第16話:そうするわ、おやすみなさい
新たにトーイも仲間に加わり、メンツとしては申し分ない。両親を殺され独りで生きてきたアリスには、皆で食べる食事も、洗面台の争奪戦も、どれも幸せに感じた。仲間がいると言うのはこんなにも心強いのか。
しかし、平和な日々は長くは続かない。決戦の日はあっという間に来た。約24時間後には4人は大きな仕事をしなくてはいけない。もう後戻り出来ない。それはアリスが望んだことなのだから。
「ねぇ後、どれぐらい?」
「10分ってとこですかね」
アリス達を乗せた車が、夕暮れの街並みを軽快に走っていく。フィンデル銀行の近くに高級ホテルを予約したのだ。いつもは地下で細々と生活をしている彼女たちが、一流のホテルに泊まるとなれば、もちろん心躍るだろ。
「ソファーで雑魚寝はウンザリ。ネスちゃん、もちろん一人一部屋だよね?」
心躍る男がここにも一人。助手席に座っているトーイは後部座席のネスティを見て、まるで犬のように目を輝かせて言う。
「ええ。決戦は明日ですからね、ゆっくり休む為にも……」
「アリスちゃん、俺の部屋で一緒に寝ようね〜」
「トーイ、聞いているんですか!」
「俺が手とり足とり教えてあげるから」
「トーイ!」
ネスティの言葉も聞かず、アリスに詰め寄るトーイ。ネスティの顔は相変わらず崩れもせずに美しいが、そのオーラはどす黒い。アリスはそんな二人を見て、顔を緩めた。
明日はいよいよ決戦の日だと言うのに、何も変わらない態度。いつものように馬鹿馬鹿しくて可笑しい会話を、いつものように繰り広げる。経験を踏んでいる彼らには、どうってこと無い事なのだろうか。しかし、アリスはどうしても正気でいられなかった。まるで自分と闘っているようだと、アリスは感じていた。
「着いたぞ」
先程から黙々と紫煙をふかし、運転をしていた佐久間はぼそりと呟くと、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。アリスは、慌てて佐久間の後を追った。
着いたホテルは、高級ホテルの名に恥じない堂々とした造りになっていた。ため息が出るような美しい外観も、すれ違う人々も、全てが別世界だ。アリスは自分とは全く不釣合いなその環境に少し躊躇した。
「決行は明日の夕方。今日はもう遅いですから、皆さんゆっくり休んで下さい」
「じゃあ俺はちょっくら、バーにでも行って来ようかな」
「トーイ、酔い潰れて使いもんにならなかったら、どうなるか解ってんだろうな」
佐久間は癖のある笑いを、浮かれたトーイに投げかける。トーイは、まるで分かっているとでも言いたげな自信満々の顔で、その場から立ち去っていった。
「トーイは放っておいて、私達は寝ましょう」
「アリス、トーイの馬鹿が来ても絶対、鍵を開けるんじゃねぇぞ」
佐久間は愛用の煙草に火を着けながら、アリスに言い放つ。
「もちろん。それとあの馬鹿は変装して来るかも知れません。行動は慎重に。分かりましたか、アリス?」
念を押すようにネスティが詰め寄る。
「ネスティ、いくらトーイでもそんな事しな……、……するか」
「そう言うことだ。分かったなら寝ろ。明日は随分ハードな一日になりそうだからな」
「そうするわ、おやすみなさい」
アリスは二人にそう挨拶をして、部屋へと向かった。