第18話:言ったでしょ、甘え方をしらないの
「ホント子供。馬鹿みたいね、私」
アリスは押さえつけられた状態のまま悲しく微笑む。佐久間は弱った子供のようなアリスを見つめ、ため息をついた。
「餓鬼のお守りは苦手なんだがな」
アリスの白く透き通るような腕を引き、アリスをベットから起こして強く抱き寄せた。アリスの濡れた髪から落ちた雫が、佐久間の肌を伝う。
「佐久間、濡れるわよ」
「構わねぇさ」
「煙草臭い」
「我侭な嬢ちゃんだ」
そう言った佐久間の声がいつもより優しい気がして、アリスはふっと微笑みを漏らした。張り巡らされていた糸が切れたように、涙を流すアリス。佐久間は、腕の中で小さく震えているアリスを強く抱きしめた。
「怖いの、凄く怖い」
「あぁ」
「私はBBを殺せないかもしれない」
「あぁ」
肯定もせず、そして否定もせずに佐久間はただ頷いた。
「母はね、BBに犯されて殺されたの。私は何も出来なかった……、怖くて怖くて動けなくて」
佐久間は何も言わずに、アリスを抱く手に力を込めた。
「奇跡的に逃げれたって言ったけど、本当は違うの。BBはワザと私を逃がした。その時言ったわ、私が大人になったら母と同じように殺すって」
取り乱すことなく、アリスは静かに涙を流す。
「佐久間は言ったわよね、一瞬の迷いは死を意味するって」
「あぁ」
「もし私がBBに殺されそうになったら、佐久間、あなたが私を殺して」
佐久間は何も言わなかった。沈黙が辺りを包む。
「天国に行くなら佐久間の手がいいわ」
アリスはそう言うと、佐久間の顔を見据え笑った。そんなアリスに佐久間はまるで試すかのような視線を巡らせる。
「守ってくれとは言わねぇのか」
「言ったでしょ、甘え方をしらないの」
アリスは真っ直ぐに佐久間の目を捉えた。佐久間は何も言わない。いつもと変わらない佐久間の表情。その心情は読み取ることが出来ない。
「天国なら何時でも連れて行ってやる」
そう言うと佐久間はアリスを強く引き寄せた。頬にあたる髭の感触、煙草独特の甘い香りがアリスを優しく包む。
「そっか……ありがと」
アリスは赤くなった頬を隠すように、するりと佐久間の腕から逃れるとベットに潜り込んだ。
「ちょっと待て、お前何処で寝るつもりだ」
「おやすみ、佐久間」
アリスはひょっこりと布団から顔を出すと、佐久間の立派なあご髭にキスをした。そして何事も無かったかのように目を閉じる。
「おいっ。……ったく」
ぎゅっと目を閉じたまま、微動だにしないアリス。佐久間は隣で背中を丸めるアリスを呆れたように眺めると、煙草を取り出し火をつけた。
そして灰皿に煙草が何本か増えた後、ようやくアリスの静かな寝息が聞こえてきた。
「参ったな」
佐久間の言葉は静寂の中にそっと溶け込んでいった。