第3話:素直じゃねぇ女は嫌いだね
「なん…で…」
今まで見破られたことの無い変装をいとも簡単に解いてしまった男に、アリスは少なからず恐怖感を抱いていた。明らかに今まで相手にしてきた輩とはレベルが違う。
「なんで分かったかって聞きてぇのか。答えは簡単さ、おめぇの匂いだよ」
馬鹿なことをした。アリスはそう思い、顔を青ざめた。疑いをかけられないよう昨夜も普段どおりに仕事が終わってから侵入したのだ。その時、フレングラスを付けたままで行動してしまった。昨日と同じフレングラスの香り。
鋭い男の洞察力にアリスは恐怖を感じずにはいられなかった。
「答えろ、ICチップは何処だ」
アリスを真っ直ぐに見つめる男の目は何処までも深い闇が広がっている。アリスは弱気な自分を奮い立たせ、男を睨み付けた。
「教える訳無いでしょう」
「素直じゃねぇ女は嫌いだね」
男は片方の手で、アリスの両手を抑えた。
「離してっ」
男の手一つで全身の動きが拘束される。今まで男とそれなりに張り合ってきたのだ。男と女の力の差をこれだけ見せつけられるのは、初めてと言ってもいいぐらいだろう。
アリスがいくら抵抗しても男の腕はビクともしない。
「あたしもあなたが嫌い」
アリスは大きく目を見開くと男の目を見据えた。
男はその視線を跳ね返すように、目を光らせた。急に真剣になった男の表情にアリスは恐怖を感じ身じろぐ。そんなアリスを嘲笑うかのように、男の手がアリスの胸の辺りを弄る。
「なっ、何すんのよ!」
「お前が女なら、口を割らせるのは拷問だけじゃねぇしな」
男は抵抗するアリスを無理やりねじ伏せ、首筋を舐めるように顔を近づけた。アリスの首筋に当たる男の髭の感触。
「やぁあ」
アリスが何とも間抜けな声を出すと、男は急に手を止め、笑いを堪え始めた。
「……くっ、くっ! 冗談だよ。俺はロリコンじゃねぇんでな」
アリスはとてつもなく失礼なこの男を今すぐ殺してやりたい、そう思っていた。相変わらず笑いを堪える男の鳩尾を狙い、アリスは力いっぱい足を蹴りあげる。
「おっと、危ねぇ。言うこと聞かねぇ悪い足はこうしねぇと」
男は蹴り上げたアリスの足を持ち上げ、アリスを逆さ吊りにする。アリスの抵抗空しく、ついに軽々と抱き上げられてしまった。彼女の虚しい叫び声が辺りに響く。
「離して!」
「往生際がわりぃなぁおめぇは」
男は状況を楽しむかのように笑い声をあげた。アリスの蹴りを容易に避けるとは、この男が只者では無いことだけは確かだった。
「あなた、一体何者? 誰なのよ!」
アリスは男に抱きかかえられた状態で、未だに抵抗をし続けている。
「俺かぁ?俺は佐久間だ」
「佐久間……」
どこかで聞いたような名だ。アリスはそう思った。
「さぁ、嬢ちゃん。そろそろ、お寝んねの時間だ」
男の低い声が耳元で聞こえた瞬間、アリスは首筋に大きな衝撃を感じた。
「……っ」
だんだんと遠のいていく意識の中に、アリスはただ身を委ねた。
「ったく。強情な嬢ちゃんだ」
佐久間はようやく意識を失ったアリスを見て、ため息をついた。