正義ファイル8:外敵
「――六時」
時計を見ると、思ったよりも時間が過ぎていた。そろそろ出立しなければならない。
軍服をはおり、机の上に置かれた資料を手に取る。釵爵を両腰にさし、部屋を出た。
武隊棟を出、上を見上げると、久しぶりに見る空が広がっていた。朝早いせいか、まだ薄暗い。赤く染まった空。東に浮かぶ太陽が眩しかった。
「雪を忘れた」
早く移動しようと戦闘機やバイクの止めてある車庫へ向かう途中で、思い出した。さっきの発言ごと、雪の存在も抹消してしまっていたようだ。
俺は内ポケットから小型連絡機を取り出す。
雪を呼び出す。中々出ない。
『――――あー、もしもし? はいはい? どうしたの真輝、』
「馬鹿が。早く来い」
『うっわ怖! すみませんでしたー。今行くから、俺の戦闘機の近くででも待ってて』
「了解した」
さて。
少し歩き、妙にでかい建物(とは言っても、武隊棟の大きさには及ばない)に辿り着く。絶正のほぼ全ての戦闘機が収容されている倉庫だ。その中から、他と比べて使い込まれている、というよりボロい戦闘機を探す。それが雪のものだ。扱いが悪いのからか、よく使うからか分からないが、雪の戦闘機はよく変わる。そのせいで探すのも一苦労だ。置く場所くらい、固定してくれてもいいだろうに。
と、倉庫の中をぐるぐると歩いていると、やっと雪の戦闘機を見つけた。「haku」と小さくコードネームが書かれている。
俺はその場で、雪がくるのを待つ。どれだけ急いでも十分前後はかかりそうだ。
それにしても、これから特攻武隊はどうなるのだろうか。おそらく、ほとんどの隊員が殺される。始末されてしまう。それは至極当然のことで、善くないことをしたとわかった時点で決まっていたことなのだが、それから、どうなるのだろう。数名では武隊として存在することは難しい。大人数が必要な特攻武隊は特に、だ。アイツ、本当に面倒なことをしていったな……。
都合よく特攻武隊員が増えるわけもないし、このことを他の武隊に公表することはないだろうから、新隊員の養成や振り分けを行う開発武隊に特攻武隊員を増やせと言うわけにも行かない。俺も、いつでもこうやって力を貸すことは難しい。秘密武隊には秘密武隊の役割がある。
と、物思いにふけていると、雪が来るのが見えた。ようやく、出立できるようだ。
「真輝、装備オッケー? ちゃんとベルト締めた? 安全確認した? よし! じゃ、行きますか。レッツ――」
「……………………」
「――『ゴーッ』って言えよッ」
「…………はぁ」
雪がわけのわからないテンションなので、俺は総スルーすることにした。
ぶつぶつと何かを言いながら、離陸する。喋っていると舌を噛むぞと言おうとしたと同時に、雪は舌を噛んだらしい。「いってぇ!」と声が聞こえるが、しばらくすると、静かになる。操縦に集中したのだろう。
上空何メートルか、かなり高度の高い位置に来たとき、俺はふと、下を見た。
下には、何もない。文字通り、何もない。例えるならば、焼け野原。それが一番わかりやすい。何一つ無い、延々と地平が広がっているだけ。草も木も、ない。ただの土。
見慣れた景色だが、これを見るたびに、悪炎雨への怒りがこみ上げる。この国を、否、世界をこんな風にしたのは、あいつらだ。あいつらがいたから、皆が不幸になるのだ。
視線を前へと戻し、思う。今回の任務も、必ず成功させるのだと。悪は絶やすべきなのだと。
死を持って悪を償うことが、悪しき者の宿命。
今回の標的は誰だ。今回の目的はなんだ。俺のやるべきことはなんだ。俺は――!
「――着くよ。まずは、俺だよね。あいつらをばばっとぶっ飛ばしちゃって、いいのかなぁッ」
雪はそう言うと、機体を大きく傾ける。
前方には、街が見える。その中に、壁に囲まれた、工場のような施設を見つける。
「前方に在りし目標まで百メートルを切った。絶対正義組織、秘密武隊、ナンバー肆、コードネーム:白。赤の殲滅を、開始するッ」
いつもの雪とは打って変わって、真面目な声で言う。
「赤に咲き、赤に散れ! 悪しき者への断罪と、戦慄を――ッ!」
いくつかのミサイルが、機体から飛び出し、爆発した。周辺地域への被害は皆無。壁の中だけが、凄まじい炎と煙を上げている。建物から運良く生き延びて出てきた人を見つけると、雪はある程度の距離から撃ち殺す。かなりの高度だが、赤に染まっていることがよくわかる。あたり一面に、赤い血が飛び散っていた。
「真輝、どうする。もう一発くらい、爆弾投下しちゃう?」
「……勝手にしろ」
雪がもう一度、ミサイルぶち込んだ。
爆音。
周辺地域からは音を聞き付けて外へ出てくる者、状況を知り逃げる者など様々だ。だが、その辺の奴らには危害を加えるつもりはない。悪炎雨のみが、俺たちの標的なのだから。
しばらくし、雪が傾いていた機体を戻す。そして、次は俺の番だ。
目的の場所まで、このまま飛ぶ。
消火作業などは、その辺の消防隊がやってくれるだろう。そう簡単に消せるようには見えないが、悪を滅するためだ。仕方がない。
「…………、ところで、どこから行けばいいの?」
「ここから一番近いところからでいい」
「おーけー」
と、このまま三十分程は雪に運転を任せ、俺は空を見ていた。日は出て、太陽が昇っている。眩しい。いつもあの暗い建物の中にこもっているからか、太陽の光がとても明るく、体を焼き付けられているような感覚に陥る。
久しく見る空は、俺の記憶にある空とは全く違っていた。綺麗だと、素直にそう思った。俺の知るのは、黒い曇天に、紅い雨が降る、そんな空だ。
いや、過去はどうでもいい。過去に囚われているわけにはいかない。……それでも、あの空の風景と、あの夢には、未だに囚われている。どうでもいいと、忘れてしまえと思ったことなのに、どうしても離れない。楽しかったことや嬉しかったことというような幸せは、すぐに忘れることが出来るのに。
あの日、俺は彼女と出会って、赤くて、紅くて、泣いて、それから、どうしたのだっけ。
「……なんだ、あれだけ夢に見るというのに、全く覚えていないじゃないか」
つい、笑ってしまう。
「んー? なんか言ったぁ? あ、もしかして高所恐怖症? 怖いの? 真輝が?」
「いや、何も。お前は黙って操縦に集中してろ。墜落したらどうするつもりだ、馬鹿。そのときはお前を見捨てて俺だけ脱出するからな」
「あ、酷い。真輝くんひっどい! ったく、俺はなんでいつも真輝の足になってんのさ。もっと感謝してくんない? 俺のお陰で、いつも任務執行ができるんだから」
「ああ、うん。ありがとう」
「言うな、キメェ」
「お前には言われたくないな、変態」
「男の子なんだからとしょうがない思うんだけどなー。こいうのはさあ、生理現象だよ。むしろ真輝はどうなの。そういうのないわけ? ほんとに? すげぇ! あ、そっか、食欲もないもんね」
なんの話だ……?
「さて、っと! ほら見て見て、とりあえず一つ目着くよ~。準備できてる? じゃ、落とせばいい?」
「ああ、頼む」
そういうと雪は、機体の高度を下げる。目の前には悪炎雨のものと思しき建物がある。大きいことはないが、小さくもない。
建物の屋上に着地できそうな場所を探し、俺は機体から飛び降りる。パラシュートは目立つので使わない。頭を下にしないように空中でバランスを取りながら着地。さて、はじめよう。
俺は近くにあった扉から、中へ入る。この中にいる奴を全て殺したいが、今回は時間がない。邪魔になったものだけ、斬る。あの書類によれば、今回捕虜としてとらえるべき人間は、この中だけにも四、五人いる。おそらくここは三階。敵がいるのはさらに上の五階。階段を探す。適当に廊下を進んでいたら、階段を見つけたので上る。一気に五階まで上がり、そいつらがいる部屋を探す。すぐに見つかるものと思ったが、なかなか見つからない。情報武隊の集めた情報の載る書類に間違いがあるとは思わないが、おかしい。これは流石に変だ。この建物に侵入してから、人に会わない。
最後の部屋を確認するが、中には誰もいなかった。ということはつまり、罠か。
俺がそう思うとほぼ同時に、背後から人の気配。さりげなく、俺は釵爵に手をかける。両腰にさされている剣には相手も気づいているだろうから、気づかれないよう配慮する。
「――貴様、何者だ」
俺は問う。
「その質問には答え兼ねる。おとなしく、ついてこい」
数人のうち一人がそう言った。
「断れば、殺すとでも言うか。だが、悪いが貴様らには従えない。黙って死ね」
「ッ、生意気な!」
「――遅い。それでも悪炎雨に属する『怪人』か」
俺は振り返り、後ろにいる人間を、否、『怪人』を確認する。そこには六体の人間がいた。人間を何体と数えるのはおかしいが、表現として間違っていはいない。悪炎雨の人体実験によって生み出された、人の形をした、悪炎雨に従順なだけの駒。悪を悪と思わず、善だと思い込み、そして感情も意志も何一つ持たないそれを、俺たちは『怪人』と呼ぶ。
怪人はナイフを、俺の首元をめがけて振る。
軽く右に移動し避け、釵爵を抜刀。
「悪は絶えねば、この世は救われん」
「何言ってやがる。一回避けられた程度で調子に乗ってんじゃ――」
怪人共の首を薙ぐように、腕を思い切り振る。釵爵の重さも加わり、勢いのついた刃が、一気に六の首を胴体から切り離す。勢いよく血が噴き出し、それが頬に飛んだ。頭を失った体が、重力に従って床に倒れる。傷口から止めどなく血が流れ続け、小さな赤い海を作る。軍服の袖で返り血を拭い、怪人の死体を眺めた。切り落とした頭を見るが、どれも今回の標的とは違う。
状況から察するに、こちらがこの建物に侵入することは知れていたようだ。一人と人間を見かけなかったということは、もうこの建物内には誰もいないのだろう。いたとしても、標的である確率は限りなく低い。逃げているに決まっている。念の為に、もう一度建物内を見回るが、やはり何もなかった。俺を殺すために、あの怪人がいただけのようだ。
無線機を取り出し、雪に連絡を取る。
「…………雪。終わった。捕虜はいない。こちらのことが知られていたようだ。……は? 何言ってんだ。いいから早く迎えに来いと言っている。…………チッ、うるさい。もういい。俺がそこまで自分で行く。お前は来なくていい。来るな。……ああ、また後で」
雪は建物の入り口付近に居るようなので、早く向かうことにする。まだ任務が残っている。返り血を洗い流したいが、それは無理そうだ。
十分ほどで雪の元にたどり着き、次の場所へ移動する。
その日、俺は残り四つの任務を終え、本部へ戻った。
偵察と殲滅、拷問といった品揃えで、精神的に疲れた。だが、そんなことは言っていられない。部屋で報告書を書いたり、軍服の返り血を洗い流したり、風呂に入るなどをしていたら、もう深夜だ。
「……おやすみ」
そう呟いて、俺は眠った。
【登場人物】
名前:佐々野 咲也
コードネーム:ティアリット
所属武隊:特攻武隊 No.零
年齢:23歳
誕生日:10月19日
身長:176cm
体重:69kg
武器:弓矢遣い 碑繭烙
好き:パスタ
嫌い:苺 怪談