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夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【第1部】夜伽の国の月光姫

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第30話:エルフの族長ギィ

「ぅ……?」


 セレネは小さく呻いて目を覚ました。上半身を起こそうと手を付くと、掌にふわふわとした感触があった。そこでセレネは、自分が木の葉で作られたベッドに寝かされていることに初めて気がついた。


 寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回し、手近な壁に手を触れる。手触りから、この建物が木材で出来ているらしいことは分かったが、木造の家にしては壁が随分とでこぼこで、壁は斜めに傾いている。明かり取りのため壁の数箇所が丸くくり貫かれた、何ともいい加減な作りに見えた。


「ここ、どこ?」


 エルフの集団に襲い掛かっていったところまでは覚えていたが、それ以降の記憶が全くない。そういえば、バトラーはどうなったのだろう。


『姫! 気が付かれたのですか!?』

「どわぁ!?」


 急に大声で話しかけられ、セレネは驚いて飛び上がる。よく見ると、セレネの寝ていたベッドの脇には、底に干草を敷いた小さな木箱があり、その中に、蔦で縛られたままのバトラーが入れられていた。


「バトラー、へいき?」

『私は何ともありませんが、見ての通り不覚を取ってしまいました。真に、真に申し訳ございません!』

「くるしゅうない」


 セレネは肩をすくめてバトラーを慰めた。あの状況ではどうしようもなかった。むしろバトラーはよく頑張ってくれた。これがもしミラノだったら「すまない、不覚を取ってしまった」「バッカヤロー!」というやり取りになっていただろう。


 木箱からバトラーを取り出し、蔦を解こうとセレネは格闘したが、がっちり縛られた頑丈な蔦は、とても彼女の力では千切れそうにない。そうしているうちに、壁に取り付けられた木のドアが開かれた。


「あ、目ぇ覚めた?」


 日差しと共に入り込んできたのは、先日見たエルフの少女であった。全身に白い布を巻きつけたような衣装で身を包んだ彼女は、女性というより少女と表現した方がよい年頃に見えた。背は低いが、カモシカを思わせるスラリとした体型をしていて、声には生命力と自信に満ち溢れている。


「エルフ?」

「そ、あたしはエルフのザナ。一応、えらい立場。歳は15歳。好きな食べ物はリンゴ。あんたは?」

「セレネ、人間、8つ」

「そう、セレネって言うのね。人間は何人も見たことはあるけど、あんたみたいに小さいのは初めてよ。そっちのネズミ君はあんたのペット? 悪いけど、ちょっと縛らせてもらってるわ」

『だからネズミ君でもペットでも無いと言っているだろう! 私は誇り高きセレネ姫の執事、バトラーであるぞ!』


 バトラーは拘束されていない後ろ足で立ち上がると、器用に二本足だけでセレネの肩に昇り、胸を張って大仰に言ったが、ザナは首を傾げただけだった。


『うぬぬ、どうやら私の言葉はセレネ姫以外に通じないようですな』


 バトラーは悔しそうに歯軋りする。今までセレネ以外の人間に話しかけたことがなかったので、バトラーもセレネもその事は知らなかった。二人の新発見に気付かず、ザナは再びセレネに問いかける。


「そのネズミ君、ずいぶんと懐いてるのね。あんたが寝てる間もずーっと心配そうにしてたのよ」

「バトラー、しつじ」

「そのネズ……バトラー君、ただのネズミじゃないみたいだけど。一体何なの?」

「わかんない」

『私もよく分かりませんな。セレネ姫の恩恵であることだけは間違いありませぬが』


 バトラーが強力な力を持つ理由は、当事者達も全く知らなかった。何せ偶然の産物なのだから仕方がない。次の質問にザナが移ろうとした時、不意にセレネのおなかがぐぅ、と鳴る。ザナは苦笑すると、ドアの外へと出て行き、すぐに木製のトレイに何かを乗せて戻ってきた。


「ま、質問は後でいいわ。あんた丸一日寝てたのよ。お腹減ってるでしょ?」


 そう言いながら、ザナはセレネの前にトレイを突き出した。トレイの上にはお皿代わりの巨大な葉っぱが乗せられ、その上には表面がこんがりと焼けた、ハムのような形をした輪切りの白い肉と、いくつかの野菜を炒めたようなものが乗せられていた。


「なに、これ?」

「スキンクの尻尾焼き。美味しいわよ」


 スキンクって何だろうと思ったが、肉と野菜の焼ける香ばしい匂いを嗅いだ途端、セレネには何もかもどうでもよくなった。丸一日何も食べていなかったセレネは、完全にはらぺこあおむしと化していた。


『毒らしきものは無さそうですな』


 バトラーも鋭敏な嗅覚で、得体の知れない肉を確認するが、毒物らしき物は入っていないらしい。もっとも、セレネはバトラーの言葉など殆ど聞いておらず、バトラーが喋った直後には、その肉を口に放り込んでいた。腹が減ればなんでも食べるのがセレネの信条だ。


「うめぇ!」


 セレネはその何だかよく分からない肉を、ためらいなくモリモリ食べていく。セレネは毒見とか様子見とか、面倒なことは苦手なのだ。


 無警戒な食べっぷりを見たザナは、微笑ましい気持ちになる。人懐っこく愛くるしい野生動物の子供に餌をねだられれば、誰だって顔を綻ばせる。そんな感触に近かった。


「ほらほら、そんなに勢いよく食べると喉に詰まるわよ。これも飲んで」


 ザナは部屋の隅にあった小さな樽を抱えると、ブドウ色をした液体を木製のお椀に注ぎ、セレネに差し出す。深紫色の液体を見たセレネは歓喜する。


「おさけ!?」

「んなわけないでしょ。子供がお酒なんか飲んだら倒れちゃうでしょ。これはただのジュース。遠慮しないでいいわ」


 ザナはセレネの体を気遣って子供用のジュースを出したのだが、目の前の白い少女が物凄くがっかりした様子だったので、再び首を傾げた。


「おなか、いっぱい」

『感謝いたしますぞ』


 そうしてセレネは出された食べ物を全て胃袋に収め、バトラーもおこぼれにあずかり、二人は腹を満たした。そして、食欲が満たされたセレネがすることと言えば一つである。


「おやすみー」


 セレネはザナにぺこりと頭を下げ、先ほどまで寝ていた落ち葉のベッドへ向かっていった。このベッドは干し草の匂いが心を安らがせ、寝心地もなかなかだ。


「ちょっと待ったぁ!」


 慌ててザナがセレネの襟首を掴む。不思議そうにザナを見上げるセレネを、呆れたように見下ろす。


「あんたね! 自分が捕虜だってこと忘れてない!? なに普通に寝ようとしてんの!」

「そうだった!」


 ザナが可愛く飯が美味かったので、セレネは自分が捕まった事をすっかり忘れていた。間抜けな回答にザナは思わずこけそうになったが、それをなんとか堪えた。


 先日、この少女の外見に一杯食わされたと仲間は言っていた。もしかしたら、あえて馬鹿なふりをしているのかもしれない。だとしたら、これ以上無いほどに迫真の演技だ。


 さらに考えてみれば、うれしそうに食事を平らげるセレネの姿に、自分は警戒を完全に解いていた。あの瞬間、拘束していた鼠を投げつけ、自分を殺すことだって出来たかもしれない。


「(警戒しすぎかもしれないけど、少し用心した方がいいわね……)」


 目の前の人間の少女は、無力な少女を装っている可能性が高い。そう考え直し、エルフの戦士ザナは、表向き警戒心を出さないように努めることにした。


「今からあんたをギィのところに連れていく。あんまり変なことしないでちょうだいね」

「ぎぃ? だれ?」

「あたし達の族長。ついでにこの辺の集落のまとめ役。大人しくしてれば多分殺されはしないわ。あいつは馬鹿だけど、理由なく暴力振るう奴じゃないから。馬鹿だけど」


 ザナは食事のトレイを部屋の片隅に置き、セレネの手を引いた。このままギィという族長の元に連れていかれるらしい。相変わらず拘束されたままのバトラーも、セレネの肩に乗って同行することになった。


『姫、ここは従うしかありますまい』


 バトラーが耳打ちすると、セレネは黙って頷いた。逃げようにもここは白森のど真ん中で、どこに逃げていいか分からないのだから他に選択肢は無い。


「ふぇー!」

「何? 珍しい?」

「うん」


 そうして建物から出され、目の前に広がる光景にセレネは驚愕した。出来の悪い小屋か何かだと思っていた場所は、巨大な樹の(うろ)だったのだ。地球なら天然記念物に指定されそうな、幹周数十メートルはありそうな巨大な樹木がそこかしこに生えており、樹木の空洞の中を家代わりにエルフたちは生活しているようだった。いわば天然の木造住宅だ。


「あたし達からすると、あんた達の方がよっぽど珍しいけどね」


 先導するザナにそう言われ、セレネがきょろきょろ辺りを見回すと。真っ白な茂みの陰や、木の枝の合間から、エルフたちが興味半分恐れ半分と言った様子で、セレネを遠巻きに覗いているのに気がついた。


 皆が皆、ザナと同じ白い衣装に身を包んでいるところ、どうやら彼らの民族衣装のようなものらしい。白い森に溶け込むための保護色の役割を果たしているのかもしれない。


『じろじろと不躾(ぶしつけ)な。姫、気にする必要はありませんぞ』

「うん」


 自分はともかく、敬愛するセレネ姫が見世物扱いをされていることに、バトラーは不機嫌であった。しかし、当のセレネはというと、エルフたちの視線を軽々と流し、まるで気にもしていないようだった。


 過去のセレネは、デパートの屋上などでやるヒーローショーに子供と一緒に紛れ込んでいた。その時のお父さんお母さんから向けられる奇異の視線に比べれば、エルフの探るような視線など全く気にならない。


『(何という胆力。私も見習わねばならぬな)』


 無論、バトラーがそんな事を知るはずもない。彼からすると、セレネがエルフの衆人環視の中で、悠然と振舞っているようにしか見えない。エルフが未知の存在とはいえ、視線に怯んでは隙を見せることになる。バトラーは身を引き締め、気合を入れ直した。


 ザナに手を引かれ、巨大な木々の隙間を縫うように歩いていくと、ひときわ存在を主張する一本の大木が見えた。地面から盛り上がった根っこはまるで(いわお)のように連なり、それをザナは軽々と登っていくが、小柄なセレネからすると、ちょっとしたロッククライミングのようであった。


 苦労して巨大な根の壁を昇りきると、先ほどの木と同じタイプのドアが取り付けられている場所があった。どうやらここがギィと呼ばれるエルフの家の入り口らしい。


「うぃーっす! ギィ、例の子を連れてきたよー!」


 ザナは大声でそう叫びながら、ドアを凄い勢いでノックする。族長相手だからという遠慮など一切無く、ドアが壊れるんじゃないかという勢いでどんどん叩く。


「うるっせーぞ! ちったぁ敬意を払いやがれ!」


 それほど間を置かず、乱暴に扉が開け放たれると、中から背の低い青年が現れた。彼がギィと呼ばれたエルフの族長なのだろう。族長というからには、爺さんか婆さんだろうと予想していたが、それに反し、ギィは随分と若かった。


 細身のミラノよりもなお線の細い体で、真っ白な体が拍車を掛ける。それと反比例するような、きつい釣り目が特徴的だった。野性味溢れるかなりの美青年といっていいだろうが、なぜか頭にぼこぼこの鉄の鍋を被り、それが全てを台無しにしていた。確かに馬鹿っぽい。


「こいつが噂の人間のチビか……」

「ぎぃ、さん」

「何だチビ?」

「頭、それ、何?」

「ん、これか?」


 ギィは品定めするようにセレネを睨みつけたが、セレネは頭の鍋が気になって仕方なく、ついそっちを聞いてしまった。怒られるかと思ったが、ギィはなぜか嬉しそうな笑みを浮かべ、頭のボロ鍋を叩く。


「これはオーカンって奴だ。人間の偉い奴は金属のこういう被り物をするんだろ? どうだ、カッコいいだろ?」

「まあ……」


 ツッコミどころ満載だったが、セレネは面倒くさかったので曖昧に答えた。ギィもそれ以上は『王冠』の話題を出すこともなく、セレネを自室へと招き入れた。


 基本的な作りはセレネの寝ていた大木の(うろ)と変わりないようだが、羽飾りや仮面、それに何故か鉄製のスプーンなどが飾られていた。こうした装飾は、彼が族長である証なのだろう。


 ギィは葉っぱを重ねた座布団のような物にセレネを座らせ、自身も胡坐(あぐら)をかいてセレネの前に座り込んだ。セレネが壁側でギィは入り口。そして入り口のドアを塞ぐようにザナが立つ。どうやら逃亡を防ぐためらしい。


「セレネとか言ったな。お前、ボッケンシャーじゃないのか?」

「ぼっけんしゃー?」

『恐らく、冒険者のことでしょうな』


 バトラーの推測でセレネはようやく合点がいったが、当然、自分は冒険者などではないので、首を横に振って否定する。というか、冒険者という物が何だか分からない。セレネの怪訝(けげん)な表情から、ギィは彼女が冒険者でないと判断したらしい。


「お前がボッケンシャーじゃないのは信じる。だがな、お前らの国、ば、バンドール? の人間には迷惑してんだ。勝手に人の縄張りに入って、白森の資材を盗もうとする。お前もその仲間……ってわけでもなさそうだな」

「ばんどーる?」

『ヴァルベールでしょう。あの国には冒険者が多いと聞きます』


 冒険者というのは文字通り『危険を冒す者』のことだ。ヘリファルテと違い、ヴァルベールは身分による差別が根強く残っている。たとえ魔力やそれに相応する実力を持っていても、平民であれば大した仕事には就けないし、より良い待遇を求めてヘリファルテに移ろうとすることは非常に難しい。ライバルに塩を送ることになるからだ。


 実力はあれど不遇な扱いを受けたヴァルベールの人間たちの中には、魔力の資源に溢れる白森に突入し、一攫千金を狙う者が一定数存在した。私財を投じ、セレネが着ているドレスのような、魔力耐性の道具を集め、果敢に突入し、そして敗れ去っていく。


 バトラーは風の噂程度に聞いたことがあったが、アークイラにも、ヘリファルテにも冒険者はそれほど多くなかったので、あまり気にした事はなかった。


「ばるべーる、わたし、ちがう国」

「そう、そのバンベール……って、人間の国って他にもあんのか?」

「うん」

「じゃあ、お前の国はどこだ?」

「へりふぁるて」

「ヘリハーテか。白森からすぐ近いのか?」

「とおい、距離、一週間くらい」


 セレネの回答にギィは首を傾げる。白森から随分と離れているではないか。そんな所から、なぜ子供と鼠が唐突に現れたのか。全く想像がつかない。


「お前、言ってることが滅茶苦茶だぞ。そんな遠いところから何しにここまで来たんだよ。つーか、ボッケンシャーでもこんな奥地まで入ってこれねぇぞ」

「りゅう、連れてきた」

「竜? 竜がわざわざお前を連れてきたってのか?」


 セレネは黙って頷く。わけの分からないまま竜に拉致され、エルフと間違われてここまで連れてこられたのだ。そこまで説明できればよかったのだが、生憎セレネの言語能力では、竜に連れてこられたとしか伝えられなかった。


「その子の言ってる事は本当よ。あたし達、昨日調査に行ったでしょ?」


 背後で沈黙を守っていたザナが、セレネの言葉を補足するように言葉を紡ぐ。


「ああ、近くで竜が出たって話か。報告は聞いてる」

「そこで見回りの二人がこの子を見つけたの。あたしも後で調べてみたけど、竜の足跡があったから間違いないわ」


 エルフ達は白森の生態系に詳しい。地面に残った足跡から、どんな動物が通ったかを想像するなど造作も無い。そもそもそんな事をしなくても、セレネの近くに残された巨大な足跡。あんな足を持つ生物など、この世界に一種類しかいない。


「竜が人間を、ねぇ……。にわかには信じがたい話だな」

「何よ? あたし達の調査が間違ってるとでも言いたいの?」

「そうは言わねぇけどよ、だって竜だぜ? 竜が人間の子供を? 何の目的で?」

「それは、わかんないけど……」


 ギィの疑問は尤もだ。エルフたちは特定の神を信仰する風習は無かったが、自然や生命そのものに神や精霊が宿るという考えを持っていた。その中でも、最も強大な力を持つ竜という種族は、神の化身であり、崇拝と畏怖の対象であった。


 その竜が、わざわざ人間の子供を連れて白森にまで現れたというのだ。そんな事、今まで一度だってありはしない。連れている鼠も特異な存在であると報告を受けている。


 この娘には何か特別な力があるのだろうか。例えば、竜に連れてこられたと主張しているが、竜を従える能力があり、なんらかの目的で単身エルフに会いにきた、とか。それこそ荒唐無稽すぎる。ギィはくだらない考えを振り払うようにかぶりを振る。


「さて、どうしたもんか……セレネとか言ったな」

「うん」

「本当ならボッケンシャーは身包み剥いでほったらかしなんだが、お前は訳ありみたいだからな。二週間後、お前を白森の外まで送ってやる。そこから先は自分で何とかしろ」

「にしゅうかん? 理由、なに?」

「その時期に人間の土地に近づく野暮用があってな、ついでだ」


 セレネは知らなかったが、エルフ達は生活に使う資材や食材を、栽培以外に森から採取して補っていた。同じ場所で取り続けてしまうと資源が枯渇してしまうので、一定の期間を設け、採取ポイントを変えていた。


 二週間後に向かう採取の場所は、人間の住まう地域に最も近づく場所だった。そこから少し足を伸ばせば、白森を抜けることが出来る。それ以上行くと、今後はエルフたちにとって未知の場所となるため、そのあたりがギリギリのラインなのだ。


 この場でセレネとバトラーを片付けてしまうという選択肢もあるが、竜が絡んでいる以上、軽はずみな行動は出来ない。ギィは一族の長であり、彼の行動によって一族が危機に瀕することもありえるのだ。


 ギィが結論を下した直後、先ほどのザナ以上に乱暴にドアがノックされ、一人のエルフの青年が部屋に飛び込んできた。ザナが制止する暇も無いほど、彼は慌てた様子だった。


「ギィ様! 失礼します!」

「勝手に入ってくるんじゃねぇ! 今、大事な話をしてんだよ!」

「緊急の伝令です! 竜がまた現れました!」

「冗談だろ? 昨日来たばっかりじゃねぇか」


 ギィは顔を引きつらせながら立ち上がる。大陸を一日で横断する竜が、白森で着地すること自体非常に稀なことなのだ。だから昨日、ギィに次ぐ実力を持つザナを含めた警備隊を派遣した。それほどの異常事態が二日連続で起こっているらしい。


「で、場所はどこだ?」

「昨日の場所と同じです、どうも何かを探しているようで、周辺を歩き回っているようです。今のところ特に被害は出ていないようですが」

「ふむ……」


 ギィは顎に手を当てて暫く思案すると、座り込んでいたセレネの方に目を向ける。


「よし。俺とザナ、それにこのチビ……セレネを連れて現場に向かう」

「えっ!? ザナ様だけでなく、ギィ様も?」


 ギィはエルフ一族のまとめ役だ。余程の事がない限り自分では動かない。そのギィが自ら出向き、人間の子供まで連れて行くという。その言葉に、エルフもザナも驚いたように目を瞬かせた。


「このチビが竜に関わってるのは間違いないみてぇだが、その理由がさっぱり分からねぇ。だったら、ここでうだうだ考えるより、直接こいつを竜に差し出せばいい」

「ちょっと! あんたその子を餌にするつもり?」

「竜に連れてこられたって自分で言ってんだ。だったら、別に危険はねぇだろ。もしこいつの言ってる事が本当なら問題ないし、嘘でもこいつが一人死ぬだけ。どうだ、いい考えだろ?」


 ザナは何か言いかけたが、結局は何も言わなかった。


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