第38話:交易
「うおォーーーッ!!」
セレネは一人、ヘリファルテの自室で、両手両足を振り回し荒ぶっていた。バトラーがいれば、はしたないと咎めたかもしれないが、あいにく鼠の執事は定期の見回りで外出中だ。
「おちつけ、おちつけ……」
セレネは荒い息を吐きながら、必死に深呼吸を試みる。そうだ、ここは冷静にならねばならない。
「うおォーーーッ!!」
だがやはり駄目だ! セレネの辞書に自制という言葉は無いのだ。怒り冷めやらぬセレネは、今度はベッドの上に飛び込み、ごろごろと転がり出した。
「おのれ、ササクレ!」
セレネは仰向けになって親指の爪を噛みながら、四日前から今朝の事件――赤竜との会話までを脳裏に思い浮かべていた。
四日前、ヘリファルテ王宮に無事到着したセレネは、城の皆から歓声と共に迎え入れられた。国王と王妃は柔和な笑みを浮かべ、マリーは、顔をくしゃくしゃにしてセレネに抱きつき、急遽王宮に呼ばれたアルエも、涙を流しながらセレネを抱きとめた。
「……セレネっ! よかった! きっと大丈夫だってお姉ちゃん信じてた!」
「ねえさまっ!」
セレネも、アルエに久々に抱きつけた感動でちょっと涙ぐんでしまった。ついでに、どさくさに紛れてアルエの胸に顔を埋める。ああ、やはり我が姉の乳は最高だ。アークイラの国王は若くして亡くなったため、セレネは父の顔を見たことがなかったが、セレネにはこの乳があればよかった。むしろ父はいらなかった。
……と、まあここまでは順調だったのだが、その後で問題が発生した。セレネの計画では、ヘリファルテに帰国直後、再びあの赤竜に姉共々攫われ、エルフの里に移住する手筈になっていた。だが、肝心の赤竜が、何日待っても来なかったのだ。
恐らく一回くらいは様子を見に来るだろう、そう考えていたのだが、竜と人間では時間の感覚が違うのか、三日経っても現れない。セレネは苛立ちつつ、毎日、空を見上げて赤竜の来訪を待った。
そして今朝、ヘリファルテ上空に巨大な赤竜が現れた。人の街では滅多に見ない赤竜の来襲に、王都の人々は恐慌状態に陥ったが、セレネだけは目を輝かせた。待ちに待った竜の宅急便がやってきたのだ。
「きた! 竜、きた!」
赤竜の目的はやはりセレネらしく、大きな翼をはためかせ、真っ直ぐに王宮の庭園に降り立った。当然、王宮はかつてない大騒ぎで、兵士達は総出で赤竜を取り囲んだ。人間の力でどうこう出来る相手ではないが、ヘリファルテ王宮に、主君を捨てて逃げ出す弱卒などいないのだ。
「まって!」
張り詰めた空気の中、一人の少女の声が響いた。駆けつけたセレネである。兵士達の隙間を縫うように、セレネは赤竜の前に飛び出した。セレネの足取りに怯えは一切無く、偉大なる赤竜の前にその身を差し出した。
「セレネ殿っ!? 危険でござる!」
「へいき」
今にも赤竜に斬りかかりそうなクマハチを手で制し、セレネは再び赤竜に向き直る。
「まってた」
「うむ、問題なく人間達の巣に帰れたようだな。怪我が無いようで何よりだ」
その瞬間、周りの兵士達がどよめいた。なんと、世界の支配者である竜がセレネに挨拶をしたのだ。クマハチは顎が外れそうなほどに口を開き驚愕したが、他の兵士達も同様である。セレネは圧倒的な存在感を放つ竜を、まるで、よく調教された犬のように従えている。少なくとも外面上はそう見えた。
『偉大なる赤竜様、見ての通り、姫は健康そのものでございます』
『息災なく過ごせているのであれば何よりだ。お前は我の切り札だからな』
セレネの肩に乗ったバトラーに対し、赤竜は鷹揚に頷いた。赤竜にとってセレネは大事な隠し玉だ。少しでも情報を隠蔽しておきたいのか、先ほどと違い、皆に聞き取れる会話ではなく、以前使ったセレネの魔力を通した念話で相槌を打った。
「まさか、セレネ殿が本当に竜を従えるとは……」
クマハチはいつでも刀を抜ける姿勢は崩さなかったが、セレネと赤竜の穏やかな空気を感じ取り、遠巻きに様子を窺っていた。本当はセレネではなくバトラーと会話をしているのだが、クマハチたちにはそれを感じ取る事ができない。
「赤竜さま、お願い、ある」
『何だ?』
「エルフ、里、行きたい、姉さまと」
そう、この時を待っていたのだ。セレネは必死でエルフの里に戻りたいと主張したが、赤竜は目を細め、笑っているような表情になるだけだった。
『一度帰ってきたのに、またエルフの里だと? 分かったぞ。お前をエルフと間違えた事を、未だに根に持っているな? それでそんな皮肉を言うのだろう。我を相手に冗談を言うとは、中々肝の据わった奴だ』
「ち、ちが……!」
『木を隠すなら森の中、人を隠すなら人の中、確かバトラーがそう言っていたな。お前は百年間健やかに過ごしてもらわねばならぬ。ならば、人間達の元で暮らすのが一番だ』
「ちがう! エルフ、会いたい!」
『エルフに会いたい……故に森に行きたいと申すか? ならば問題あるまい。奴ら、人間に対し興味を持ったようだからな。近いうち、奴らから出向いてくることもあるだろう。お前は人間の巣で、我の栄光のためにその身を大事にするがよい』
「そうじゃなくて」
『もしお前の身を害するものがあれば、我が蹴散らしてやろう。安心するがよい。ではさらばだ』
「ちょ、待っ……!」
一方的にそういい残し、赤竜は再び大空へと舞い上がった。ヘリファルテに来るためには、赤竜の飛空コースからかなり迂回しなければならない。まして竜は寿命が長く、時間の感覚も適当だ。次に来るのが一週間後なのか、一年後なのか見当がつかない。
こうして、セレネが当初思い描いた、ずさんな移住計画は始まる前に終了した。当面はヘリファルテで過ごさざるを得なくなったという訳だ。思い返すたびに、あの態度のでかい赤竜に殺意が湧いてくる。
「ふぁーっきゅー!」
セレネは小さな手を握ると、思い切りベッドに叩きつけた。怒っているなら机の上に握り拳を振り下ろせばいいのではと思うだろうが、そんな事をしたら手が痛い。セレネは手抜きしながら激怒するという、人に自慢できない特技を持っているのだ。
ひとしきり暴れて体力を使い果たすと、セレネは寝転んだままぶつぶつと悪態をついた。あの空飛ぶトカゲめ。早とちりしやがって。何が偉大なる赤竜だ、あんな奴はササクレで十分だ。
クマハチに切り落とされた指の鱗が、まるで人間の指のささくれのように見えたことから、セレネは勝手にあの赤竜を『ササクレ』と呼ぶことにした。一番ささくれ立っていたのはセレネの心なのだが、そのことに気付く余裕はセレネに無い。
「もう! 寝る!」
セレネはそのまま布団を被り、不貞寝を決めることにした。こういう時は寝るに限る。別にこういう時じゃなくても寝ていたが、頭が悪いが寝つきは良いセレネは、すぐに眠りという現実逃避の旅へ出発した。
「竜が現れたと聞いたが、大丈夫だったのか?」
「一時はどうなることかと思ったが、セレネ殿の様子を確認すると飛び去っていったでござる。エルフ達が、セレネ殿は竜を従える事ができると言っていたらしいが、まさか本当だとは……」
「僕も驚いたが、怪我人がいないのなら何よりだ。駆けつけられず申し訳なかったな」
「いやいや、むしろ、王子こそ大丈夫でござるか? 顔色は大分良くなったようでござるが」
「ああ、もう起きていても問題ない。セレネのお陰だ」
そう言って、ミラノはクマハチに笑いかけ、クマハチも頷き返した。一時期は切腹まで考えていたクマハチも、ミラノとセレネが無事帰還したことで、ようやく元の調子を取り戻したらしい。
「しかし、本当に際どかったでござるなぁ。ヘリファルテに着いたときの王子の顔を見たとき、拙者、てっきり死人かと思ったくらいでござる」
「……あの時は本当にきつかった。医師の見立てでは、あと数時間処置が遅ければ、命を落としていたらしい」
今でこそ回復したが、ヘリファルテに到着した直後のミラノは半死半生だった。ギィとの戦いで魔力を使い果たした彼は、白森の魔力に体を蝕まれていたのだ。
森を抜けた時点でとっくに限界は超えていたが、セレネに余計な心配をかけないよう、道中では平然を装っていた。そして、王宮の従者にセレネを預けた後、その場で倒れ昏睡状態に陥った。
「王子が今こうしていられるのも、セレネ殿のお陰でござるな」
「ああ、あの子は本当に先を見通す力を持っている。竜を従えると言われても不思議でないと思えるほどにな」
ミラノが命を取り留めることが出来たのは、セレネが以前、ヴァルベールで調達した強壮剤のお陰だった。生半可な治療薬では効果が望めないほど疲弊したミラノに対し、ヘリファルテの医師は、あの強壮剤が倉庫にしまってあることを思い出したのだ。
常用するには強力すぎるので使いどころがなかったが、放置しておけばミラノは衰弱死してしまう。シュバーン王に許可を取り、医師は強壮剤をミラノに飲ませた。一か八かの賭けであったが、薬の効果は劇的で、ミラノはごく短期間のうちに、すっかり元気を取り戻した。
「セレネには、いつも助けられているな」
ミラノはぽつりと呟く。セレネは口数が少なく、一見すると奇行に見える行動も多いが、それは全て考えてやっていることに違いない。適切な食事、肩の力を抜くこと、マリーとの関係の修復……自分では対処できない本当に必要な物を、彼女は見抜き、先回りしてそっと用意してくれるのだ。
「あれは良い妻になるでござる。王子、今のうちに正式に許婚にしたほうが良いのでは?」
「……あの子はまだ八歳だと言っただろう」
「しかし、黄金の稲穂を付ける青田を買わないのは、間抜けのすることでござる。あの聡明さ、あの美しさ、セレネ殿に言い寄る輩は、これからどんどん増えていくでござろう」
「…………そうだろうな」
「で、どうするのでござる? 別の男を見つける仲人にでもなるつもりでござるか?」
「そんなつもりはない!」
「ならば、王子の妻にするしかあるまいて」
「お前の話は両極端すぎるんだ。もう少し考えさせてくれ」
などという和やかな会話がされる程、ヘリファルテには再び平穏な日常が訪れていたが、それはそれとして、今のミラノは大事な案件を抱えていた。白森で約束したギィへの贈り物である。
それから数日後、完全に復調したミラノは、大きめの馬車にたっぷりの荷物を積み、先日募った調査隊と共に、再び白森へと足を向けた。先日死闘を繰り広げた泉の所まで、今回は苦労せず辿り着いた。ギィとザナは既に到着し、他にも数名のエルフ達が焚き火を囲んで待機していた。どれも以前見た者達だ。
「おう、元気にしてたか?」
「この通りだ。そちらも怪我は治ったか?」
「怪我? 知らねぇな」
ミラノは相手を気遣ったつもりなのだが、殴られ、敗北したことをあまり突っ込まれたくないのか、ギィはへらへら笑うだけだった。見れば頬の腫れは殆ど目立たなくなっており、ミラノも完全に回復した。お互いの禍根は消えつつある。
「エルフに気に入ってもらえるかわからないが、我々で用意できる中では最高品質の物を持ってきた、確認して欲しい」
「ありがとよ。こっちからも一応用意しておいたぜ」
「いや、これはこちらの誠意のつもりなのだが……」
「貰ってばっかりじゃ悪いだろ。こっちも不意打ちしかけちまったしな。ただ、本当に粗品だぜ?」
そう言ってギィが仲間達を促すと、大きな木箱を二人がかりで運び、ミラノ達の前に降ろした。木箱の蓋を開けると、中には白っぽい石ころや木の枝、それに木の葉がどっさりと詰まっていた。
「これは……!?」
「俺達も人間の好みはわからねぇが、人間は魔力が篭ったものが好きなんだろ? まあ、大したもんじゃねぇけど」
ギィは人差し指で頬をかきながら、若干申し訳無さそうに答えた。ギィが用意したのは、採掘場で出た石ころの欠片や、神木を集めるついでに拾った二級品の枝だ。人間達が魔力を扱うのが下手なことと、ヴァルベールの冒険者が盗もうとしていた事から推測し、半信半疑ながら適当にかき集めてきたのだ。
「これは凄いな! こんなに純度の高い魔石を見たのは初めてだ!」
「……はぁ?」
興奮するミラノとその従者たちとは裏腹に、ギィは気の抜けた返事をした。エルフからしてみれば、今回用意したのはただの石ころや木の枝、つまりガラクタだ。なのにミラノ達は、まるで伝説の秘宝でも見つけたかのように、まじまじと木箱を覗き込んでいる。
「そんな物で良ければ、白森に腐るほど落ちてるぜ?」
「こんな素晴らしい物を貰ってしまっては、こちらの贈り物が霞んでしまうな」
「そうなのか?」
「ああ、我々の住む土地で、これだけ魔力の篭った物を手に入れるのは、相当に苦労するからな」
ギィとしても、粗品とはいえ自分達が用意したものでこうも無邪気に喜ばれると、何だか自分達自身が褒められているようで嬉しくなってくる。そしてつい、こんな言葉を言ってしまった。
「それよりももっといい物、用意出来るぜ?」
「我々に譲ってくれる、と考えてよいのか?」
「ああ、ただし条件がある」
一体どんな条件なのだろう。ミラノが緊張した面持ちになったが、ギィはにやりと笑うだけだ。
「お前の贈り物、もっと増やせ」
こうしてミラノとギィを筆頭とし、エルフと人間との間で、ささやかな交易が開始された。といっても、あくまで知り合い同士の物々交換程度のものだったが、お互いの環境の違いは、両者にとって非常に有益だった。
白森に生息する生き物は、魔力の影響による白い環境のため、体色が白いものが多い。つまり、装飾品も白を基調とした単調なものが多い。それに、エルフは神木をはじめとした、耐火、耐水にすぐれた魔力を帯びた素材をふんだんに使えたため、鉄器を使う習慣が無かった。
そこに人間達の道具の登場だ。人間の作る衣装は魔力を帯びていないため、強度で言うとエルフ達の衣服とは比べ物にならないが、色とりどりの美しいものが多かった。これは若い女性のエルフたちに人気で、衣服が集落に到着するや否や、争奪戦になった。
エルフの男性陣に人気だったのは、鉄で出来た剣や兜などだ。神木は限りがあるため、その代用品として使われることもあるが、どちらかというと男性向けの骨董品として扱われる事が多かった。
余談だが、ミラノはちゃんとした黄金の冠を贈ったのだが。ギィは相変わらず鉄の鍋を被っていた。ギィいわく「こちらのほうが硬くて安心感がある」らしい。
一方で、人間側もまた利益を得ていた。平地では極めて高額で取り扱われる魔力を帯びた素材が、それこそ山のように取れるというのだから、今までの常識をひっくり返す出来事だ。こうして、お互いの優れた資材を交換しつつ、徐々にその規模は膨らんでいった。
「なあ、お前ら、もうちょっと大量に持ってこれねぇのか? 毎回毎回こんなちまちまやってたら、埒があかねぇ」
そうして何回目かの交易の最中、ギィは不満を漏らした。ミラノが連れてくるのは常に数人程度で、当然荷物もそれ相応だ。旅路の生活用品も考えると、あまり大量には持ってこられない。
「人間で魔力を持つ者は少ないからな。白森に来られる人数は限られてしまう」
ミラノの言い分に、ギィはなるほど、と頷いた。
「だったら、俺達が人間の街に行くってのはどうだ? 人間は魔力があると弱っちまうが、俺達が白森を出る分には問題ねぇ」
「……ギィ殿が、ヘリファルテに来るというのか?」
「ああ、俺の集落の連中なら、セレネを見てたから人間に対してあんまり偏見はねぇしな。ただ、俺達は人間の街がさっぱり分からない。その辺の案内役をお前に調達して貰いたい。出来るか?」
ミラノはお安いご用だとばかりに、ふっと笑う。
「当然だ。国を挙げて歓迎をしよう。こう見えても、僕は王子なのだからな」
「そんならお前に任せる。ただ、一つ問題がある」
「問題?」
「ああ、今後の事だ。俺達としても人間の物資は欲しいんだが、俺の集落だけじゃ、用意できる量に限界がある」
ミラノに対し、ギィはエルフの現状を説明した。確かにギィはエルフの族長であり、一番大きな集落の長ではあるが、エルフという種族は小さな集落ごとに白森に点在して暮らしているらしい。最小では、家族単位で暮らしている者もいる。
「そいつらにも取引に乗って欲しいって提案したんだが、あんまりいい返事が貰えねぇ」
「やはり、人間は信用できないということか」
「そういうことだ。俺達は例外みたいなもんだ。白森のエルフはボッケンシャーが大嫌いだからな。仕方ねぇ」
「ふむ……」
ミラノは顎に手を当て、思考を巡らせるが妙案は思いつかない。人間が嫌いと言われてしまえば、人間であるミラノには打つ手が無い。
「では、このまま小規模で進めていくしかないか」
「いいや、一ついい作戦がある」
「作戦?」
「俺達の取引に、セレネを同席させる」
「セレネを? それに何の意味がある?」
ミラノの疑問に対し、ギィはちっち、と人差し指を振る。
「いいか? 確かに俺の集落以外のエルフは、人間を殆ど見たことがねぇ。だが、『竜の巫女』が来た事は、白森のエルフなら誰でも知ってる。だから、その竜の巫女を立会人に出せば、あいつらも警戒心が薄れるって訳だ」
「つまり、エルフと人間の和平の象徴として、セレネを担げということか?」
「そういうことだ」
確かに、竜を神の化身と崇めているエルフ達にとって、セレネは特別な存在なのだろう。そう考えれば、人間側の使者として、セレネ以外に適任はいない。
「概要は理解した。セレネに直接聞いてみよう」
「おう、頼んだぜ」
こうしてその場はお開きとなり、ミラノはヘリファルテに大急ぎで帰国した。
◆◇◆◇◆
「……という訳なのだが、どうだ、セレネ?」
「えぇー」
ひとしきり事情を説明されたセレネは、案の定渋い顔になる。セレネがあまり表に出たがらない少女である事はミラノも理解していたので、このあたりは彼の想定内だ。
「もちろん強制は出来ないが、これはエルフにも、我が国にとっても利益になることだ。出来れば協力してもらいたい」
「うッ!?」
ミラノの台詞に、セレネは言葉を詰まらせた。ミラノ個人の利益なら『面倒だから嫌だ』で突っぱねるつもりだったが、エルフとヘリファルテ全体の利益と言われると話は別だ。
今後移住すべきエルフ達に恩は売っておきたいし、王子はさておき、国王や王妃、それにマリーには世話になっている。居候の身としては、去る前に礼代わりの宿賃くらいは払っておきたい。
「セレネに特別な発言を要求する気はない。お前は日の光に弱いから、夕方から夜間にかけての数時間だけ同席だけしてくれればいい。もちろん、報酬も出すつもりだ」
「うぅ……」
面倒臭いなぁと思いつつも、少し考え、セレネは答えを出した。
「座る、だけなら」
「そうか! セレネなら、きっとそう言ってくれると信じていた!」
子供であるセレネを交渉に使うのはミラノも気が引けたが、セレネの事だから、きっとエルフと人間のために協力すると言ってくれるのでは。そんな淡い考えを抱いていたが、実際にセレネの返事を聞いたミラノは破顔した。
しかし、セレネはそんな殊勝な考えは持っていなかった。数時間座ってるだけで金が貰えると考えると、まあ悪くはない。生前の会議だの話し合いだのと違い、別に建設的な意見が求められるわけでもない。
こうしてセレネは、割のいい単発のバイトならやろうかなという、とてつもなくいい加減な気持ちで、エルフと人間の未来を決める重大な任務を引き受けたが、本人にその自覚はまるで無かった。




