正義ファイル9:見えない
今回から新章です。
前回までは絶対正義組織内での話でしたが、今回からはあの悪炎雨も干渉してきます。
楽しんで読んで頂ければ幸いです。
翌朝、俺は目を覚ました。いつもは寝過ごすなんてことはないのに、今日に限って、寝過ごしてしまった。長針が十一をさす。しまったと思うも、寝過ごしてしまったのだから仕方ない。何も予定が入っていなかったのがせめてもの救いか。
寝室からでようとすると、リビングの方から声がした。この声は、雪と、紅か。
「あ、真輝。寝坊なんてめっずらしいね。おはよー」
俺に気づき、雪が言う。頭を軽く下げ、挨拶の代わりをする。寝起きは声を出すのも面倒くさい。
と、雪の後ろに隠れ、肩のところから頭を覗かせている紅を見る。俺の様子を伺うようにしている。
「お、おはよう、真輝。んと、僕、出て行ったほうがいい……?」
紅が、今まで言ったことのないような一言に拍子抜けする。自らの意思で部屋を出ていこうとするなんて、珍しい。何かあったのか。
流石に紅には無言でいては俺の思うことが伝わらないので、仕方なく声を出す。
「……別に出て行かなくてもいい。勝手にしてろ」
俺はキッチンの方へ向かいながら言う。コーヒーでも淹れようとマグカップを棚から取り出す。料理はからっきしだが、コーヒーは淹れることが可能だ。
砂糖もミルクも入れず、完全なるブラックコーヒーを持っていくと、異様なものを見るような目で、紅がこちらを見た。
「さ、砂糖は……?」
「入れない」
「ミルクは」
「入れない」
「なんで」
「甘いからに決まっている」
「ありえねぇ……」
甘いものは苦手だ。その中でも特に、チョコレートだけは本当に食べられない。
コーヒーを飲みながら雪と紅を見る。
どこから持ち出してきたのか、紅が動物のドキュメンタリーを見出した。始まって数秒で紅は奇声を発し、泣き出す。紅は動物に関すること、特に犬に関することになると、情緒不安定になるところがある。本当に迷惑な性質だ。
「うわあああ、雪、ねぇ雪ってば! ミント! ミントがああああッ!」
「え、いや、俺動物きら――」
「だって死んじゃう!」
「知らねぇよ! まだ始まって二分だよ! わかるわけないだろ!」
雪は怒鳴るが、紅には全く聞こえていなようだ。
こうなった紅に関わるのは面倒なので、俺は部屋を出る。
そういえば、今日は他の三人も仕事は入っていないはずなのだが、俺の部屋に来ない。来て欲しいわけではないが、いつも来ているのに来ないというのは少し気になった。
馬鹿らしいが、あいつらの部屋を尋ねてみることにした。海上武隊棟、救出武隊棟、情報武隊棟。遠い。が、どうせ紅の見ている番組もそう短時間で終わらないだろうし、これくらいならばいいか。
――だが、どこへ行っても彼女たちの姿は見られなかった。
小一時間ほどで番組は終わったようで、目を真っ赤に腫らした紅は、泣きつかれて寝てしまっていた。
「――ったく、ガキじゃねぇんだから」
部屋へ戻った俺の方へ寄ってきた雪が毒付く。俺はため息をついて言う。
「そう言うな。確かに、少し子供っぽすぎるところもあるがな。だが、この絶正ではそんなこと関係ない。悪を殺せればいいんだ。その部分では、申し分のない働きを見せてくれている」
「確かにそうだけど、流石に、規則破るのはアウトでしょ」
俺は黙る。そして、考える。最善策は、何か。
「――その通りだ。雪、俺は決めた」
そこに悪があるのならば、それを絶てばいい。それが、何であろうとも、悪であることに変わりがないのなら。
全て、殺してしまえばいい。
俺は雪とともに、特攻武隊棟に向かった。紅はあのまま俺の部屋に放置するわけにもいかないので、おぶって紅の部屋に置いてきた。
俺たちが特攻武隊棟に向かっているのは、咲也に会うためだ。
扉の前に立ち、ノックをする。どうぞ、と咲也の声がしたのを確認し、中へ入る。
「失礼する」
そこには、まだ完全に終わりきっていない書類整理に追われる、咲也の姿があった。先日あった時よりは、幾分かましな顔をしている。
「あぁ、ライトさん、白元武隊長。先日は本当にありがとうございました。ろくなもてなしはできませんが、そこへかけていてください。この書類だけ、整理します」
「わかった。構わない。待たせてもらう」
「え、手伝おうか? って、うそうそ。まってるよ」
ソファにかけ、咲也が仕事を終えるのを待つ。数分間の沈黙。しばらくして咲也は俺たちの前のソファに座った。
「お待たせしました。それで、今回お二人が訪ねてこられたのは、一体……? また、何かありましたか? 先日の件は片付いたかと、思われますが」
「まあ、それなりに、な。まずは報告だが、捕虜を捕えよという任務以外、無事遂行できた。聞いていると思うが、敵はもうあの場所にはいなかったのだ。申し訳ないな」
「いえ、とんでもありません! とても、助かりました」
深々と頭を下げる。
それと同時に、雪が、冷淡な表情を浮かべて、言った。
「――咲也くん。本題に入ってもいいかな」
急なその言葉が理解できなかったのか、咲也はきょとんとした表情を浮かべている。まだ報告の途中で、本題はこの報告ではないのかと言いたげだった。
それに気づいているのだろうが、気にした風もなく、雪が続けた。
「今から話すのは、特攻武隊のこれから、についてと、咲也くんに関わることだね」
咲也が俺の方へ視線を向け、首をかしげた。
「まずは聞け。質問はそれからだ」
俺がそう言うと、不満そうに眉間に皺を寄せた。だが、すぐに素の表情に戻り、続けてくださいと言った。
咲也とは対に、雪は満足げに話し始めた。
「知っているだろうけれど、俺らの属するこの組織は『正義』だ。正しいことを正しく成すために、悪を滅するために存在している。それに基づいて、いくつもの武隊が事を成す。けれど、この特攻武隊は、堕ちた。藤川水蓮というイレギュラーがあったとしても、その程度のことでこんなになってしまう武隊はいらない。
そんな役立たずは、絶正の規則に従って死を持って償ってもらう。君たちは知らないだろうけど、絶正にはある特殊な部隊が存在するんだ。他の武隊とは違って、悪炎雨と関わることは少ない。悪を滅することが目的であって、目的でないからだ。
その武隊の目的は、仲間を殺すこと。裏切り者の排除だ。秘密武隊、磨省と呼ばれているね。ちなみに、それが俺たちの属している武隊だ。秘密武隊員は他の武隊の武隊長、ナンバー零のみ。表には出ていないけれど、最強の存在なんだよ。そして、この真輝が、秘密武隊長、兼、絶対正義組織副総務感だ。
ここでひとつ提案だ。特攻武隊員は役立たずで、なんの存在意義もない。だから、俺たち秘密武隊が責任を持って排除しよう。ただ、そこで咲也くんをなくしてしまうのは惜しい。君の力はとても役に立つ。殺してしまってはもったいないんだ。だから、特例として、秘密武隊に来る気はないかな?
それなりのことはしよう。望むことがあれば言ってくれて構わない。正義だと言えることはなんでもしよう。不思議そうな顔をしてるけど、何かおかしなことはあった? 今、咲也くんをここで斬ることもできるけど、どうする?」
咲也は、笑顔でそう言う雪に、戦慄しているようだった。
何かを言おうとしているのだろうが、声が出ていない。
確かに、今の話はすぐに理解できるような内容ではなかったと思うが、俺は返答を急かす。
「早く答えてくれ。お前は『正義』か? それとも『悪』か?」
俺の問いに対して、咲也は目を見開く。何が正しいのかを、必死で探しているようだった。
「……そ、れは、正義、です。俺は、正義だ。正義じゃないと、いけない、から」
「わかった。ならば、この武隊棟の地下に、特攻武隊員を全員集めてくれ。三十分あれば十分だろう」
「全員、を……ですね。わ、かりました。では、早急に……」
咲也がそう言ったのを聞き、俺と雪は先に、地下室へ向かった。
特に変わり無い、灰色のコンクリートで囲まれた、広い地下室。扉から見て真正面の壁に、絶正の紋がある。俺と雪は、その紋の前に立った。
数分経つと、ちらほらと集まってきた。皆、変な顔をしているが、気にすることではない。
三十分経たないうちに、全員が集まった。それを確認し、咲也が俺たちの方へ来た。何を考えているのか、顔色は悪く、落ち着かない様子だ。俺は集めてくれたことに礼を言い、特攻武隊員の方を向く。
俺は片側のみ釵爵を抜き、手前にいた、茶髪でポニーテールを結った女の心臓を、思い切り付いた。簡単に貫通し、真っ赤な血が噴き出した。周りに居た奴らにその血がかかる。ざわめく。女は、どさりと床に崩れ落ちた。剣先を体から抜く。血を払い、俺は言った。
「悪は絶えるべきだ。例えそれが、仲間だったものだとしても、悪であることに変わりがないのならば、殺す」
俺の目の前にいた長髪の少年が、後ずさった。釵爵にとってはその程度の距離、そう遠くはない。頚動脈を狙って突き刺し、そのまま下へ引く。
「ここにいる者全て、俺が処罰を下す」
首を突く。
体を裂く。
悪を殺す。
血が流れる。真っ赤な海のようだ。
悲鳴が上がる。うるさい。
口を開くな。
その声は耳障りだ。
返り血。汚い。
早く殺して、洗い流そう。
早く、殺す。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す――。
「――貴様ッ!」
「ッ?」
気づくと、特攻武隊員は皆死んでいた。俺が、殺していた。死体が、山のように積み重なっていた。任務は、無事執行できたのか?
「貴様は、何をしている! これは、こんな行為は、正義だとは言えない! 正しいことだとは言えないッ! ただの快楽殺人だ、殺すことを楽しんでいるのだろうッ?」
「…………、あぁ、咲也か」
咲也が俺へ、彼の武器である弓矢の、矢先を向けている。声を荒らげて何かを叫んでいるようだが、何を言っているのか、うまく聞き取れない。
「なんだこれは! なんなんだ貴様は! 秘密武隊? そんなものは知らない。俺は知らない。何がしたい。何が正義だ! 巫山戯るのもいい加減にしろ――」
「咲也ッ! いや、ティアリット!」
雪が咲也の言葉を遮った。
ティアリット……、咲也のコードネームか。
「お前には選択をさせた。生か死か。答えは出たみたいだね。俺はてっきり、こっち側だと思っていたけど、ティアリットはまだ、ちゃんとした人間みたいだ。しょうがない。だから、死んでもらう」
「意味がわからない! 白武隊長? あなたもおかしい。毒されている。そんな奴といるから、そいつがいなかったら、こんなことに、ならなかった。殺された彼らは、何も、悪いことはしていない。九間瀬真輝という名の悪魔の、自己満足の為に殺されて! そいつさえいなければッ!」
「黙れ! ティアリット! お前はここで死んでおけ! 生きるな! これは俺からの願いだ! ここで死んでおけ! 頼むから、正義のままでいたいなら、咲也は、死ぬべきだ。頼む、真輝に、殺されてくれ」
雪は咲也に何かを言っている。何を言っているかはわからない。雪は何かを堪えているように見えた。力を込めた拳が震えている。咲也の弓を握る手も震えているのがわかる。
駄目だ、やはり、声が聞き取りにくい。雑音が聞こえる。
「――わかりました」
「うん。ありがとう、咲也くん」
「俺が貴方たちを殺します」
【登場人物】
名前:守戸 すず
コードネーム:涼井
所属武隊:海上武隊 No.拾玖
年齢:18歳
誕生日:3月23日
身長:154cm
体重:45kg
武器:銃遣い 晞梟月囮
好き:犬 ショートケーキ
嫌い:鳥 魚介類 城白雪