第25話:今鳴いた烏がもう笑ってやがる
スナイパーはBBの死を確認すると一斉に銃を放った。佐久間達は、一切怯まず確実な腕で一人ずつスナイパーを仕留めていく。しかし、倒しても倒しても新しいスナイパーがアリス達を目掛け銃を放ってくる。
「ったく、キリがねぇ!」
「佐久間ちゃん、神にお祈りでもしちゃう?」
「余計な事言ってねぇで、何とかしろ!」
「こういう時は、逃げるが勝ちです」
ネスティの言葉に同意した3人は、非常階段へと走った。
「アリス! どこ行くんだよ! そっちは……」
「ホープダイヤを盗むんでしょ? 私中途半端は大嫌いなの」
アリスは上へと続く階段を上り始めた。アリスはホープダイヤを盗む事で最後の決着をつけたかったのだ。BBへの憎しみも、辛い過去も。アリスは確実に未来へと進もうとしていた。
「しかしセキュリティカードがなければ、例えパスワードが分かっていたとしても金庫に入るのは難しいかと……」
「セキュリティカードってこれの事?」
アリスは一枚のカードを差し出し、ゆらゆらと左右させた。それは明らかに佐久間達が求めていたものであった。佐久間は一瞬驚いたような顔を見せ、真剣な顔つきでアリスを見据えた。
「さっき、逃げる時、BBの懐から頂戴したの」
アリスはそう言うと舌を出して笑った。
「だってさ、佐久間ちゃん」
「……ホントに感心するよ、おめぇには」
ぶっきら棒にそう言った佐久間の声が、アリスはどこか笑っているように感じた。
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「ルドルフ様、お疲れ様でございます!」
「あぁ……ご苦労」
組織のナンバー1であるルドルフに警備員たちは、丁寧にお辞儀をした。
「ここから先は関係者以外立ち入り禁止ですが……」
二人の警備員は、ルドルフの後に続く、髭面の男と、敗れたドレスを身にまとう女、そしてスーツを着た端正な顔の男を、怪訝そうに見つめた。
「あぁ良いんだ、この物達は私の連れだ」
「失礼しました!」
深々と礼をする警備員たちを尻目に、ルドルフ達は先を急いだ。
「ホントにトーイの変装は神業ね」
アリスはルドルフに化けたトーイの姿を、視線を巡らせまじまじと覗き込む。
本当にこの男たちの能力は並みではなかった。普段はおどけているが、銃の腕は天下一品だ。先程のあれだけの数のスナイパーも、結局ものの10分程度で全滅させたのだから。
「まぁ俺様に掛かればちょちょいのちょいよ」
「馬鹿にも1つくらい取り柄がないと困りますからねぇ」
ネスティはトーイを一瞥すると、満面の笑みでそう言う。ネスティの言葉にうな垂れるトーイを見て、アリスは頬を緩ませた。
「今鳴いた烏がもう笑ってやがる」
佐久間はアリスを見て、先程とはうって変わった優しい笑顔を見せた。
「煩い! 大体なんでもっと早く助けに来ないのよ」
「ピンチの時に現れなきゃ、有り難味がねぇだろ?」
照れ隠しでもするかのように素直じゃないアリスを、佐久間は煙草を咥えたまま意地悪な笑顔で見据えた。
「サディスト!」
アリスの言葉を聞くなり、佐久間は低い声で笑う。
銃を撃つ時の怖いくらいに色気のある姿も、意地悪な事を平気で言う姿も、何もかもが愛おしい。アリスは佐久間の知らない姿を見るたびに自分の気持ちが膨らんでいくのを感じていた。
「気付かれるのも時間の問題だ。さっさと済ませるぞ」
「ええ、先程のスナイパーの残骸を見つけたら、奴らも躍起になって殺しに来るでしょうから」
「ふんっ、ご苦労なこった」
佐久間は帽子を深く被り直し、にやりと笑った。
ホープダイヤを盗み、無事脱出できたら……それからどうなるのだろうか。アリスの頭に一抹の不安がよぎる。
佐久間の事だ。特定の女を傍に置いておくなんてしない筈だ。今アリスと一緒に行動している事さえ、珍しい事なのだから。
「行くぞ、アリス!」
いつの間にか先を進んでいた佐久間は、立ち止まっていたアリスを呼んだ。相変わらずの無愛想な表情の佐久間。アリスはそんな佐久間に苦笑すると、不安を振り切るかのように、佐久間の後姿を追った。