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偽善HERO  作者: 城白
第1章 絶対正義組織
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正義ファイル4:真意

 (くれない)の隣には空になった日本酒の瓶が三本転がり、両手には一本ずつ、瓶を持っている。どう見ても、かなり酔っていることがわかる。おい未成年。

「なぜお前らはここにいる……。まず紅! 未成年の飲酒は法律違反だ、やめろ。藍瑠可(らるか)! てめぇ武隊長会議(ぶたいちょうかいぎ)はどうした。すず! ここは俺の部屋だが、お前の部屋じゃない。(らん)! 何おどおどしてやがる。罪悪感感じてるなら今すぐ帰れ。(せつ)! お前だろ、この部屋にこいつらを入れたのはッ」

 一気に言いたいことを言う。

「大体ッ、秘密武隊の武隊棟には他の部隊は入れねぇんだよ。暗殺、海上、救出、情報! お前らは秘密武隊じゃねえだろうが。さっさと帰れッ!」

 そう言い放つ。

「…………あの、お菓子のストックってあります?」

 すずが言う。白髪の少女。青いバンダナが特徴的だ。この中で一番年齢が低く、言動が馬鹿っぽい、海上武隊の銃遣い。どんな的でも百発百中だが、銃に弾が込められないという最悪な特技を持っている。しかも彼女の使う銃は、込められる弾数が、一般的な銃であるベレッタと比べて半分だ。

 キッチンの方へ行き、棚の中を漁るすずの頭を、釵爵の鞘で思い切り殴る。

「すず、俺の話、ちゃんと聞いていたか?」

「はい! 邪魔だから帰れって言ってましたね! あ、大丈夫ですよ? お菓子食べたら帰りますから!」

「てめぇ、聞いてなかったな。おい、涼井(すずい)

「はいッ?」

 涼井というのは、すずのコードネームである。武隊が違うので、俺は滅多に呼ばない。そんな俺がその名を呼んだので、すずは驚き混じりで返事をした。棚を漁っていた手を止め、不格好に敬礼をしている。

「か、え、れ」

 笑顔の殺気というのは、一番怖いと思う。多分、今の俺はかなり頭に血が上っているが、笑顔だと思う。

「すみません、失礼しますたッ」

 すずは慌ててキッチンから出て行く。そして、紅の背中の後ろに隠れた。紅はすずよりかはまだ体が大きいのだが、小柄なことに変わりはなく、すずは隠れきれていなかった。見え見えだ。

 だが俺はそれを気にせず、雪の方へ向かう。それよりも重要なことがある。その重要度は今回の任務と同等、又はそれ以上だ。

「雪、いや馬鹿。大事な話があるんだが、もちろん時間あるよな? どうした、その引き攣った顔は。ん? なんだ、笑っていたのか。そんなに俺と話がするのが嬉しいのか。それは俺としても嫌ではないな。これから話すことを、そんなに楽しみにしてくれていると思うと、お前を今すぐぶっ殺したいほどには、だがな」

「真輝くん? な、何に怒ってるの……?」

「心当たりがないと、そう言いたいのか馬鹿」

「いや、そういうことじゃなくて。って、いつから俺の名が馬鹿になったんだよ、俺には城白(きしろ)雪っていうイケてる名前がある――」

 雪が言い終える前に、釵爵(さいしゃく)を抜き、雪の喉元に当てる。動いたら殺す。仲間ということは関係なく、殺す。理由は、(ぜっせい)正の方針に従わないから。

 部屋の中に、殺伐とした空気が流れる。

 冗談を言っていた雪も、真顔で俺の目を見つめる。俺はそんな雪を睨みつける。

「――ライトさん。例えライトさんでも、人を傷つける行為は駄目です」

「…………あぁ?」

 そう言ってきたのは意外にも、嵐だった。内気な彼女がこういう風に会話に入ることは珍しい。まあ、この状況だから入ってきたようなものなのだが、そんなことどうでもいい。

「何か、可笑しなことを、俺はしたのか? ハッ、巫山戯(ふざけ)ているのか? 悪しきものには罰を。裏切り者には死を。秘密武隊の武隊棟に入り、普通ならば知りえない情報を知るお前らならば、この言葉の意味がわかるだろう。絶正の根本はそれであり、俺達の武署、秘密武隊のみが、その言葉に基付き、内部の人間を殺すことを許されている。流石に俺も、悪でない者を殺すことには躊躇するが、雪のした行為は、反逆行為だ。殺すに値する」

 雪に釵爵の刃を向けたまま、嵐にそう言う。

 言っている意味はわかるようで、そのまま黙るが、俺の行為には納得いかないらしく、反論を考えているといった様子だ。

「それでも、駄目です。人を傷つけることだけは、駄目です。救出武隊のメンバーとして、みすみす見逃せるわけ、ありません。無駄な血は、流しちゃ駄目です。それに、ライトさんと白さんは、とても連携の上手いペアだと聞きます。そんな人たちが争えば、殺し合えば、絶正にとって大きな損失になることは、あなたたちが一番よく知っているはずです。だ、だからつまり、だ、駄目、なんです、争うのは」

「――言いたいことはそれだけか? ふん。まあいい。雪、これからは軽率な行動はやめろ。どうして俺に刃を向けられたのかは、表面上しか知らないこいつらよりも、お前が一番よくわかっているだろ?」

 今回は、俺が折れる。今回は、だ。

「もし、またこんな行為をした場合、何があろうとも、躊躇せずお前を殺す」

 俺は釵爵を鞘の中にしまう。

 出て行け、と目で訴えると、雪以外は部屋から出て行った。


 *


 廊下に出た四人は、揃ってため息をついた。緊張が解れた、というように脱力している。

「なんで真輝さんはあんなに怒ったの?」

 すずがそう言うと、藍瑠可が返す。

「まあ、あれが秘密武隊の武隊長。あれでこそ。絶正に属する軍人の中で、最強と謳われし人物」

「う、ん?」

「あ、そっか、すずちゃんはわからないか。あのね――」

 と、藍瑠可は説明する。

 絶対正義組織は日本政府にも知られぬ秘密組織であり、その中にはいくつかの武隊がある。だが、秘密武隊だけはその名の通り秘密の存在。秘密組織の中の秘密武隊。そこに属するメンバーは、各武隊で最強とされた者だけ。各武隊で付けられた序列には、壱より上に、『零』という数が存在し、その『ナンバー零』と認められた者のみが入隊している。つまりは、存在こそ知られていないが、絶正のなかの最強集団なのである。

 そこに属する者は、それぞれが大きな情報を握っていて、その情報は何があろうとも外部に漏らしてはならない。それも含めて秘密なのだ。絶正の軍人が絶正の軍人を殺すという汚れ仕事を請け負うことにも、それと関係した理由がある。秘密武隊は存在自体が大きな情報なので、全てのことに守秘義務がかせられ、あれほどまでに厳重なセキュリティを通してからしか、その武隊棟へ入ることはできない。

 それなのに、部外者を秘密武隊の武隊棟へ入れ、少なからず情報を流した。その部外者らにもそれぞれ任務があるとすると、仕事をまともにしていない、サボっているという事実が浮かび上がる。

 それら全ては、正義に反する。

「だから、正義に反する者、つまり『悪』とみなした雪くんを、殺そうとしたんじゃないのかな? 真輝さんの頭の中には『正義』と『悪』の二択しかないから」

「……わからない、です」

 ここまで説明してきた藍瑠可も、聞いていたすずも、よくわからなかった。

「ねぇ、藍瑠可。つまりさぁ、雪は秘密武隊なのに、僕らと関わったから死にかけたってこと?」

 酔っているが、まともに考えることはできているらしく、紅がそう言うが、藍瑠可首をかしげる。

「そういうことなのかもしれないですけど、そうじゃないかもしれないですね。私でも、この仕組みは難しくて、説明しにくいんです。説明の途中で、わけわかんなくなってきて」

 苦笑いしか浮かばなかった。

 四人は早くこの場から出るべきだろうと、ここで会話をやめ、早足で秘密武隊の武隊棟を出た。

 気分はとても重い。正直なところ、あんな真輝を見るのは初めてで、殺す者と殺される者を目の前にして、戦慄したのだ。人が人を殺すことは見慣れているし、殺すことにも慣れている。それなのに、だ。

 このまま自室に戻る気にはなれない。誰も何も言わずに、一階まで降りた。

 エレベーターが止まったところで、互の顔を見合わせ、肩をすくめる。考えていることは皆同じだったようだ。

「お茶でも、しませんか?」

 嵐がそういうと、皆賛成した。

 誰でも使用することが許されている会議室に入り、嵐が紅茶を入れる。他の三人は適当に座り、無言で待つ。紅が済に座り、そこから二つ空いて藍瑠可、四つ空いてすずだ。

 嵐は手際良く紅茶を入れ、持ってくる。ひとりひとりの前に丁寧にカップを置いていき、全員分配り終えると、すずの隣に座った。

「はふぅー、ふぅー……、あつっ」

 すずが慌てて飲もうとするが、熱かったらしい。嵐が慌ててハンカチを取り出し、すずが吹き出した紅茶を拭く。

「大丈夫ですか? やけどは、していませんね。気をつけてください、熱いですから」

「うん、ありがとうございますー」

「いいえ。これが私のお仕事です」

 先程までの空気とは打って変わり、ほのぼのとした雰囲気。

 藍瑠可は無言で紅茶を飲む。

 紅はまだ、砂糖を入れ続けている。今入れているので四本目だ。さっきまで酒を飲んでいたのに、よく砂糖がかなり入った甘ったるい紅茶を飲めるものだ、と藍瑠可は密かに思う。

「私、よくわからないです」

 すずは嵐に向かって言う。

「涼井さん、急にどうしました? 私でよければ、相談してください?」

 嵐は微笑む。

「真輝さんのことが、よくわからないです」

「そうですね……、私も同じことを思いますよ。でも、あれがライトさんなんですよ。わからないのなら、わかっていけば、いいんじゃないですか?」

 嵐は、誰にでも言えそうな、月並みな台詞で返す。

 それでも、すずにとっては十分だったようで、一瞬にして、すずの暗い表情は消えた。

 また紅茶を飲もうとし、「あっつっ」と、さっきと同じ行動をするすずだった。

「あー……、めんどくさいなぁ、もう」

 と、唐突に紅が言う。

「何が?」

 と藍瑠可が返すと、特に意味もなく叫んだようで「別に」と返すだけだった。

「大体、なんで真輝は僕たちを殺さなかったのさ」

 紅はそう呟いた。

 それぞれに思うことがあるようで、それから言葉は発せられることなく、何時間がか過ぎた。


 *


 俺は雪と、床に座って向き合う。

「…………悪い、感情的になった」

「うん。たまには人間らしくていいんじゃなぁい?」

「人間らしくて、って……。俺は元々人間だが」

 意味のないような、他愛ない会話をする。

「聞いてもいいか?」

「何、真輝」

 刀を向け殺そうとしても、距離を取らない、離れていかない、隣に居続ける雪のほうがよっぽど、人間らしくないと、俺は思う。いつもと変わらず笑い続けている。気持ち悪いくらいに。

「絶対正義組織とは、なんだ?」

「秘密組織、じゃないの? あ、あと、正義を貫く、正しき存在」

「ならば、秘密武隊については?」

「最強の武隊。絶正のキー的存在。秘密そのものっていうか、説明むずい」

「…………そうか」

 はあ、と深いため息をつく。俺はキッチンに向かい、ペットボトルに入ったお茶をコップに注ぐ。それを雪に渡すと、困惑した表情を見せながら、一気に飲み干す。

「まあ、何故お茶が出されたのかは突っ込まないでおいて、言いたいことあるけどいい?」

 俺が床に座ると同時に、雪が言う。

 俺は頷く。断る理由はない。

「ああ、なんだ」

 突然、雪が近づいてきて頭を掴まれる。わしゃわしゃと撫でられ、髪か乱れる。

「なんでさっき、俺だけを殺そうとしたの。普通なら、周りのみんなも殺すでしょ? なのに、俺だけを殺そうとしたのはなんで?」

 俺の頭を掴む手に力が入る。

 痛い、と抵抗しようとしたが、できなかった。

「楽しいの? あいつらといるのが、楽しいの? だから、殺せなかったの? ねぇ、教えてよ、真輝。なんであいつらを殺そうとしなかったの? しかも、嵐ちゃんに殺すなって言われて、殺すのをやめた。なんで? 真輝、何か言って?」

「それは――」

「真輝は、絶正の要でしょ? 上官様達のお気に入り。だから、そんな一時の感情で動いちゃ駄目だろ?」

 いつもと変わらぬ笑顔で微笑まれる。だが、どことなく怒りも感じた。

 手を離し、俺の髪を整えると、雪は俺の頬をつねる。

「俺を殺そうとしたことへの仕返し。首、痛いんだかんね。悪炎雨に裏切り者、会議とあってイラついてるのもわかるけどさ」

「…………悪かったな」

「うぅん、大丈夫。じゃ、俺もこれで御暇させてらもおうかな」

 雪は軍服のボタンを留め直し、玄関へ向かうと、無造作に脱ぎ捨てられたブーツを履いて、部屋から出ていった。

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