第7話:わりぃがあいにく縁遠い言葉でね
「アリス、ICチップを渡せ。おめぇには、ちと荷が重すぎる」
佐久間は煙草を咥え、マッチを擦って火を付ける。時速何百キロと言う速度で走る車に冷たい風が吹き付ける。
「嫌よ」
「なぜそんなに拘る」
佐久間は風に飛ばされないよう帽子を引き寄せ、紫煙を吐き出す。
「殺したい奴がいるって言ったでしょ。その奴がICチップを狙っているって噂を聞いたの」
アリスは試すような視線を巡らせる佐久間をミラー越しに見据え言った。
「このICチップを持っていれば奴は必ず私の前に現れるはずよ。だからICチップは渡せない」
「どこまでも強情な嬢ちゃんだ」
「それはどうも。で、このICチップに何の価値があるわけ? あなたなら分かる筈よね?」
アリスはICチップを取り出し、訝しげに見つめた。
「ちょっと待て、お前、今どっから出した」
「どっからって、口よ、口」
大きく口を開けて舌を出すアリス。佐久間は一瞬驚いた顔を見せ、次の瞬間にはやられたと言う顔になっていた。
「くそっ、おめぇの身体調べてもねぇはずだ……まさか口ん中とは……」
「身体を調べた!? 変なことして無いでしょうね!?」
青ざめた顔で佐久間を睨み付けるアリスを、佐久間は呆れたように諭す。
「安心しろ、ガキ相手に興奮するのはロリコンだけだからな」
「なっ! 失礼な人! これでももう20歳よ?」
「おめぇが20歳!? どうみてもミルクから離れたばっかりのガキだろうが」
「あなたこそ、ちょっとは礼儀を弁えたらどう?」
「わりぃがあいにく縁遠い言葉でね」
「……もう、なんでもいいわ! で、このICチップに何の価値があるのよ!」
アリスは息も荒いまま、足を引きずり助手席へ飛び込む。そして、ICチップを佐久間の顔に突きつけた。
「危ねぇだろうが」
佐久間は慌ててハンドルを切った。そして煙草を肺に思い切り吸い込むと、白い煙を吐き出す。それを何回か繰り返した後、アリスを見つめた。
「このチップの中身見たんだろ?」
「ええ、見たわ。でも中身はただ数字が並んでいるだけ。最初は暗号かと思ったけれど、そうでもないみたいだし」
「そりゃあ、パスワードだ」
「パスワード?」
「この続きはアジトに帰ってからだ。どうも気がのらねぇ」
「もったいぶらないでよ」
文句を言うアリスを横目に佐久間は強くアクセルを踏んだ。アリスは生殺しにされているような気持ち悪さを感じながら、流れる景色を見ていた。