第28話:天国に連れてってよ、佐久間
アリスを受け渡さなかったら殺す。ルドルフの言葉はアリスに大きな動揺を広げた。
「そ、そんな条件受け入れられる訳無いでしょう?」
動揺するアリスをルドルフは面白がるかのように、見つめた。銀色の目は真っ直ぐにアリスを捕らえており、アリスは息を呑んだ。
全く表情を変えず何も言わない佐久間。アリスは不安な気持ちを遮るように佐久間を見上げた。
「トーイ、どれぐらいかかる」
「3分、いや2分だ」
顔は前に向けたまま、佐久間はトーイ言葉に耳を傾ける。トーイはにやりと笑うとその姿を煌びやかな宝石の中へと隠した。アリスは不可解な会話の内容に首を傾げる。
「なぁロリコンさんよ。コイツの何処が良いんだ?」
佐久間は、アリスを鼻で指すと、ルドルフに向かって意味深な笑みを浮かべた。
「それは貴方が一番分かっているのではないですか?」
「さあなぁ」
佐久間は嘲笑うかのような笑みを顔に貼り付け、眉間に皺を深く刻んだ。アリスには佐久間が今何を考えているのか全く理解することが出来ない。
佐久間を一瞥し、ルドルフはアリスを見下ろして言った。
「アリス、さぁこちらへ」
ルドルフの銀色の目がゆっくりを捉える。
「本当に私があんたの物になったら皆を見逃してくれるのね」
「ええ、もちろん」
皆が助かるなら私はどうなっても構わない。アリスがそう思い、言葉を言いかけた時、佐久間はアリスの肩を強く握った。痛いくらいの力が加わり、アリスは思わず言葉を失う。
アリスを見下ろすルドルフの瞳には、淀んだ欲望が渦巻いているのが、十分に見受けられる。しかし、ここでアリスがルドルフの要求を断ったら、確実に佐久間達は殺されるだろう。アリスは唇を噛みしめ、ぎゅっと目を閉じた。
「分かったわ、ルドルフ、あなたに付いていく」
冷静に言い放ったアリスは佐久間の腕をするりと交し、ルドルフの前へ進んだ。佐久間は何も言わず、アリスに鋭い視線を注ぐ。アリスは一瞬、何かを言いかけたが、すぐにそれを濁すように笑った。
「良かったわね、佐久間。子供のお守りしなくて済んで」
「言いたい事はそれだけか」
佐久間はアリスをぎろりと睨むと、ペルマルに火を点す。
「煙草もうちょっと控えたらどう」
「他に言いたい事は」
「女性には優しくしなさいよ」
「他には」
「私みたいな色気たっぷりの女に悪態を付くのは佐久間だけだもの。もう佐久間にクソガキだのサルだの言われなくて済むと思うと、本当に清々するわ」
「清々したって顔かよ」
佐久間は今にも涙が零れそうなアリスの顔を、可笑しそうに見つめると紫煙を吐き出した。
アリスは反論しようと口を開いたが、どうにも流れる涙が邪魔で言葉さえ出ない。
ルドルフの悪意に満ちたそれとは違う、佐久間の青みがかった漆黒の瞳。その目には強い意志が感じられ、そして色気さえも醸し出している。アリスは自分の心を全て見透かされているような気持ちになり、佐久間から目を離した。
「こういう時くらい甘えたらどうだ」
佐久間は短く揃った顎鬚を一撫ですると、帽子を深く引き寄せた。その行為が何だか照れ隠しのように思えて、アリスは不謹慎にも可愛らしいと思ってしまった。
少しの諦めと、少しの安堵。アリスはゆっくりと深呼吸をし、最高の笑顔をみせた。
「天国に連れてってよ、佐久間」