第23話:そこのクソ餓鬼のベビーシッターさ
BBに連れてこられた部屋はパーティ会場から何階か上の部屋だった。悪趣味なソファに、高価な装飾の数々。どうやらBBのプライベートルームらしく、辺りには誰も見当たらない。まさに二人きりの絶好のチャンスだった。
勝手に行動したアリスを今頃、佐久間達は怒っているだろうか。アリスの頭にふとそんな事がよぎった。
「マリア、さぁ、もっとこっちへ来い」
アリスはBBに腕を掴まれ、ソファーに引き寄せられた。BBはアリスの身体をまるで舐めるかのように入念に触った。アリスは嫌悪感に思わず悪態をつきそうになるが、ぐっとこらえ笑顔で繕う。
「良い女だ」
これがもし佐久間に言われたとしらたらどんなに良かったか。アリスはこんな状況で、不謹慎な事を考える自分に苦笑をし、ゆっくりと太ももに隠したナイフを探った。
「BB様」
「何だ、マリア」
「本当に私の事を覚えていらっしゃらないの?」
アリスがそう言ったのと同時に、BBの顔に少しばかり動揺が広がる。アリスのナイフはBBの首元を確実に捉えていた。少しでも動けば切れ味の良いナイフがBBの喉元を切り裂くだろう。いくらナンバー2と歌われるBBでも、こんな体勢にされては一溜まりもない筈だ。
「くはっ、ははは!」
絶体絶命に陥っているはずのBBはアリスを見て高らかに笑った。
「何がおかしいのよ」
アリスは高笑いをするBBを訝しげに睨み付けた。
「お前からわざわざ出向いてくれるとはなぁ。覚えているとも……お前はマリアの娘、アリスだ」
「そう……覚えていてくれたとは光栄ね」
「忘れる筈がない。マリアは、それはいい女だったからな。そう言えばアイツもいい声で鳴いたなぁ」
BBの言葉にアリスは頭に血を上らせた。アリスはゆっくりとナイフを持った手を動かす。BBの首筋から赤い血がすぅっと流れた。
「今すぐ殺してやってもいいのよ」
「母親そっくりだ。いい女になった」
BBはアリスを舐めるように見つめた。
「あんたのその目、大っ嫌いよ」
「お前には俺しかいない。そうだろう? 事実、お前は俺に対する憎しみだけで、生きてきた」
「違う」
「いや、違わないなぁ。お前は俺を殺すためだけに生きてきた。つまり俺はお前の全てなのだ」
BBはナイフを素手で掴みとると勢いよくアリスの手から引き抜いた。BBの手の平から血が滴り落ちる。何と言う精神力だ。BBは痛みなど感じていないかのように、平然としていた。
「さぁ12年前の約束を果たそうか」
「痛っ!」
一瞬アリスがひるんだ隙に、BBはアリスの腕を引き思い切り床に叩きつけた。そして目にも止まらぬ速さで、アリスの両手を脂ぎった腕で拘束する。アリスがいくら抵抗してもビクともしない。アリスはBBの汚らわしい目を見て、改めて恐怖を感じた。
「離して! いやぁああ!」
BBの手がアリスの体中を探り始める。アリスの頭の中には、12年前、無残に犯され殺された母の映像がフラッシュバックしていた。
「じきに良くなるさ」
そう言うとBBはアリスのドレスを胸元から勢いよく引き裂いた。体中を這いつくばる悪魔のような手は留まる事を知らず、アリスの胸を強く揉みしだく。
早く助けを呼ばないと本当に殺される。無線の電源を入れればいい。耳元にある小型無線の電源を触ればいいだけ。しかし、頭とは裏腹にアリスの体は全く言うことをきかなかった。今頃になって恐怖心がアリスの体を蝕んでいた。アリスは思わずぎゅっと目を閉じた。
「おめぇのテクニックじゃあ濡れるもんも濡れねぇなぁ」
「誰だお前は!」
突然聞こえた声に、BBは白髪を振り乱して振りかえった。そこには、佐久間の姿があった。佐久間はゆっくりと拳銃をBBに向ける。
佐久間の顔は一発で怒っている事が分かるぐらい、冷たくそして残酷な表情をしている。
「そこのクソ餓鬼のベビーシッターさ」
アリスは、銃を構え狙いを定める佐久間の姿に、ぞくりとした色気を感じた。