第30話:あなたって本当に嫌な男!
「んっ……」
ルドルフの顔がすぐ目の前にある。唇にあたる柔らかい感触。甘い煙草の香り。アリスはこの状況が何を示すか、理解できずにいた。
そして、いよいよアリスの口内にルドルフの舌が入り込んで来た時、アリスはやっとのことで抵抗をした。
「…っ何すんのよ!」
「言ったろ、その顔はそそるって」
ルドルフは悪びれる様子もなくそう言うと、妖艶な笑みを顔に張り付けた。息も絶え絶えなアリスに比べ、ルドルフは余裕な態度で煙草に火をつけている。
「な、何を言って……」
アリスの困った様子が可笑しかったのか、ルドルフはククッと喉を鳴らした。アリスはまたデジャヴを感じた。今度は確かにアリスにある男の感覚を思い起こさせる。
「まさか……」
アリスが話そうとしたとき、ヘリコプターを操縦していた男たちが言った。
「佐久間、アリスにそんな事をして許されるとでもお思いですか?」
「そうそう。抜け駆けは良くないんじゃないの? 佐久間ちゃん」
ルドルフの部下であるはずの男たちは、顔からめりめりと皮膚を剥がしとると、ルドルフを睨み付けた。
「ネスティ、トーイ!」
「アリス、そこにいる変態をぶん殴ってやれ」
「ちょっと待って……何で二人がいるの? それに佐久間は……」
「『佐久間じゃなきゃ嫌』……ねぇ」
ルドルフはアリスの言葉を遮るように言うと、相変わらず意味深な笑みを浮かべていた。アリスは戸惑いを隠しきれず、ルドルフを怪訝な顔で見つめる。
「あなたは一体……」
人工皮膚を剥がすときの独特の音をたて、現れたのは、ルドルフの部下たちに追われているであろう佐久間だった。
「佐久間!」
「そんなに俺が好きだったとはなぁ」
紫煙を吹かす佐久間。アリスの顔は見る見るうちに赤くなっていった。
「な、な……」
佐久間に言わなければいけないことは沢山あった筈なのに、複雑な感情が混ざり合いアリスは口を金魚のようにぱくぱくさせた。
「な、な、何なんよ! それに今、キ、キ……」
「ごちそうさま」
飄々とした表情のまま佐久間はそう言うと顔にかかった黒髪をかきあげた。アリスはそんな佐久間を一瞥すると、大きく足を蹴り上げた。狭い機体の中では逃げ場もなく、佐久間はアリスの足を抱えて顔を青ざめた。
「危ねぇだろ!」
「知らないわよ、そんなこと! いつからよ! いつから本物と擦り変わったのよ。それに、ルドルフは今……!」
「アイツならフィンデル銀行でお寝んねさ」
アリスは肩を揺らしながら佐久間に責めよった。佐久間はアリスの今にも暴れだしそうな足をウンザリとした顔を浮かべながら掴んだ。
「煙幕で連中があたふたしてる間に型をつけたんだよ。ったく、おめぇも気付けよ」
「分かる訳無いでしょ! ……ホントに何なのよっ」
アリスはそう言うと、佐久間に向かって大きく腕を振りかざした。もちろんその攻撃は佐久間に当たる事もなくすっぽりと佐久間の手の中に収まってしまった。
「『俺じゃなきゃ嫌』なんだろ? 文句あんのか?」
佐久間はアリスの絶え間なく続く攻撃をするりと交し続け、挑戦的な笑みを浮かべた。その妖艶すぎる独特のオーラにアリスは身じろぐ。
「あなたって本当に嫌な男!」
「最高の褒め言葉だな」
真っ赤な顔をして悪態をつくアリスを、佐久間は短く笑った。