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さて、森を抜けた俺達は――――と、続けたいところなのだが、愛憎と未だ現在地は森の中だ。
それもこれも、プラス一人こと藤堂(結局敬語キャラは訂正できなかった)が頻繁に休憩を訴えたからに他ならない。
その回数が増していくにつれて、おかしい、という疑惑的な思考も増していった。
“あそこ”で生まれた人間は、誰であろうと訓練を受けることとなる。
才能があろうとなかろうと、それは誰一人として例外なしに。
勿論得手不得手によって飛ばされる過程なんかもあったりはするが、それでも基礎訓練は全員共通のものだ。
特に歩き方は初歩の初歩。
そこには大した個人差も生じないだろう。
しかし、藤堂のそれは足運びから足の踏み入れ方、体重の移動に至るまで出来無さ過ぎた。
弱い奴は訓練中に死ぬこともあるから、この年まで生きていることに驚くレベルである。
もちろん、性別的な差を考慮した上で、だ。
それなのに娯楽本の中に出てくるような夢物語の話に詳しいのだから不思議なものだ。
ああいうものは確かに誰にでも手に取れるが、それこそ余裕がなければ手を出そうとは思わない類のものだ。
だって、誰でも死にたくはない。
そんなものを読んでいるくらいならと、武器を握る者があそこには大勢いた。
まあ勿論、そういうものを好んで手に取る好き者もいたにはいたけれど、それこそ余裕があってできることだ。
訴えられて休憩を取ることが十回を超えて、委員長の機嫌もそろそろ最悪である。
こりゃ盾にして死ぬ前に委員長に殺される方が早いんじゃないかと思い始めてきた。
俺としても委員長が離れていくならば、藤堂を殺すか置いていくかするんだが。
そういえば、と小首を傾げた。
ここに来る前、俺と委員長は廊下をすれ違う程度には距離的に近くにいた。
だからこそ、こちらで気付いた時も近場に飛ばされたと考えていいだろう。
だが、この藤堂という女は一体どこにいたんだろうか。
廊下は見通しも良くて隠れる場所もなかったから、廊下にいたなら覚えているはずだ。
ならば離れた場所にいた?
それなら、このメンバーだけが同じ場所に飛ばされた理由がわからない。
「……なあ、藤堂。お前、ここに飛ばされる前どこで何してた?」
未だ肩で息をしている藤堂に投げかけた質問に、藤堂を視界に入れないように別方向へ視線を飛ばしていた委員長がちらりとこちらを見た。
俺と委員長は藤堂を挟んで対角線上にいるから気づいたものの、藤堂は気づいていないようだ。
(視線と気配の動きにも鈍い、と)
っていうか委員長がやばい。
何がヤバイって、位置がやばい。
今まで円を描くように座っていたはずの委員長の休憩位置が、何故か今回に限って藤堂の背後である。
ちなみに、俺は藤堂を挟んで委員長の向かい側で木を背にして立っている。
――余談だが、委員長と休憩の度に交代しながら見張りをしているが、今回は俺が見張り役なので木に体重を預けることはしていない。
とにかく、委員長は藤堂に抵抗するのも許さないために背後から殺る気満々って感じだ。
きっと俺の発言が少しでも遅かったら死体が一つ出来上がっていたことだろう。
「ええと……私、ですか?私は、車で送ってもらっていて……それで、ちょっとウトウトしてたら、あそこに」
「ふうん?“クルマ”で?」
はい、と頷く藤堂を尻目に、何気ない風を装って委員長に視線を投げると、委員長はゆるりと首を横に振った。
当たり前のように言うから俺があまりにも世間知らずで知識にないだけなのかと思ったけど、どうやら俺は正常らしい。
まあ、俺と委員長が揃って世間知らずって場合もなきにしもあらずだけど。
でもまあ、もし仮に、俺と委員長が世間知らずじゃないと仮定して、だ。
――藤堂東は、一体“どこ”から来た?“クルマ”っていうのは、一体“なんだ”?
戦えない上に動けない、体力もないし気配にも疎い。
けれど俺達の知らない“何か”を知っているらしい。
夢物語の仮説然り、“クルマ”然り。
しかしなぁ、と内心眉を寄せた。
知識は確かに大事だろう、けどそれ以上に大事なのは生き残るための力だ。
それがあってこその知識だ。
力のないままに知識を披露しても、悪戯に寿命を縮めるだけ。
きっとこの藤堂という女は、そういう類の人間だ。
知識はあっても、知恵はない。
そんな判断を下しながら、「なあ、藤堂」と声をかけた。
「お前、戦ったことあるか?」
「え……?喧嘩、なら……ありません」
音が言葉になった瞬間、委員長が地を蹴った。
それまでの苛立ちも積み重なったのだろうが、どうやら委員長は思いのほか直情型だったらしい。
その足が、藤堂の死角から首筋を捉えようと牙を剥いた、その時。
――森の中を、絶叫が木霊した。
瞬時にその方向と距離を推測し、「委員長!」と声を張り立ち上がる。
声の発生源はどう考えてもそれなりに近く、ここで血の臭いを少しでも出すのは得策とはいえない。
無駄に獣を呼び寄せて戦う必要はない。
呼びかけの意味を正しく理解したのだろう、舌打ちでもしそうな顔で瞬時に藤堂から距離をとって、何事もなかったかのように周囲を警戒しながらこちらに小走りに寄ってきた。
藤堂を見てみるが、やはり委員長の行動には気づいていないらしい。
「い、今の……」
「さっきの俺達みたいに獣に襲われた、って考えるのが妥当だろうな。急いでここを離れるぞ」
「離れる、って……っ助けにいかないんですか!?」
「っああもう馬鹿!お前ってほんと馬鹿!」
……言うかな、とは思っていたが、本当に言うとは思わなかった。
けれど、これで確定だ。
――藤堂東という女は、俺達のいた世界とは違う、随分と平和な世界で生きてきたらしい。
命の取り合いなんて夢物語のような、そんな世界で生きてきて。
“助ける”という、傲慢で偽善に満ちた甘言を吐ける、なんて。
はあ、とゆっくり息を吐いて、激情をやり過ごす。
流石にさっき委員長を止めた手前、キレるわけにはいかないだろう。
「……へいへい、好きにしろよ。ただし、俺は行かねぇぜ。助けに行きたきゃテメェだけで行けよ――あ、それとも委員長行く?」
「――まさか」
「そんな……だって、二人とも、あんなに強いんだから助けてくれるくらい……」
嘲笑+鼻で笑うという委員長のコンボに、藤堂は信じられない、という顔をして俺達を見た。
何をそう不思議がるもんかね。
大方俺達の力を頼りにしていたんだろうが、正直そんなものは鬱陶しいだけだ。
力のあるものは力のないものを助けなきゃいけないという馬鹿げた理論でも信じているのだろうか、――ならば俺は、テメェでやれよと言わねばなるまい。
「俺達だって死にたくないのさ。お前だって、行っても死体を増やすだけだと思うがね」
「…………それでも、私は……」
見えなくなった藤堂の姿に、ひょい、と肩を竦めた。
全く、ここまで予想通りだと逆に清々しい。
「風下に回ろう。運が良けりゃ、武器とか色々手に入る。運が悪くても、近場の町とかへの案内人が手に入るだろ」
「……まさか、助けに行くつもりですか?」
眉をひそめた委員長に、思わず笑う。
「――……それこそ、“まさか”、だろ?」