第17話:可愛くねぇな
幼いアリスの見た惨劇はあまりに酷い。
―やめて、やめて……―
「いやぁ!」
アリスは勢いよくベットから飛び起きた。忘れる事のできないあの光景が、脳裏を掠めて行く。久しぶりに見た両親を殺されるあの時の夢。12年も経ったと言うのに、色褪せる事が無い。朦朧とする頭を引きずり、バスルームへ向かう。時計の針は既に新しい一日を知らせていた。後何時間かすれば……そう、BBを殺せば、この重苦しい過去から決別できるのだろうか。
シャワーの蛇口を捻り、頭から水を浴びた。動きやすさを重視して着ていた白のタンクトップと黒のホットパンツ。勢いよく流れた水を含み、どんどんと重みを増す。どれだけ頭を冷やしたとしても、どれだけ目を瞑ったとしてもあの光景は忘れる事はできない。
アリスは肌に張り付くタンクトップに顔を顰めた。絶える事の無い水滴は、涙なのか、それともただの水なのか、それすら今のアリスには分からなかった。
アリスは滴る雫もそのままに、部屋を飛び出した。無意識の内に向かったのは、佐久間の部屋だった。
アリスは力なく佐久間の部屋のドアを叩く。
ゆっくりと開けられたドアから出てきた佐久間は、風呂上りなのか帽子を被っておらず、黒髪は無造作に流れていた。
「何考えてんだ、こんなかっこで!」
「佐久間……」
佐久間は水浸しのアリスの姿を見て、ぎょっとした様子だ。アリスが何かを言う前に、強く引き寄せ部屋に押し込む。
「何があった」
明らかに不機嫌な佐久間の顔。
「怖い夢を見たの」
「あぁ?」
佐久間は呆れた顔でペルマルに火を付けた。紫煙を吐き出すと、アリスに向かいタオルを投げる。
辺りには電気スタンドの明かりだけが、輝いていた。薄暗い部屋では佐久間の姿も正確に捉える事ができず、アリスは佐久間がとても遠い存在のように思えた。
「こんな時間に男の部屋に来るって事は、どういう事か分かってんだろうな」
「分かってる」
「分かってねぇなぁ」
「ちょっ……」
佐久間はアリスを抱えあげると、ベットに投げ込んだ。両腕を痛いくらいに押さえつけられたアリスは、抵抗するでもなくただ佐久間を見つめた。
アリスの華奢な身体が、息をする度に大きく揺れ動く。白のタンクトップは肌にぴったりと張り付いていて、アリスの身体のラインをまざまざと見せつけている。世の男が今のアリスの姿を見たら、誰しも理性を失うだろう。
佐久間は一度喉を鳴らし、何かを振り切るように目を閉じた。
「おめぇには隙がありすぎる」
いつも以上に怖い顔。ゆっくりと開けた佐久間の目には、相変わらず漆黒の闇が広がっていて、アリスの心は強くかき乱される。
「わざとよ」
「可愛くねぇな」
「甘え方を知らないの」
佐久間は小さく舌打ちをして、濡れたままの髪をかきあげた。
「泣けよ。まだ子供なんだ、泣いたって誰も責めはしねぇ」
佐久間の言葉はアリスの冷えた身体にゆっくりと染み込んでいった。