は、最近は国政でとても重要な役割を任せられているらしい。自分もそれに応えるよう頑張らねばならない。いくら考えても学長に叱られることをした記憶は無いが、自分の気付かないうちに何かをしている可能性もある。セレネのためにも、間違いは正さねばならない。


「失礼します。アルエ=アークイラ、参りました」

「ああ、入ってくれたまえ」


 重厚な扉をノックすると、即座に男性の声が返ってくる。アルエが緊張した面持ちでドアを開くと、人の良さそうな表情をした恰幅のよい男性――学長が両手を組み、彼専用の椅子に腰掛けていたが、その横には、何故かセレネが居たので、アルエは幻でも見ているのかと思った。


 セレネは学長の横に用意された、大きな椅子に埋もれるように腰掛けていた。膝の上の白黒の鼠にクッキーを分け与えつつ、これも学長が用意してくれたのであろう、上質なハーブティなどを優雅に飲んでいた。


「ねえさま、待ってた」

「え!? せ、セレネ!?」


 アルエは心底驚き、学長がいるというのに、慌ててセレネの方に駆け寄った。以前、セレネは敬愛する王子を追いかけ、許可無く大学の敷地に入ったことがあった。またセレネが何かやらかしたのだろうか。それで、親族であるアルエが呼ばれたのでは、そう推測する。


「セレネ、また何か悪い事をしたの?」

「してないよ?」


 セレネはきょとんとした表情でアルエを見上げる。この様子だと、本当にセレネが何かしたという感じではない。学長の表情もとても穏やかだ。


「セレネ嬢は、今日はきちんと許可を得て入室している。安心してくれたまえ」

「はあ……でも、なんでセレネが大学に?」


 アルエの頭に疑問符がどんどん増えていくが、学長が、それを見透かしたように口を開く。


「出資者がどうしてもアルエ君に会いたいと言っていてね。顔合わせのために呼んだのだよ」

「出資者? どなたですか?」


 アルエは部屋を見回すが、学長とセレネ、あとセレネの飼い鼠以外に誰もいない。アルエの振る舞いが余程面白かったのか、学長はくくっと笑いを噛み殺す。


「君の前にいるじゃないか。可愛らしい投資家がね」

「え……ま、まさか……」

「わたし、学校、お金、入れた」


 いつもと同じ、たどたどしい口調で喋るセレネの言葉を、アルエは脳内で反芻する。言葉の意味は分かるが、アルエの脳が状況を整理しきれない。


「え、え? ええええぇぇー!?」


 大分時間を置いてから、貞淑なアルエにしては珍しく、子供のように驚いた。大陸一の学府であるヘリファルテ国立大学、その出資者に名を連ねたのが自分の妹だったのだから、驚くのも無理はない。


「そんな……何で? 嘘でしょ?」

「ほんと、王さま、許した」


 セレネはにっこりとアルエに笑いかける。アルエは何と言っていいか分からず、ただ目をぱちぱちさせるだけだ。


「ねえさま」

「な、何かしら?」

「また、いっぱい、来るね」


 それだけ言って、セレネはぱたぱたと部屋から出て行った。本当はそのままアルエの部屋に泊まっていきたかったのだが、今日もまた、夕方から暇を持て余す仕事を抱えているのだ。

 セレネは何度も振り返って手を振り、彼女の飼い鼠も、まるで人間のように会釈をし、学長とアルエだけが部屋に残された。


「あ、あの……学長様、今の話は本当なのですか?」

「本当だとも。私も正直驚いた。突然あの子が従者を従え、国王直筆の礼状を持ってきたのだ。何事かと思って目を通したら『セレネ嬢がエルフとの取引で得た利益は、今後、全てヘリファルテ国立大学に寄付する』と記してあった。何かの冗談かと思ったよ」

「はぁ……」


 狐につままれたような気分で、アルエは、妹の出て行ったドアをずっと眺めていた。あの子は昔から変わった子だったが、まさかこんな事をするとは予想外だ。


「今度、ミラノ王子に確認しておかないと……」


 妹が何故こんな事をしたのか、ミラノ王子に尋ねなければ。まるで状況が分からないアルエは、ただただ首を傾げるだけだった。




  ◆◇◆◇◆




「父上、それは本当なのですか!?」

「ああ、セレネが直談判しにきたのだ。『私が稼いだお金は、全てヘリファルテ国立大学に投資してほしい』とな」

「そんなことが……」


 セレネがアルエに面会していたのと同時刻、国王の間で、ミラノがシュバーンを詰問していた。セレネの将来のため、かなりの額を手渡したし、今後もそれを続けるつもりだった。だが、こともあろうにセレネ本人があっさりとそれを手放し、ヘリファルテの大学に全額寄付してしまうというのだ。


「セレネの将来のため、貯蓄として残させておくつもりだったのですが」

「……もしかしたら、セレネは自分のことより、国益を重視しているのかもしれん」

「国益? どういうことですか?」

「彼女は幼い頃から監禁され、王族として学ぶ機会を得られなかった。そんな彼女だからこそ、学問の重要性を理解しているのだろう」


 ヘリファルテ国立大学の運営費は、ほとんどがシュバーン王の投資によって賄われている。それは、シュバーンが学問を重視し、優秀な頭脳を持つ人材を育てることが、国の繁栄に繋がると考えているからだ。出資者は多ければ多いほど助かるが、現状だとそれほど多くは無い。


「商人達からすれば、学問への投資は実入りが少ないからな。赤字を垂れ流している先物取引に乗りたがらないのは当然だろう」


 学問というものは即効性が薄い。単純に知識だけあっても、実務を担当するとまるで活かせないという場合も多々ある。しかし、単純な実務経験だけではどうしても限界が来てしまう。知識を持ち、同時に経験を積むことが大事なのだ。


 だが、殆どの人間が後者のみ優先しているのがヘリファルテの実情だ。実務経験さえあれば、大体のことは何とかなってしまう。確かにそれでも現状維持は出来るだろうが、未来に発展していく国を作ることは難しい。


「セレネは、この国の行く末を案じた結果、教育へ尽力しようとしている。そう考えれば納得できる」

「まさか、そこまで彼女が考えているわけが……あの子は、まだほんの小さな少女ですよ?」

「では、他に何の理由がある。もしもセレネが少しでも自分の利益を考えているなら、自分の好きな物に金を注ぎ込むだろう。少なくとも、学園に投資をする理由など、私にはそれくらいしか思い浮かばん」


 シュバーンもミラノも、セレネの慧眼に頭を垂れる思いだった。優秀な少女であるとは思っていたが、まさか自分達と同じ視点で、この国の未来を考え、投資をするとまでは思いもしなかった。一体、あの少女はどれだけの才覚を持っているのだろう。


「ミラノ」

「はい」

「あの子は、この国に……いや、人間にもエルフにとっても、唯一無二の存在になるかもしれん。悲惨な生い立ちではあるが、辺境のアークイラに居たままでは、彼女は全力を発揮できなかっただろう。これも、何かの運命なのかもしれんな」

「運命……」


 セレネはただの美しい少女ではない。最初は同情心から助けたが、今のセレネはエルフと人間の和平の使者であり、ヘリファルテにも、エルフにも多大な利益をもたらしている。そして何より、自分自身にも。


「彼女と出会うのは、運命か……」


 ミラノは父王の言葉を深く心に刻み込んだ。もしもこれが運命ならば、自分は彼女に相応しい存在になれるだろうか。いや、ならねばならない。そんな決意が、ミラノの胸に去来(きょらい)した。




  ◆◇◆◇◆




「フリーパス、ゲット」


 帰りの馬車に揺られている最中、我ながら名案を思いついたものだと、セレネは終始ご機嫌だった。


 自分の欲望を叶えられない以上、第二志望はアルエに貢ぐ事だが、王子に借りを作るのは嫌だった。

 ならば、いっそのことアルエの属する大学に全額ぶち込んではどうか、とセレネは考えたのだ。公共投資という形なら、アルエへの投資にはならないだろうし、大学の出資者になれば『視察』という目的で、堂々とヘリファルテ大学に入る事ができる。


 プロデューサーになればアイドルとちょっぴりえっちな関係になれたり、監督になればアニメ声優と仲良くなれるに違いないと考えるような、極めて短絡的かつ直結的な思考だった。


「うふふ、うふふ……」


 セレネはうふうふと不気味な笑みを浮かべながら、自分の機転に感動していた。さすが私、よくやった。自分で自分を褒めたい気分だった。


 こうして、ヘリファルテ国立大学の筆頭出資者として名を連ねたセレネは、暇を見つけては『視察』という名目で大学に足を運ぶ権利を得たが、学園の施設や運営状況はどうでもよかった。


 アルエに頭を撫でてもらい、ひとしきり抱きついた後、実に満ち足りた気持ちで城へと戻り、夕方は話の内容すら分からない会議に参加する。当然、王子を毒殺するための弁当作りも行っていたため、セレネは多忙な毎日を送っていた(あくまでセレネ基準での多忙である)。


 こうして数ヶ月が経過すると、頻繁に姿を現す謎の美少女の存在は、大学で知らないものはいなくなっていた。外見からして目立つセレネは、学生達の中で自然と噂となる。


 最近現れる天使のような純白の少女は、ヘリファルテに現れたエルフ達を呼び込んだ張本人であり、またこの学園の出資者であるらしいが、その正体は謎に包まれている。


 分かっている事は、かの聖王子ミラノの寵愛を受けていること。最近頭角を現してきたアークイラ出身のアルエ=アークイラを『姉さま』と慕っている事から、アークイラの出身であると推測されるが、アルエ本人に聞いても、明確な答えは返ってこない。


 何よりも驚きなのは、あのセレネという少女は、王宮で行われるエルフ達との取引において、中心人物として君臨しているという噂である。エルフとの取引は、現在、国において重要な位置付けとなっており、知識人も多数参加している。その中心に据えられているということは、彼女も卓越した知識を持っているに違いない。


 それだけではない、セレネはエルフとの取引で得た莫大な資産を、全てこの大学に寄付しているらしい。頻繁に視察に現れることから、彼女はよほど学問を重視しているのだろう。


 彗星のように現れたセレネは、その類稀な外見の美しさ、謎に包まれた神秘性、そして何より、人間とエルフで初めて和平を取り持つという前人未到の功績により、一躍ヘリファルテにて一目置かれる時の人となった。


 無論、それだけで済むはずがない。人の口に戸は立てられない。セレネの噂は、徐々に諸外国にも流れていくことになる。


「おっぱい、おっぱい♪」


 そんな事は気にも留めず、セレネは今日も馬車に揺られ、鼻歌交じりでアルエの待つ大学へ『視察』に向かっていた。周りの噂がどうであろうと、セレネはどこまでもセレネでしかなかった。

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