第12話:好きじゃないけど、もっと知りたい
佐久間は食欲をそそるベーコンの香りと、心地の良い歌声を聞いてそっと目を開けた。暗い顔をしているものだと思っていたアリスの顔がやけに華やいでいる。
「おはよう、佐久間! 朝ご飯できてるわよ」
アリスは眩いばかりの笑顔で佐久間に話し掛けた。一晩かけて導き出した答えは、なるようにしかならない、ただそれだけだった。その答えが今の自分には合っている。アリスはそう思った。
佐久間は一瞬戸惑ったような顔を見せたが、すぐにいつのも仏頂面に変わり着替え始めた。
「ちょっ、ここで着替えないでよ!」
アリスの言葉など気にもせずにいつもの帽子を引き寄せ、ブラックスーツに身を預けると、佐久間は欠伸を一つ漏らした。
「ネスは?」
「買い出しに行った」
「足の具合は?」
「うん、何とか。今日、明日休めばイケそうよ」
「足手まといにならねぇ為にも、ゆっくり休むんだな」
アリスは佐久間の言葉を聞くなり、佐久間の帽子を素早く取り上げた。立派なあご髭を持つ彼は、アリスをぎろりと睨んで不機嫌さを最大限に表現する。
「何すんだよ」
「今、どんな顔で言ったのかなぁって思って」
アリスは佐久間の冷たい言葉に、佐久間なりの優しさを感じていた。佐久間は呆れたように、漆黒の長い前髪をかきあげる。そんなありきたりな動作までもが絵になるのは、この男を覗いては滅多にいないだろう。
「そんなに俺の事が好きなのか」
「好きじゃないけど、もっと知りたい」
佐久間はアリスの言葉に目を見開く。アリスはそんな佐久間を不思議そうに見つめた。
「馬鹿正直っつうか……。おめぇは本当に餓鬼だな」
アリスの手元から帽子を剥ぎ取り、佐久間はため息混じりに言った。
「餓鬼じゃないわ。もう大人の女よ」
「あぁはいはい、そうですか。気持ちわりぃからこっち見て笑うな」
「ピッチピチの20歳の女に笑いかけて貰えるなんて、こんな幸せはないんだから」
聞かなかった事にして黙々と朝食を摂る佐久間。ちょっとでも優しいと思ったのは嘘だったと、アリスは剥れた顔で見つめた。
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その後、買出しから戻ったネスティを加え、3人は作戦を練ることにした。
「あの警備を抜けるのは相当な力技になりそうですね」
「何してもセキュリティカードはねぇと困るな」
「セキュリティカード?」
アリスは目を丸くして、詳細を問う。
「お偉いさんの社員しか持てねぇ、カードさ」
「つまり、IDみたいなものでしょうか」
「へぇ……」
佐久間とネスティの言葉にアリスは真剣に耳を傾ける。
「前から気になってたんだけど、どうして銀行の金庫を開けるパスワードが研究室にあったの?」
「あの研究室は表向きぁ医薬品の研究室だが、実際は人造ダイヤの製造元なんだよ」
「人造ダイヤ!?」
「えぇ、大分立ちの悪い方達ですね」
ネスティはさらりと言うとテーブルの上に紅茶をのせた。
二人の話を要約するとこうだ。アリスが盗みに入った研究室は、国際ダイヤモンド機構のルドルフの指揮の元、人造ダイヤの研究に使われているらしい。その人造ダイヤを本物と偽り、随分派手に儲けているわけだ。
スミソニアン博物館のレプリカもその人造ダイヤの技術を用いて作られた。
ルドルフの卑劣さは裏の業界でも有名らしい。スミソニアン博物館から本物のダイヤが消えたのも、裏で手を回したのだろう。問題はダイヤを何処に隠すのか。そこで奴らが目を付けたのが、フィンデル銀行だった。フィンデル銀行は元々、ルドルフ系列の人間が管理していた。ダイヤを隠すには持って来いの場所だったのだ。
「ルドルフが組織のトップなのね。つまりその手下がBB……そう言うこと?」
「あぁ、そうなるな」
佐久間はアリスの問いに答えると、紫煙を吐き出す。少しずつBBとの距離が近くなっていく。アリスはそう感じ、武者震いをした。