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俺はどっちかというと、素手より武器を用いた戦いを好む。
武器を用いた、っていっても、特に好きなのは近距離型の武器だ。
一応、武器ならなんでも使えるように訓練はしているけれど。
しかしこちらに来た時にたまたま持っていたカッターナイフの刃はすでに残り少ない。
不測の事態に備えて、ある程度は使えそうなものを持ってはいるが、それらもやはり消耗品だ。
いつ補給できるかわからない以上、できる限り温存しておきたい。
素手で戦えないわけではないが、こちらの世界がいまだどんなところかわからない以上、はやいうちに備えはしておきたいというのが当然の考えだろう。
お金を持っていないから買えるわけもないし、そもそも森の中に店があるわけがない。
ならば、どうするか。
――奪えばいい。
幸いにして、今回はその機会に恵まれた。
この世界に生きる存在がどの程度のレベルの強さかはわからない故に、正面切って挑むのは馬鹿がすることだ。
しかし既に死んだものから奪うのであれば、それが罠でない限り大した危険はない。
先程の叫び声はそれなりに切羽詰っていたから、もしかしたら死んでくれるかもしれない。
死んだら、その死体から武器やら何やらの欲しいものを奪えばいい。
きっと獣がいるこの森に入ってくるくらいだから、何かしらの武器は持っているだろう。
できればナイフあたりがいい。
銃や弓は弾を定期的に補充しなければならないし、長槍などは場所を選ぶ。
不測の事態に備えるために、できれば片手を空けておきたいから重い斧なども好ましくない。
そういったものだったら委員長に回そうかな、と思ってようやく、委員長がどういう戦いをするか知らないことに気づいた。
先程の戦いの時は主に足技で戦っていたが、もしかしたら自分の獲物を持ってこれなかったのかもしれない。
それとも意外に無手での戦闘を好むんだろうか、と委員長に問いを投げかけた。
「あまり重いものでなければ、特には」
「ああ、そんな感じ」
委員長の視線が「どんな感じですかそれ」と言っているので、「非力な感じ」と告げると今にも殺しにかかってきそうな勢いで睨まれた。
まあ、もちろん本気ではなさそうだけれど。
笑いながら、脳裏で委員長の頭から爪先までの姿を思い返してみる。
次いで、歩き走り、動いていた様も思い起こす。
(靴と手首、あと眼鏡と……)
あれとこれも怪しいな、と思考を飛ばすのは、仕込み武器となっていそうな部位だ。
靴と手首の仕込み武器は支給品だったから確実だろう。
他にも見覚えのあるものや、動きから推測できるものがいくつか。
先の戦闘で使わなかったのは、それだけの余裕があったからというのもあるだろうが、俺や藤堂の目があったというのも理由の一つだろう。
仕込み武器というのは本来敵の不意をついて使うものだから、できるならば知られることを避けるのが普通だ。
例え味方とはいえども、それが永遠に続く関係でもなし。
こうして一度手を組んだとしても、次の瞬間には敵同士、なんてことはよくあることだ。
一々仕込みの有無を確認してしまうのも、そんな習慣のせいである。
通常の仕込みは2,3個程度なのだが、委員長の仕込みはその倍以上。
その仕込みの多さから、おそらく委員長は仕込みを専門とした戦闘をするのかもしれない。
しかし、暗殺を得意とするというよりも策士的な行動の方が得意だとした方が、何となくしっくりくる。
「……ま、使いにくい武器なら金の足しにすりゃあいいわな」
呟いたと同時、俺と委員長はどちらともなく足を止めた。
木々によって視界は遮られてはいるが、その死角となる場所に気配が存在していると、今までの経験が培ってきた第六感が告げていた。
別に視界に頼らなくとも、臭いや音、風の動きなどが何が起こっているのかを教えてくれる。
「……どうやら運が悪かったみてぇだな」
「ええ、どうやら死んではくれなさそうです」
あの大きな声が原因なのだろう、藤堂のようなお人好しがもう一人駆けつけていた。
それも、あの獣に対処できるような、それなりの奴が。
とはいえ、一対複数の上に守るべき対象がいるという悪条件から、楽勝というわけではないらしい。
これなら藤堂が一人で行ってしまったことを理由に“しょうがなく”俺達も助けに行くことにしたと出て行ったほうが良さそうだ。
ヂギリ、とカッターの刃を出しながらその戦場に飛び出すと、何も言わずとも委員長もその後を付いてきた。
まあ、似たような教育を受けているから、そのほうが有益だということは委員長にも分かっているのだろう。
ただ、またしばらく藤堂と行動することになりそうだということに至極面倒くさそうな顔はしている。
飛び出したその先で見つけた藤堂は、偶然かこの場にたどり着いてはいたようで、ただ戦う男を助けることもできずに悲鳴を上げた男と縮こまっていた。
(なっさけねぇなぁ……)
でも、運が悪かったからにはこいつらも見捨てるわけにもいかない。
二匹がかりで二人に食いつこうとしていた獣を、一匹は切りつけ、もう一匹は勢いのまま蹴り飛ばす。
あ、やべ、と思ったときにはごきりと嫌な音を立てて、獣は首を変な方向へ拗らせながら木の幹にどうとぶつかり、息絶えた。
ああやはり、武器を介していないと手加減ができない。
手加減ができない死体は、なんというか見目が悪い。
別に、「死体が美しい」などという変態じみたことをいうわけではないけれど。
突然の乱入者に、場の空気がぴり、と少しばかり張り詰めたその隙を狙い、手近な獣をもう一匹切りつける。
ぎゃんと鳴いた獣の声に、戦っていた男は少しばかり我に返ったように己の獲物を構え直した。
己たちとは少しばかり配色の違う男の容姿にちらりと不安になるのは言語のことだ。
言葉が通じるならそれに越したことはないが、言語が違うならどうするべきか。
言葉を知らないフリをするか、それとも……、とそこまで考えたところで、藤堂の存在を思い出した。
どういう行動をとるにしろ、あれの行動を考慮しなければどれも悪手になりそうだ。
これは藤堂の行動とこの世界の住人の反応を見ながら対応せねばなるまい。
(ああくそ、めんどくせぇ、)
後手に回らなければならない現状に、ため息も舌打ちも押し殺して、代わりに八つ当たり気味に獣を蹴り飛ばした。
結果、趣味の悪い死体がまた一つ出来上がり、結局舌打ちをこぼすことになったのだけれど。