燈籠
かわいいうさぎちゃん ふたりをあっというまに
むしゃむしゃたべちゃった らんらん らんらん
かわいいうさぎちゃんのなかで ふたりはまざって
ピンクになったよ らんらん らんらん
ピンクのうさぎの ピンクのいぶくろ ふたりはいっしょに
ピンクのあたたかい ちいさなかわいいへやで
なかよくすごしましょ らんらん らんらん
いろもかたちもなにも ちがったふたりだけど
いまはいっしょになった らんらん らんらん
“君がこの手紙を読んでいる頃には、僕はもうこの世にいないでしょう。というか君がこの手紙を読むことはまずありません。なので僕がこの世にいようといまいと、そんなことはどうでもいいのかもしれませんね。僕は誰かのために何かをしてあげるなんて、そんな人間らしいことはできないので生きていても仕方がないのです。
今の僕にできることは、ダイヤモンド会社がわざと採れないふりをして隠しておいた金剛石を誰かがいっせいにばら撒いたような外の景色を車窓から眺めつつ、感傷に浸りながら一文字ひともじを綴っていくことくらいです。おそらくそんなことには何の意味もないでしょう。誰にも読まれないのですからあたりまえですね。単なる紙と鉛筆による無益で儚い行為とでも言ったところでしょうか。スーパーノヴァを見かけるたびにそんなふうに思ってしまいます。
ですが僕はこの手紙を書きたい、いや書くべきだ、書かなくてはいけない、そんな衝動が、故郷から一里二里と離れていくごとに、そして彼岸が徐々に近づくごとにどうしようもなく抑えきれないものとなっていくのを感じます。
僕は天気輪がぺかぺかと光っているのを見つけました。そこまでは憶えているのですが、気づいたときにはもう列車に乗っていました。
その列車は夜の軽便鉄道のはずなのですが、窓から見える景色は闇に溶けかけた田んぼと納屋などではなくとても幻想的なものでした。
川原沿いの銀色のすすきから白鳥が飛び立ったり、竜胆の花がいっぱいに咲いていたり、水晶やトパーズやサファイアでできている砂の散りばめられた汀でくるみの実を拾ったり、とにかく楽しいことだらけで僕はしばらく君がいないことを忘れていました。
そして今は、あかいめだまが見えるところまで来ています。
こんなに遠くまで来てしまって君には心配かけますが、君のためにそれをとってくればきっと僕のことを……”
この手紙はいま私の斜向かいに坐っている、首が左に曲がった彼の書いたものだ。
彼に名前を尋ねたところ、いままで一度も呼ばれたことがないから忘れてしまったので名刺がわりにこの手紙を読んでほしい、とのことだった。途中まで目を通してみて私は思う。
あかいめだまが何なのか知ってるの?
「僕はあの人が喜んでくれると思ってここまで来たんだ」
そんなのはあなたの思い込みでしょ。あの人のために何かをするのは私の役目。
「とにかく僕はあの人のためなら何だってする」
そういう勝手なことをされたくないの。あかいめだまが何なのかも知らないくせに。
彼は微動だにせず頭を左に傾けて、それから虚ろでいて澄みきったようなどこか悲しげな眼をこちらへ向けている。
その視線はずっと私の腕の中にあるカラスのぬいぐるみに注がれていた。
さそりの火。
さそりはいたちに食べられそうになって必死に逃げた。そのとき井戸に落ち、逃げたことを悔やんでこう祈った。自分はいままでいろんな生き物の命を奪ってきた、それなのにどうして自分の命をいたちにくれてやらなかったのだろう、ああ神様、こんなに虚しく命を捨てるくらいならどうかこの次はみんなの幸せのために自分の身体をお使いください、と。
バカみたい。
私はね、私は本当はお姫様なの。だから奴隷どもの命なんて何とも思ってないし、そのために私が直々に手を下す必要もないの。いい? わかった? 私にはあの人しかいないの。あの人は私の全てであって、私はあの人の全てなんだから。
生まれたとき、いや生まれる前から私は特別だった。なぜなら私はお姫様で、あの人と未来永劫結ばれる運命にあったからだ。
あの人がいなければ絢爛豪華な衣装と装飾品も、華麗なる大舞踏会の円舞曲も意味を成さなかった。あの人と私は、例えるならばモンタギューとキャピュレット。全てを犠牲にしてでも手に入れたい愛情、騙されたい欲情、擦り付けたい自我、汚されたい貞操、駈け出したい衝動がそこにあった。
私は、茨のとりかごの中で私は、射し込む光とともに舞い降りた黒い翼の天使を見た。
捕虜に囚われてからは地獄とも餓鬼とも畜生ともとれない日々が続いた。全てのものが在るがままの姿を放棄し、私に残された未来はゆっくりと死んでいくだけの単なるモラトリアムだけのように思えた。
そして死への憧れと残酷な生との葛藤の中で、私は自分自身を傷つけてはその傷口を舐め、苛んでは次の瞬間には慰め、苦痛を味わってはそこに快楽を覚え、遣り場のないアンビバレンスをただ弄ぶだけの人形となった。
きれいなきれいなドレスを着た、かわいいかわいいお人形。まあるいまあるいおめめに映っているのは、とおいとおいあの人と交わした永遠の誓いだけ。
あなたは、と改めて問う。あなたは人を殺したいと思ったことはある?
私は殺したいとも、殺したくないとも、死んでほしいとも、生きていてほしいとも思ったことがない。ただ、あの人だけは別で、あの人にだけはその全ての感情を抱いていた。
私はあの人にとって特別なんかじゃないと解っている。ただ、あの人のためなら何だってすると言い切ってしまう彼のことが羨ましかった。
彼の好意は無償でそして純粋であるのに対し、私のそれは邪で常に見返りが要求されていた。だけどそれは私を、私だけを見てほしいからなのだ。
腕の中のカラスのぬいぐるみをきつく抱きしめる私を、彼はかたかた揺れる座席に腰を下ろしたまま相変わらず頭を左に傾けながら悲しげな眼で見ていた。窓の外の赤い一等星が少し眩しい。
“君のためにそれをとってくればきっと僕のことを赦してくれるでしょう。あかいめだまさえあれば君は僕のことを見てくれるのですから。
そう、君は盲人でしたね。どうしてそうなったのか解りませんが、僕がきっと君にひどいことをした奴に復讐して、あかいめだまをとってきてあげます。
どうか心配しないでください。僕は全知全能ですから、できないことなんてこの世には存在しないのです。そしてそれ故に冒涜行為を繰り返す僕は、誰かのために何かをする資格もなければ、何物にも裁かれることもない、ただの異邦人です。
僕には守るものも失うものも、何もない。だから全知全能なのです”
私の求めていたのは白馬に乗った王子様などではなく、どんな理不尽な要求も仰せのままの召使いだったのかもしれない。
ああ鏡よ鏡よ鏡さん、この世でいちばん美しいのはだあれ? すると鏡はこう答えるだろう。それはもちろんあなたです、と。
でも本当は違う。本当はこの世でいちばん美しいのではなく、いちばん醜いの間違いで、そこに映ったのは誰からも愛されるお姫様に嫉妬して毒リンゴを食べさせた悪の女王の姿なのだ。それが私。
そう、私は悲劇のキャピュレット嬢の末路が怖くて逃げ出し、ハッピーエンドの灰かぶり姫の幻影を追いかけ、彷徨い、そして迷子になっていただけなのだ。
それだけの理由で私はあの人の光を奪った。そうすればあの人の中の私は永遠にお姫様でいられるから。
灰かぶり姫になりたいがために嘘をついた。ガラスの靴を落としたなんて、本当はわざと置いてきたのだ。
でもなぜそんなことをしたのかは、首が左に曲がったこんな奴には解ってほしくなんてない。
途端に私は恐怖を覚えた。さっきまで悲しげだった彼の眼は、鋭くもあり濁りきったような、どこか不気味で不敵な笑みを思わせるものとなっていた。
そうだ、私は罪を犯したのだ。裁かれなければいけない。
嘘つき灰かぶり姫は狼に食べられる末路。そして彼は私に罰を与えるためにここにいる。
どうか、と私は願う。裁きを下す前に、盲人と唖の叶わぬ恋の最期をどうか笑ってあげてください。あの人の声は私には届かず、私の姿はあの人には映らない。それでも変わらずに、等身大で、純真無垢な、ありのままの愛を誓えますか?
やさしい嘘なら結構です。手を離すならいまのうちです。信じたぶんだけ裏切られたときの傷は深くなりますから。お互い傷つく理由も傷つける理由もどこにもないのです。
それでも茨のとりかごの扉を叩くというのなら、私はあなたと共に意味のない場所へ飛び立ちます。歌い方なんてとっくに忘れてしまったけど、あなたが聴いてくれるのなら私は歌いたい。
意味のない場所で、意味のない時間を過ごし、意味のない行為を繰り返す。その果てにあるものが完全な無だとしても、音のない世界で聴き、光のない世界で見、温度も重さもない世界で感じたものを決して忘れません。
わざと置いてきたガラスの靴はもう粉々に砕けてしまっているでしょう。鏡に映った悪の女王はきっと不器用に泣いているでしょう。
あのときの歌は未完成で、心と身体の欠落した人形と、やさしい嘘に騙されたまま、踊りつづけるモンタギューとキャピュレット。ふたりの織り成す陳腐でチープな純愛悲劇、そして崇高なスラップスティックを。どうか笑って、哂って、嗤ってください。
あの人と結ばれたいがために嘘をついて死んだふりをした私を、私が死んでしまったと早とちりして後を追うように毒薬を飲んでしまったあの人を、そして嘘八百の迷宮に今なお彷徨う灰かぶり姫のなれのはてを抱腹絶倒のハッピーエンドとして葬り去ってあげてください。それだけが私の願いです。
それからこれだけは言っておきます。純粋なまごころなんて、存在するはずがないんです。ただ、私は信じたかった。私は人一倍それを信じたくて、やさしい嘘に騙されたくて、だけどそのために他人を疑ってしまう自分がどうしようもなく嫌いだった。そんな私を支えているのは自分自身に対する憎悪だけです。
どうか、どうか笑って私を楽にさせてください。それができないのならこれ以上私に触れないでください。そのほうが傷つかずに済みますから。私にとっても、あなたにとっても。
「解ったよ」と彼は頷いた。
その表情は鋭く濁った、例の不気味な微笑みだった。
「お姫様がそれを望むのなら、僕はそのとおりにするよ。僕にできることはそれくらいしかないから。だけど笑うのは無理だ。僕は上手に笑えないんだ」
笑ってるくせに。
「笑ってるんじゃない。僕はいま泣いてるんだ。悪の女王と同じように不器用なまでにね」
どうして泣くの。
「僕にだって解らないよ。そのかわり、お姫様が人を愛することのできる素敵な人だということは解る。僕は名前もないような薄汚れた人形だから、きっと人を愛せることはとても素晴らしいことだと思うんだ。だからバカにして嘲笑うことなんてできないよ」
私は素敵な人なんかじゃない。あの人を殺したいと思ってた。
どうして彼は汚く穢れた私を憐れむのだろう。そしてそのたびに私は無意識に嘘を嘘で塗り固めていくのを自覚する。自我が決壊するのを防ぐために必死で堤防を築いている。全てを拒絶してしまいたいのに何かひとつだけ絶対的確信的なアリバイが欲しい。一方的な理由。欺瞞的な憎悪。諧謔的な暴力。あるいは暴力的な諧謔。
「殺したいのなら殺せばいい」
もうすぐ駅に着く。
首が左に曲がった彼は、あの人がひとりぼっちで土に埋められてしまうのは寂しいだろうと思ったのか、窓から見える青い惑星の命あるもの全てと同じ数だけ十字架を集めた。そしてあの人にはとっておきのを盗んでくると告げて、天上と呼ばれる駅で列車を降りた。
川の中に光る十字が見え、その側には底が真っ暗で計り知れないほど深い穴があった。
彼が坐っていた席に一枚の走り書きが落ちていた。
耳の不自由な私に付き合って筆談に使っていた紙だった。何度も鉛筆を走らせては何度も消しゴムで擦っていたので、その紙はもうぼろぼろになっていた。
「本当はもう解ってたんだ。僕がこの列車に乗ってはいけなかったことも、お姫様を救えるのは猜疑心と好奇心だけだってことも、最初から解ってた。
じゃあどうして僕らは出逢ったの?
いままで眼をつむっていたのは、僕は、僕には人間の心が残っていると信じたかったから。きわめて欺瞞的な、なんとも自分勝手な、そしてこの上なく残酷な嘘。
ごめんなさい、僕は名前が欲しかっただけなんだ。それだけの理由でお姫様を暗闇の森へ解き放った。そんなことならあのとき一思いに斬り捨ててやればよかったんだ。
やっぱり人間の心は邪魔なだけだ。そのせいで僕は一瞬の躊躇を覚え、次の瞬間には後悔の渦に巻き込まれていた。
そう、あの一瞬まで僕は全知全能で、賢いだけの人形でいられた。だけど涙が伝って頬を濡らすんだ。
もう僕は戻れない。これから僕はどうなってしまうのだろう。どうやって生きていけばいいのだろう。それを思うとどうしようもなく怖くなってしまう。
どうして殺せなかったのだろう。どうして傷つけ合いながらそれでも守ろうとして、抱き合いながら首を絞めて、舐め合いながら牙を立てて、お姫様のためになることなんて何もできないと解っていながら僕は残酷な嘘をつくのだろう。
ああ、僕はお姫様を壊してるんだな。ご自慢の真っ白なドレスを乱暴に剥ぎ取り、毛糸でできた栗色の髪を無造作に引っ掴み、丁寧に縫い合わせた華奢な首筋を修復不可能なほどに引き裂き、ほつれた糸とはみ出た綿を見る影もないまでに散乱させ、皮膚を象っていたそれにはただの塵になるまで鋏を容れる。あとには黒いボタンがふたつ残るだけ。それをカラスのぬいぐるみに縫い付けてやるんだ。
でもそんなことあの人は望んでない。
ねえ、だれか僕を止めてよ。僕を助けてよ。僕に同情してよ。僕に命令してよ。
掌だけが憶えている。温度も重さも感じられないほどに失ってしまった、軽く指で弾けばたちまち転がり落ちてしまうようなかたち。ああ、それが彼女なんだな。手を離せば風に吹かれ、強く握り締めれば壊れてしまう。そんな脆いものだからこそ守りたい、いや、どうせいつか壊れてしまうのならいっそのこと掌の中で。
だめだ、本当はそんなこと望んでないって解っている。でもどうしようもないんだ、どっちも僕だから。そしていくつもの僕が耳元で囁く。守れ、壊せ、守れ、壊せ、壊せ、壊せ、壊してしまえ、壊せば楽になれる、破壊の向こう側には混沌しかない、尊いものを守ることこそ存在する意義、でも存在する意義って何だ、君がやさしいことはとっくに知っている、ばか、きれいごとはたくさん、どこまでが嘘でどこからが本当なのか、どうでもいい、僕は僕だ、僕はここにいていいの? だから何だ、どこにもない、意味なんてなくたっていいじゃん、君が妥協してくれれば、怖ければ逃げてもいい、勝手にしろよ、うふ、うふふふふふふ、うふふふふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、ふ、うふふふふ。
そうだ笑えばいいんだった。笑え、笑え、笑え、ちゃんと笑え、哂え、嗤え、黙れ、愛せ、生きろ、死ね、蘇れ、どうして泣くの」
紙を裏返す。
「僕は全知全能でなければならない存在なんだ。
そうだ、十字架を盗んでくればいい。そうすればあの人は僕を認めてくれる。あの人が僕のことを見てくれる。あの人は寂しがりやだからうんとたくさんの十字架を、それこそこの世の生きとし生けるもの全てと同じ数だけ集めてこないといけない。そしてあの人には特別にうんと大きいのを用意するんだ。
僕はここにいる。そしてここで世界とひとつになりたい、いや、なりたかった。
どうしよう、石炭袋に落っこちちゃったよアハハハハ。
まあいいや、お姫様が笑ってくれるのならどうなったって構わない。お姫様が望むのなら、僕は道化役にも三枚目にもなってやるさ。
やあ、そこにいるのは君じゃないか。そんなところで何をしてるの。そうだ、君のために手紙を書いたんだ。いけない置いてきちゃったよ。お姫様から受け取ってくれ」
それがこの手紙だと思う。
“永遠でありたいと思うことは野暮なだけでしょうか。全能でありたいと思うことは単なるエゴイズムでしょうか。
人は誰しもひとりでは生きられなく、誰かの支えがなければ歩むことすら覚束ないのなら、僕は吊り上げられでもしてここへ連れて来られたというのでしょうか。なんだか滑稽ですね。
「歴史、哲学、教育、宗教、法律、政治、経済、社会、そんな学問なんかより、ひとりの処女の微笑が尊いというファウスト博士の勇敢なる実証」
いつかそんな書物を読んだことがあります。やはり知識を求める行為は罪なのでしょうか。
疑うことは喜劇の始まりで、知ることは悲劇の終わりなのでしょうか。そして喜劇と悲劇の間で僕はあと何度嘘をつかなければいけないのでしょうか。
思い返せば僕の一生はそんなことの繰り返しだったような気がします。もうそんなところで孤独でいるのには疲れました。
「本当にひねくれ者なんだから」
と、いつか君は言いましたね。僕がひねくれ者でなければ、君とこうして話すことなんてありませんよ。
「それもそうだ。僕らは本当は敵同士なんだから」
僕は大切なものを守り、君はそれを奪う。
「でもそんなに大切にしてるのなら僕はあきらめるよ」
そんなこと言ったら君が困るのでは。
「いいんだよ。君が喜んでくれるなら」
僕も君が喜んでくれるのなら大切なものを失ってもいいと思っていました。孤独に慣れたなんて、そんな嘘をついてまで何かを守ることに一体どんな意味があるというのでしょう。君が喜んでくれるのなら、僕は命だって惜しくありません。
もしも僕のいままで犯してきた罪が赦されるのなら、社会という枠組みを逸脱して認識という虚栄の学問で世界を統括しようとした個人的人格が報われるのなら、僕はそれをひとりの処女の微笑の中に見出すため生涯を捧げることを誓います。
まあそんなうまい話は滅多にありませんが。あ、カラスのぬいぐるみが足元に転がってきました。そんなわけでそろそろ筆を置くことにします。さようなら。ありがとう。
追伸
幸せの定義がシャーデンフロイデなのだとしたら、僕はド派手な格好をして全身にダイナマイトを仕込んでそれに突っ込んでやろうと思うよ。とっておきの曲芸さ。笑えないだろうけど”
私はカラスのぬいぐるみを拾ってくれた彼に礼も言わず自分の席に戻った。
硬いシートは坐り心地が悪かった。ごとごとと揺れたり、肘を置く場所が落ち着かなくなったりするたびに気が滅入ってしまう。
どうしてお姫様の私がこんなみすぼらしい三等車に乗らなくてはいけないのだろう。おまけに乗客は私とさっきぬいぐるみを拾ってくれた、首が左に曲がった彼のふたりだけ。
みすぼらしい三等車にみすぼらしいなりをした、それこそまるで案山子のようななり。そう思った瞬間、なぜかひとりでにぷぷぷっと噴き出している自分に気づいた。案山子、悪くないネーミングセンスだと思う。
おい、案山子。あの人を助けてくれたお礼に歌を歌ってあげる。
しろいいろのひつじ あかいいろのバンビ
ひとめあったとたん こいにおちたよ
いろもかたちもね ぜんぜんちがうのに
おんなじかんじかた それってふしぎね
おくびょうなふたりは なかなかちかづけない
きずつくのこわいから
でもでもやっぱりね であってしまったの
そんなにかんたんに きもちかくせないの
ふたりがくっつくと まっかなめをしてる
ピンクのうさぎちゃん うまれてきたよ
これってなんだろう
これってあいでしょ あいのけしんでしょ