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夜伽の国の月光姫  作者: 青野海鳥
【第3部】セレネ、帰郷する

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最終話:今後ともよろしく

 アイロネとセレネが文字通り急転直下してから早三日。ミラノ達をはじめとする、ヘリファルテから派遣された使節団は帰還を余儀なくされる事になった。


 原因は二つ。一つは転落事故によってアイロネが負傷してしまい、謁見自体がままならなくなったこと。もう一つはセレネも軽いとはいえ怪我を負ってしまったからだ。


 中身はどうあれ、世間的には月光姫と名高いセレネを傷付いたまま公的な場に出すのは、ヘリファルテ側としても避けねばならない事態だった。


「……結局、セレネにつらい思いをさせただけの結果になってしまったな」


 ミラノは自身の不甲斐なさを悔いていた。エルフとの交易や、その他の経済や政治的な部分の交渉は比較的うまくやれるのに、自分自身とセレネの事になると途端に上手くいかなくなる。


 ミラノが悪いというより、セレネという存在自体が無茶苦茶なのが原因なのだが。


「王子は見た目によらず色恋沙汰が苦手でござるからなぁ。不幸中の幸いでアイロネ女王とセレネ殿の件をうまく誤魔化せたのはよしとすべきでござろう」


 クマハチはミラノの肩を叩き、励ますようにそう言った。マリーが気を利かせてくれたお陰で、アイロネの自死未遂は転落事故として片付ける事が出来た。


 あの日、婚約指輪を受け取れないとセレネが返しに行ったが、アイロネはそれを拒絶した。それでもセレネが強引にアイロネに指輪を押し付けようと近づき、アイロネが下がった際、窓から落ちてしまった。セレネはそれを慌てて助けようとして、一緒に落ちた所にミラノとクマハチが駆け付けた。


 他の目撃者が居なかったので、そういう筋書きでごり押す事にした。今回はアイロネにセレネを認めさせる事は出来なかったが、それでも再度やりとりするチャンスは出来た。


「しかし、この国との交渉は何とも言えん結末が多いでござるな。セレネ殿を最初に受け入れた時も、嘘では無いが本当でも無いような文面でござった」

「さほど高貴ではなき身なれど、類稀な才能の片鱗を感じさせる存在である。親愛なるヘリファルテ王国に献上し、才能を開花させ、この娘が貴国に役立つ事を所望するところなり」


 ミラノがセレネ受け入れ時の契約書を一字一句違わずそらんじたので、クマハチは目を丸くした。クマハチも大まかな部分は覚えていたが、まさかミラノが暗記しているとは思わなかった。


「この国に来る前に、何か使える材料は無いかとセレネとの記録を全部調べ直したからな。といっても、あまり意味は無かったか」

「そうでもござらんよ。それだけ想ってもらえるだけで、セレネ殿は幸せでござる。たとえアイロネ女王に認められなくとも、婚姻自体は問題無く進められる」

「……やはり、そうするしかないか。アイロネ女王にもセレネを祝って欲しかったのだが」

「人の心はそう簡単には変わらぬ。けれど、全く変わらない訳でもあるまい。ヒノエ殿もそう言っていたではござらんか」


 クマハチの言葉をミラノは首肯(しゅこう)する。以前はセレネに対し嫌悪感しか抱いていなかったアイロネ女王は、あの夜、違う反応を見せた。ヒノエのように心を読む事は出来ないが、それがプラスになる事をミラノは祈る。


「おうじー!」


 来賓用の部屋でミラノとクマハチが話していると、鈴を転がすような綺麗な声が響いた。肩の上に赤いリボンを結んだネズミを乗せた、諸悪の根源セレネのものであった。


「セレネ、もう起きて大丈夫なのか?」

「うん」


 軽傷だとは分かっていたが、元気に動き回るセレネを見て、ミラノは頬をほころばせる。セレネは紅い瞳でミラノの事をじっと見つめる。


「あした、かえる?」

「ああ、結局、婚姻の件に関してはうやむやになってしまったな」

「よかった」


 セレネは心の底から安堵の笑みを浮かべる。おばさんが狂乱した時はどうなることかと思ったが、結果として誰も死ななかったし、謁見もぶち壊しになってヘリファルテに帰れる。


 セレネは、当初の目的を達成した事で内心でガッツポーズを取った。ミッションコンプリートだ。


「じゃあ、わたし、じゅんび」

「……すまないな」


 ミラノはセレネに謝罪したが、セレネは返事をせず去っていった。その背中を、ミラノはさびしげに眺める。


「健気でござるな。交渉決裂したというのに、微塵もそんな雰囲気を感じさせぬ」

「本当に……申し訳ない」


 恐らくセレネは、交渉がうまく行かなかったミラノを激励しに来たのだろう。一番つらいのは自分のはずなのに。心優しい幼き姫君に、ミラノは胸が締め付けられる思いだった。


 もちろん、んなこたーない。セレネは純粋に帰国する確認をしに来ただけだった。だが、セレネ以外の全員が、セレネが無理をして明るく振る舞っているように見えていた。


 翌日、予定通りミラノ達はセレネを連れてヘリファルテへ帰国する。結局、アイロネ女王とはあの夜以降、まともに会話出来なかった。


「王子、そう気を落とすでない。今回で全てがご破算という訳ではござらんし、そもそも交渉が一回でうまく行く方がまれでござる」


 意気消沈するミラノに対し、クマハチが激励する。確かにクマハチの言う通りではある。だが、それでもミラノはあまり納得していないようだった。


 けれど滞在期間は過ぎてしまった。無理に長引かせ、アイロネやセレネの精神的な負担が増せば、それこそ後で修復不可能になってしまうだろう。


「敗北ではござらん。転進にござるよ」

「それはお前の国の撤退という意味だろう」

「せっかく王子のために言い回しを変えてやったのに」


 クマハチが冗談めかしてそう言うと、ミラノは苦笑する。護衛としても役立ってくれたが、かつて遊学の際にクマハチを連れて歩いていたのは、こういう部分もあったのだと改めて認識した。


 荷積みも終わり全ての準備は整った。後ろ髪引かれる思いで、ミラノはアークイラを後にする。


「ミラノ王子!」


 馬車を率いて城から出ようとしたその時、後ろからミラノを呼びとめる声が聞こえた。ミラノが御者に命じて馬車を止めると、後ろから小さな馬車が慌てて追いかけてくるのが見えた。


「……アイロネ女王? 私に何かご用でしょうか?」


 馬車に乗っていたのは、しばらく姿を見せなかったアイロネだった。アイロネは片腕に包帯を巻いていたが、それ以外に目立った外傷は無いらしい。


「……呼びとめてしまい申し訳ありません。自分の気持ちに整理が付かなかったもので」


 アイロネは申し訳無さそうにそう呟く。その姿は女王ではなく、ごくありふれた普通の女性のように見えた。アイロネは少しだけ逡巡した後、口を開く。


「セレネは居ますか?」

「あの子は専用の馬車に乗っていますが」

「直接会いたいのです」

「分かりました。あの子を呼びましょう」


 ミラノの指示により、セレネは馬車から呼び出された。セレネとしてはめんどうなので馬車から出たくなかったのだが、どうしてもというのでしぶしぶアイロネの前に姿を現す。


「なに?」

「……こうしてあなたと向き合うのは、何年ぶりでしょうね」


 アイロネは、セレネを見ながらそう呟いた。アイロネの方からセレネを呼んだのは、セレネがずっと小さい頃以来だ。アイロネはずっとセレネを避け、見ないようにしてきたのだから。


 アイロネは押し黙っている。傍らに佇んでいるミラノは、アイロネの意図を測りかねていた。出国直前で呼び止めたのだから重要な事だとは思うが、こればかりはアイロネから直接聞かねばならない。


 アイロネはセレネを見つめた後、セレネの横に立っているミラノの方に視線を移す。そして、驚くべき行動に出た。小国とはいえ一国の女王であるアイロネが、まるで主人に従うメイドのように、深々と頭を下げたのだ。


「ミラノ王子……私の娘を、今後ともよろしくお願いいたします」

「なにっ!?」


 唐突な発言にミラノは目を見開いて固まるが、セレネは変な声を出して驚愕した。このおばさん、一体なんて事を言いやがる。


 セレネが叫んだ直後、ミラノは破顔(はがん)した。アイロネは、セレネの事を『娘』と呼んだ。そして、今後ともよろしくと言ったのだ。


 ――つまり、それこそがアイロネの出した答えだった。


「お気遣いありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

「なんやて!?」


 ミラノは満面の笑みを浮かべ、アイロネに力強く返事をする。アイロネは微笑を浮かべるが、セレネは完全に顔面蒼白だ。


「よし! では帰るとするか! 我らが故郷ヘリファルテへ!」


 先ほどまでとは違い、ミラノは生気溢れる声で高らかにそう宣言した。固唾を飲んで見守っていたアルエやマリー、ヒノエ達も一気に活力を取り戻す。


 まだ完全に納得していないのだろうが、アイロネはセレネの事をミラノに託したのだ。人質ではなく娘として。母娘の関係修復は失敗に終わったと思われたが、かなり大きく前進したと言えるだろう。


「はっは! これは良きかな良きかな! やはり神は正しい者の味方でござるな」


 クマハチは豪快に笑いながら、馬車の中で上機嫌だった。クマハチだけではない。今回のアークイラ訪問に付き従った全ての人間が、ミラノとセレネの真の祝福に一歩近づいた事を喜んだ。


 ……いや、一人だけ喜んでいない人間がいた。


「ぬぅぅぅぅぅ!!」


 セレネは、専用に用意された豪奢な馬車の中、憤怒の表情を浮かべ、両腕を組んで座り込んでいた。せっかくアルエとの婚姻をぶち壊したと思ったのに、最後の最後でちゃぶ台返しを喰らってしまった。


『姫、そう緊張なさらずとも大丈夫でございます。姫からしたら、これから初めての事ばかりでございますが、私がうまく行くように尽力致しますので』


 バトラーもすっかりご機嫌だ。セレネが顔を強張らせて固まっているのを、これから始まる本格的な婚姻に向けての緊張だと思い込んだらしかった。いつも通りバトラーは、セレネが幸せになるためなら粉骨砕身するつもりだ。


 だが、セレネはまったく別の事を考えていた。先ほどのアイロネの言ったセリフ『娘をよろしくお願いします』の対象を、セレネはアルエの事だと思い込んでいる。


 母娘の絆が薄いセレネは、自分もアイロネの娘である事を忘れていた。


 要するに、アイロネがミラノとアルエの婚姻に同意しちゃったと認識した。これは非常にまずい。まずすぎる。ちくしょう。こうなったら何が何でもアルエルートの破滅フラグを立てるしかない。


「バトラー、きょうりょく、おねがい。わたし、がんばる!」

『お任せください! 竜峰の時もそうでしたが、この私をいくらでもお使い下さい!』


 自分一人の力では、巨悪ミラノ=ヘリファルテを倒す事は難しい。バトラーと協力し、なんとしてもアルエを奪い返すのだ。


 奪い返すも何も、最初っからミラノはアルエを婚約対象外にしているのだが、セレネは明後日の方向に全力でアクセルをべた踏みした。こうなったらもうセレネは止まらない。


 空は晴天。アークイラの自然豊かな風景を、柔らかな日差しが、ミラノとセレネの行く先を照らすように光り輝かせる。


 地獄までの道は善意で満ちているとはよく言ったものだ。セレネの幸福な受難の日々と、婚約者であり恋敵という意味不明なポジションにされた聖王子ミラノとのよく分からない戦いは、まだまだ続きそうだった。

これにて月光姫三部完結となります。

更新期間が不定期な中、最後まで読んでいただき感謝いたします。

完結記念で感想や☆評価などを頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
何百と作品を読んで来ましたが1年に1回は読み返しています。それぐらい好きな作品の1つです。
[一言] 小説家になろうで一番最初に「超絶面白い!」と思った作品です。完結まで読ませて頂いて、本当にありがとうございます。 セレネの中身はまぁ気持ち悪いんですけど、そんなスタイルが大好きでした。一番好…
[良い点] 諸悪の根源セレネで爆笑しましたww
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