第4話:関係ないでしょ、あなたに
アリスが次に目を冷ましたとき、初めに見たのは、新聞を読みながら紫煙を吐き出す佐久間の姿だった。
佐久間……どこかで聞いたはずだ。アリスは起きたばかりで朦朧とする意識の中で思った。死神の佐久間。有名な腕利のガンマンだ。風の噂で引退したと聞いていたが、まさかこんな所で会うなんて……。
アリスはすぐさま辺りを見回す。どれくらい気を失っていたのか。窓はしっかりとカーテンがひかれていて、太陽の光すら入らない。
古ぼけたベットから立ちあがろうとするものの、体が言うことをきかなかった。手足が縄で拘束されていたのだ。
アリスは目の前で悠々とコーヒーを飲む、髭面の男を思いっきり睨み付けた。
「ハゲ! ヒゲ! エロジジイ! ロクデナシ! 離して!」
佐久間は新聞に目を落としたまま、一向にこちらを見ようともしない。拘束している縄を解こうと力一杯足掻いてみるものの、きつく縛られた縄は余計にアリスの白い肌を蝕んでいく。アリスがのた打ち回る度、古いスプリングが悲鳴をあげた。
「離して! 聞いてるの、佐久間!」
「あ〜うるせぇ! お前、自分の立場が分かってねぇようだな、お嬢ちゃん」
散々と文句を撒き散らすアリスを、佐久間は見かね、ようやく新聞をテーブルに置いた。相変わらず帽子に隠された目が、とてつもなく恐ろしく感じられ、アリスは少し身じろいだ。
佐久間の手がアリスに近く。アリスは自分でも情けないほど体が強張るのを感じた。佐久間の手が、縄に触れる。すると、アリスを拘束していた縄がするりとベットに落ちた。
「なん……で……」
「あ? まだ文句あんのか、お嬢ちゃん」
佐久間は不機嫌そうに声を荒げると、またさっきの場所へ戻り、新聞に目を落とす。一体、何なんだというのだ。アリスは、佐久間の考えていることがさっぱり分からなかった。これでは逃げて下さいと言っているようなものではないか。
「一体何を考えてるのよ、あなた」
「お前は逃げねぇ、そうだろ?」
アリスはまるで心を見透かされたような感覚に陥った。佐久間は帽子を深く被せ、にやりと笑う。その表情は色気さえ感じさせる。アリスは一瞬でも佐久間に見惚れてしまった自分を恥じて、顔を赤く染めた。
「はっ、ちったぁ女らしい顔もできんじゃねぇか」
「うるさい!」
アリスは横にあった縄を力いっぱい投げつけた。佐久間は投げつけられた縄を片手で受け取ると、いらやらしい笑みを浮かべた。
「また縛られてぇのか、お前は。ははぁん、さては……意外とそう言う趣味か」
「そう言う趣味って何よ! えろじじい」
「あったまきた。やっぱりお前には縄が必要らしい」
佐久間はからかうような視線を向けアリスを見つめた後、1、2度咳払いをして真剣な表情を見せた。
「なぁ、歌姫さんよぉ、堅気の人間のお前がどうして盗みなんかしたんだ」
突き刺さるような眼差しにアリスは心臓を速まらせた。この男には嘘はつけない。なぜかそう感じていた。
「少なくとも私は堅気なんかじゃないわよ。今だってある男を殺したくて殺したくて堪らないんだもの」
「ICチップを盗んだのもそれと関係があるって訳か……」
佐久間の言葉にアリスは答えようとはしない。
「やめときな、嬢ちゃん。俺は人の事をとやかく言うような野暮じゃねぇ。だがな、おめぇに人は殺せねぇよ」
アリスは佐久間の言葉に少なからず衝撃を受けたようだった。何かを言いかけようとしたが、言葉を飲み込む。
暫くしてアリスは俯きながら呟いた。
「でも、私は両親を殺したあの男を許すことはできない」
「穏やかじゃねぇなぁ。その話詳しく聞かせてもらえねぇか」
「関係ないでしょ、あなたに」
佐久間は静かに腰にかけた拳銃を取り出した。只ならぬ佐久間の様子に、緊張が走る。
「……本題に入りたい所だが、そうもいかねぇみてぇだな」