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夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【第一部】夜伽の国の月光姫
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第39話:会議

 竜の巫女――セレネが交渉の席に着く。その効果は劇的で、取引に応じるというより、竜の巫女に出会いたいという理由で、エルフの長たちはヘリファルテ行きを了承した。ギィ、ザナの二名を代表とする、各集落から派遣された二十人ほどの使節団を編成し、エルフ達は未知の世界へ向かった。


 白森を抜けた先には、熊の様な大男が待っていた。髭だらけで、見たことも無い奇妙な衣装に身を包んだ男を見て、ギィ達は一瞬警戒したが、後ろに控えていた馬車に、大鷲をあしらった紋章があることに気付き安堵した。ミラノが持ってきた貢物のなかに、同じものが描いてあったからだ。


「おお、お主がギィ殿でござるか。お噂はかねがね聞いているでござる」

「お前がミラノの使いか?」

「うむ、拙者クマハチと申す。王子よりエルフ殿の案内役を頼まれておるので、どうぞご安心くだされ」


 顔と足の長い、茶色い毛皮の動物から降りたクマハチというその男は、見かけによらず丁寧な振る舞いで、ギィ達に挨拶をした。


「それじゃよろしく頼むぜ。ところで、その動物は何ていう生き物だ?」

「これは馬という動物にござる。ギィ殿が乗っている、スキンクという生き物の人間版でござるな」

「ウマねぇ、そんな変なもん初めて見たぜ」

「それはお互い様でござるよ。さ、では拙者たちが先導させていただくでござる」


 馬にまたがったクマハチ率いる馬車に、数名のエルフが乗り込んだ。エルフ達はスキンクに乗って移動するつもりだったので、ザナがリーダー格のスキンクを操り、群れを率いる形で平原を進んでいく。


 白森しか知らないエルフ達は、警戒は怠っていないものの、緑の草原が一面に広がる景色や、地平線まで咲き誇る白百合の園など、色彩溢れる外の景色に心を奪われていた。


「なあ、人間の街ってのはどんな所なんだ? ミラノは確か、オーキューとか言うところに住んでるんだよな」

然様(さよう)、ギィ殿達を迎え入れるため、ミラノ王子は王都で準備中でござる」

「そのオーキューって場所に、セレネもいるんだろ?」


 ギィは馬車から身を乗り出し、クマハチだけに聞こえるように小声で話しかける。


「いいか、俺とザナ以外は人間に対していい感情は持ってねぇ。取引の会議より、竜の巫女に会いたい奴が大半だ。その辺の準備は抜かりないだろうな?」


 ギィはどうしても尋ねておきたかった。セレネに特別な行動を求めたりはしないが、やはり最初の印象というものは大事だ。ただの人間の小娘を同席させても効果が薄い。その場に竜を呼んで貰うわけにもいかないし、ある程度、他の人間と違うところを外見で表現しなくてはならない。


 ギィの不安に答える代わりに、クマハチは不敵な笑いを浮かべる。


「それは見てのお楽しみでござる。なに、ギィ殿もきっと驚くでござるよ」

「信用していいんだな? いくら元が良くても、白い葉っぱの服じゃ、あいつらは驚かねぇぞ?」

「ま、見ればわかるでござるよ」


 それだけ言って、クマハチは再び歩みを早めた。ギィもそれで一応は納得したらしく、馬車へと引っ込んだ。ミラノが動いているのなら多分問題はないだろうが、竜の巫女との面会を餌に、他の集落のエルフを連れ出したのだ。ここで『なんだ、ただの人間の子供ではないか』と思われては、ギィの面目丸つぶれである。


「ま、考えてもしょうがねぇか。しかし、オーキューってのはどんな樹なんだろうな。俺たちの集落の一番でっかい樹でも、せいぜい二十人で一杯だからなあ。ミラノ達も含めたら、入りきれんのかね」

「馬鹿ねぇ。白森じゃあるまいし、そんな大きな樹がぽこぽこ生えてるわけ無いじゃない」


 王宮というのは何人もの人間が住んでいるらしいが、エルフの集落でも、大人数が住める樹はなかなか生えない。そんなギィの懸念を、ザナは呆れて訂正する。


「きっと人間達のところには、少し細めの樹が沢山生えてるのよ。で、五人ずつくらいに分かれて会議をするってわけ。不便そうだけど仕方ないわね」

「そ、そうか! 人間ってのは樹が少ないところに住んでるんだもんな。そうするしか無いよな。住む場所が無くて可哀想だな……」

「……ま、見ればわかるでござるよ」


 クマハチはそれだけ言って、黙々とヘリファルテへの道を進んでいった。五日後、ヘリファルテに到着したエルフ達が、ヘリファルテ王都の石造りの建物を見て、腰を抜かすほど驚いたのは言うまでも無い。




「ギィ殿、よくわが国へ来てくれた」

「おう、来てやったぜ。感謝しろ」


 ギィが軽口を叩くと、ミラノも笑って手を差し伸べ、二人は固い握手を交わした。他の仲間を導いていく立場であり、お互いに優れた武人でもあるギィとミラノは種族を越え、友人として認め合いつつあった。


「しっかし、石を組み合わせて家を作るとはな。凄いけど面倒っていうか……人間ってのも大変だな」

「我々の国には、白森のように家代わりになる巨大な樹木など生えないからな」

「ふーん……なんつーか、人間は人間で大変なんだな」


 ギィを含めたエルフの長たちは、ヘリファルテ王宮の頑健な造りに終始驚いていたが、ザナはもっぱら装飾や調度品に興味があるようで、そこらに飾ってある彫刻を見るたびに触ろうとして、警備の兵士に止められてばかりいた。


「後で父と母、それに妹を紹介したいのだが、その前に、他の長たちの警戒を解いておきたい」

「ああ、観光は後でゆっくりやらせてもらう。で、セレネの準備は?」

「問題ない」


 ヘリファルテ全体でエルフを迎え入れる雰囲気から、道中よりはエルフの長たちの警戒は薄れているようだが、それでも未だ完全に解けたわけではない。まだ敵陣、油断してはならないという空気がひしひしと伝わってくる。


「今日はゆっくり休んでもらい、会議は明日以降に回したいのだが、前倒しで進めたほうが良さそうだな」

「ああ、俺達は構わない」


 ミラノとギィは、小休止を取った後、人間達とエルフの長達の会議をすぐ開いたほうが良いと判断した。来賓を迎え入れるための大広間に促されたエルフ達は、物珍しそうにはしていたものの、やはりどこか強張った表情で時間を過ごした。


「では、そろそろ会議に入りたい。エルフの長の皆様、移動をお願いしたい」


 ミラノがそう促し、ギィ達は王宮の最奥にある、大きな一室へと連れていかれた。最高級の来賓をもてなす時だけ使われる部屋で、全体的に落ち着いた色合いだが、質の良い滑らかな真紅の絨毯や、白を基調とした陶器などの飾り物が置かれていた。


 今回連れてきたエルフ達は二十名ほどで、取引の席には、ミラノが選定した、優秀な商人や学者なども同席するが、それでも三十人程度だ。この部屋は百人は入れる設計になっているので、かなりゆったりとした空間になる。本来ならもう少し小さな部屋を使うのだが、エルフの使節団に対しては破格の扱いをしているのだ。


 既に日は傾きかけていたが、夕方でも暗さを感じさせないよう、灯火が所々に赤々と燈され、中心には、数十人は掛けられる長机が置かれていた。エルフ達はおっかなびっくりと言った感じで、まるで未開の洞窟にでも入るように部屋に入り、促されるまま席に着いた。


「皆さんもご存知の通り、お互いの種族の和平の象徴として、我々の会議には竜の巫女セレネに同席してもらう。竜の巫女の名の元に、お互いの繁栄のため、有意義な時間を過ごす事をここに宣言させていただきたい」


 ミラノが敢えて仰々しい言い方でセレネを紹介した。これから行われることは単なる取引ではなく、竜の巫女の元で行われる神聖な行為であるという事を伝えるためである。エルフの神の化身である竜に誓い、不正や暴力はしないという意思の表明のためだ。


「では、竜の巫女セレネ、入場をお願いしたい」


 ミラノの合図と共に、閉ざされていた入り口の両開きの扉が、二人の召使たちによって開け放たれる。


「……へぇ」

「きれい……」


 ギィとザナは現れたセレネの姿に一瞬言葉を失い、小さく嘆息した。他のエルフ達の反応はもっと顕著で、机に前のめりになり、身を乗り出すようにセレネの姿を見ていた。


「こん、にちは」


 たどたどしく挨拶をしたセレネは、いつもの着古した白のドレスではなく、荘厳な衣装で着飾っていた。幾重にも織り込まれた薄桃色のドレスを羽織り、全身に巻きつけるような、天女の衣と見間違えるほどの上質なレースの布を纏っていた。


 普段は髪飾りを付けないセレネだったが、今日は翡翠をはめ込んだ黄金のティアラを装着していた。黄金の輝きと深緑の宝石が、白磁の肌とルビーのような紅い瞳を持つセレネを、より色鮮やかに飾り立てる。手には小さな鈴の付いた白銀の杖を持っており、セレネが歩くたび、しゃりん、しゃりんと清らかな音色を立てる。


「あれが竜の巫女か……」


 エルフの長の一人がそう呟くと、それ以上は皆言葉を口に出来ないようで、押し黙った。今までの人間への警戒心などどこへやら。着飾ったセレネの風貌に、皆が皆見惚れていた。この美しい少女が、我らの神である竜を使役し、そして今日、見守ってくれる。それがエルフ達に与える安心感は、ミラノが想像していた以上のものだった。


 ギィがミラノに向かって親指を立てると、ミラノも笑って頷き返す。目論見は見事成功したらしい。人間でありながらエルフに酷似した体色を持つセレネは、まさに人間とエルフの橋渡し役に相応しい。


 挨拶が終わると、セレネは長机の端、いわゆるお誕生席の位置に用意された椅子に向かって歩き出す。背の低いセレネでも登れるように小さな台が付いている特注品で、ゆったりとした動作で、セレネは着席した。


「(歩きづらい……)」


 振る舞いこそ優雅であるが、別にセレネがお淑やかという訳ではなく、単純に着慣れない服を着ていたので動きが鈍っていただけなのだが、小さいながらもまったく慌てないセレネの姿を、皆微笑ましげに見守った。


 こうして会議の準備は整った。長机の片側には人間達が並んで座り、もう片側にはエルフ達が並んで座る。その二種族の中間に、セレネが座るという位置関係が出来上がる。ぱっと見では、セレネが一番偉そうな位置に座っているが、セレネの仕事は先ほどの「こんにちは」でほぼ終了である。気楽なものだ。


「では早速、今後の取り決めについて話し合いをしたい。エルフの皆さんも長旅でお疲れでしょうし、今日は軽めに済ませたい」


 ミラノが音頭を取る形で会議が開始された。セレネの登場で大分和やかなムードになっていたし、ミラノ達が、今まで相手にしてきた冒険者とはまるで違い、こちらを気遣うような態度を示したことと、何より、竜の巫女が鎮座しているという安心感から、エルフ達の態度は徐々に軟化していった。


「魔力を帯びた素材だけではなく、スキンクを譲ってもらいたいのだが」

「スキンク? お前達にはウマとかいうのがいるだろ?」

「あの生き物は随分と丈夫なのだろう? 平地を進む際は馬のほうが速いだろうが、乾燥地帯や山岳を進む際、あちらのほうが都合がいい可能性があるとのことだ。これは僕ではなく、商人からの要望だ」

「なるほどねぇ。で、俺達には何を出す? ウマは魔力が無いから白森じゃ飼えねぇぞ?」

「人里でしか取れない香辛料などはどうだろう。会議後に食事の用意をしているが、人間用の食材を気に入ったら、日持ちする物を提供する。植物なら種の段階から育てれば、白森で育つ物もあるかもしれない」

「あ、それいいかも! ついでに料理の作り方なんかも教えてもらえると嬉しいわね!」

「飯が美味ければな。条件によっては、スキンクのつがいを何組か譲ってもいい」


 ギィとザナを筆頭に、いつも通りミラノは交渉を進めていく。最初は遠慮がちに見ていた他のエルフ達も、しばらくすると「うちのほうがもっと良い物を出せる」などと徐々に意見を出していくようになった。


「(どうやら上手くいったようだな)」


 ミラノは視線だけギィに向けると、ギィも口元を緩めた。話だけ聞いているのと、実際の取引現場を見せるのとではまるで違う。他の集落のエルフ達にとっても、人間達の道具は喉から手が出るほど欲しいのだ。この場に引きずり出し、警戒心さえ解いてしまえば、後は我先にと交渉に乗ってくる。


 ミラノは、この場の立役者であるセレネを一瞥(いちべつ)した。相変わらずセレネは大人しく椅子に座っていて、自分達の交渉をじっと眺めている。まだ八歳、大人たちの交渉の席に着くには早すぎるというのに、彼女は騒ぎもせず、自分達の様子を見守っているように見えた。


「(もしかしたら、我々の会議の内容も把握しているかもしれないな)」


 セレネは聡明な子だ。少なくともミラノの中ではそういう認識だった。無表情のセレネからは読み取れないが、単にお人形さんになっているとも考えづらい。妹のマリーなら何を考えているかは大体想像が付くが、セレネの思考はミラノにも掴む事は出来ないのだ。


「(り、りんご……ゴ、ゴリラ……ラクダ……)」


 その頃、セレネは退屈しのぎに一人脳内しりとりをやっていた。セレネは、座っていればいいと言われたので、本当に座っていただけだった。新しい知識を得ようという向学心などさらさら無いのだ。


 さて、他の集落のエルフの長の警戒が解けてきたのは良いが、ここで問題が発生した。討論する人数が増えたため、我先にと自分たちの集落の利益を追求し始めた。それに対抗するように、人間側の商人たちも口を出す。先ほどまで収まっていた空気が、別の意味で険悪な物になってくる。


「今日はここまでに……」


 一度、お互いに頭を冷やす必要がある、ミラノが会議を中断しようとしたその時、しゃりん、しゃりんと鈴の音が会議室に響き渡った。机に身を乗り出すようにして議論していたエルフと人間達が、その音の方向に顔を向ける。


「そこまで」


 音源はセレネだった。セレネは特に気負う風でも無く、淡々とそう宣言した。その涼やかな声と鈴の音で、人間もエルフも冷や水を掛けられたような気持ちになり、お互いに謝りあうことで、その日の会議は終了となった。


「セレネ、礼を言う」

「え?」

「彼らの警戒心を解いてくれたこともだが、止めてくれたこともだ」

「あぶなかった」

「そうだな。あのまま議論を続けていては、後々に響くことになっただろう」


 セレネは平然と割り込んだが、ミラノからしてみれば、セレネの振る舞いはとても勇気がいるものだ。大人たちに混じって、取引の場に立たされるだけでも相当な負担になるだろうに、激論している中に割り込むのは並大抵のことではない。


 だが、セレネは単に空気が読めない上に、定時で上がりたいだけだった。


 一日十三時間は眠らないと気がすまないのに、エルフ達を迎えるという事で最近はろくに昼寝も出来ず、メイドたち数人がかりで衣装合わせをさせられていたのだ。あれ以上議論が長引いたら、座ったまま寝ていたかもしれない。危ないところであった。


「セレネ、兄さま、お疲れ様!」

「あ、マリー」


 セレネが衣装を引きずるように廊下を歩いていると、柱の陰からマリーが現れた。どうやら近くで会議が終わるのを待っていたらしい。


「どうだった? 上手くいった?」

「うん、まあ」


 どうもこうも、セレネはただ椅子に座って一人脳内しりとりをしていただけなので、答えようがない。セレネの返答はどうでも良かったのか、矢継ぎ早にマリーがまくし立てる。


「ね、ね、明日は私も出たいんだけど、一緒に行っていい?」

「駄目だ」


 セレネが答える前に、後ろに控えていたミラノが提案を即座に却下した。マリーは頬を膨らませ、不満げな表情でミラノを睨む。


「えー! だって兄さまとセレネは出てるのに、私だけ出られないって、ずるい!」

「これは遊びではないんだ。それに、お前が出て楽しいものでもない。セレネにも無理を言って頼んでいるんだ」

「それは、分かってるけどぉ……」


 マリーとて理解はしているが、それでもいまいち納得がいかないらしい。エルフ達にとって重要なのはセレネであって、マリーを出すメリットは無い。


 というか、こんなやかましい妹を出したら会議にならない。長時間あの空気の中で座らされていれば、マリーは絶対に途中で退出したがるだろうが、途中退出は印象が良くない。八歳だというのに物静かに座っていられるセレネのほうが異常なのだ。


「でもでも! 折角エルフの偉い人が来てるのに、セレネと兄さまだけ顔見知りになって、私は置いてけぼりって、やっぱりつまんない!」

「お前を会議に出すわけにはいかない。食事の時に、お前も顔を出せばいいじゃないか」

「そんなオマケ扱いなんてイヤ! いいもん! こっちにも考えがあるから!」


 そう言い残し、マリーは大股で廊下を歩き、どこかへ行ってしまった。


「セレネ、お前はもう休むといい。食事は後で部屋に持ってこさせる」

「あい」


 セレネはミラノに適当に相槌を打つと、すぐに自室に引っ込んだ。自分では着るのも脱ぐのも大変なドレスを召使たちの協力で脱ぎ、寝巻き代わりの薄地の服に着替える。


 窓から外の様子を覗くと、空はもう紺色になっており、満月がよく見えた。本来ならこれからがセレネのフィーバータイムなのだが、今日は昼寝をしていないのでかなり眠い。


「ねよう……」


 セレネはベッドに身を投げ出した。ミラノは早朝から日中にかけての鍛錬は、合間を縫って続けるとのことなので、また毒殺のための弁当も作らねばならない。しばらくの間、昼前に起きて弁当を作り、仮眠を取って夕方の会議で座っていなければならないことになる。


「つらい」


 セレネは今後の労働のことを思うと、ため息が出た。こんな幼女をこき使うなんて、労働基準監督署に訴えても良いのではないだろうかと考えたが、そんなものはこの世界に無い。というか、殆ど仕事などしていない。もし会議の時間が倍に伸びたら、セレネは全身の毛穴から血を噴き出して死んでしまうだろう。


「セレネーっ!」


 セレネが座るだけのお仕事にうだうだ文句を言っていると、唐突にマリーが部屋に乱入してきた。近くにいたメイドたちも一応は止めたようだが、マリーにはあまり効果が無い。マリーは後ろ手に何かを隠しながら、セレネのベッドへ歩み寄ってくる。


「なに?」

「お疲れのところ悪いんだけど、私のために協力してちょうだい」

「いいけど」


 セレネはベッドから半身を起こし、マリーのお願いを待つ。王子の願いだったら寝たふりを決め込んでいただろうが、金髪ロリであるマリーの頼みを聞かないわけにはいかない。


「じゃーん! これ作ったの! どう、綺麗でしょ?」

「おぉー」


 そう言って、マリーは花で作られた首飾りをセレネの前に突きつけた。ハワイのお祝いに使われるレイによく似ているが、派手好きのマリーらしく、赤や黄色を基調とした明るい色合いになっていた。以前、セレネの髪で指輪を作ったように、マリーはこうした細かい作業が得意らしい。


「これ、私の花壇から取った大事な花なのよ」

「それで?」

「これをエルフのみんなに配ってちょうだい。『高貴なヘリファルテの王女、マリーベル様からの歓迎の気持ちです』って、ちゃんと伝えるのよ」

「わかった」


 少しでも自分の印象をエルフのお偉いさんの記憶に留めておきたいのだろう。マリーは目立ちたがり屋なのだ。


「今日来たのは二十人くらいよね。これ試作品だから、明日の夕方までに頑張ってたくさん作らないと!」

「手伝う?」

「……気持ちだけ貰っておくわ」


 セレネの芸術センスが皆無なのはマリーもよく知っているので、やんわりと断った。用件を聞き入れると、セレネは再度眠りに就き、翌朝、お昼に近い時間頃に起きた。その後、いつもの日課の弁当を王子に食べさせ、夕刻まで仮眠を取った。


「では、今日の会議を始めたいのだが、その前に皆様に渡したいものがあるらしい」

「これ、贈りもの」


 昨日と同じく着飾ったセレネは、今日は大量の花束を抱えていた。よくよく見るとそれは花束ではなく、花で作られた首飾りの束であった。セレネはその首飾りを、エルフの長たちに掛けていく。特にザナが喜んでいて、セレネを質問攻めにする。


「わぁ! 綺麗な花! 竜の巫女様にこんな施しをいただけるなんて、ありがたいわ!」

「それ、マリーの、花」


 セレネは言伝どおり、マリーベルが作った飾りであると伝えたつもりだった。


「そう、マリーの花っていうのね……」


 首元に掛けられた美しい花輪を、エルフ達は満足げに見つめていた。昨日の会議はお世辞にも穏やかとは言えない雰囲気になってしまった。両者の調停役を担っているこの少女は、責任を感じ、場を和ませるためにこの『マリー』という花を集めてくれたのだろう。


 こんなに小さな少女が気を遣っているというのに、一体自分達は何様だ。エルフも人間も、お互いの権利を主張するばかりの自分達を恥じた。利益だけではなく、相手を思いやること。それを再認識したお陰で、この日は終始穏やかな空気で会議が進めることが出来た。肝心のセレネはというと、椅子に座って素数を数え、暇を潰していた。


 会議が終わり、セレネがまたも衣装を引き摺りながら廊下を歩いていると、マリーが駆けるように近寄ってくるのが見えた。


「私の花輪、どうだった!?」

「ウケてた」

「そっか、よかったぁ……」


 マリーはほっと胸を撫で下ろした。最高品質の花輪を作ったつもりではあったが、現場の反応を見ることの出来なかったマリーは、やきもきしながら待っていたらしい。


「ちゃんと渡して『マリーベルの花です』って言った?」

「言ったー」

「そう、それならいいわ。これで私の名前もエルフ達に広まるわ! 明日からもどんどん作らなきゃ!」


 マリーは、エルフ達に一目置かれる存在になれることを確信し、スキップしながら作業へと戻っていった。


 この『マリーの花』は、後にエルフ達の里で栽培されることになる。マリーの花の語源が、実はマリーベル王女であると判明するのは随分と後になるのだが。それはまた別の話であった。

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思惑は外れたかも知れないが、効果はばつぐんだったから兄たちからの評価は上がったろう(たぶん) 桜なみに愛されるだろうし
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