第1話:良い度胸だ
「侵入者だ!」
鳴り響くサイレンに小さく舌打ちをしたアリスは、目の前に連なる巨体を見上げ笑った。
脳みそまで筋肉でできていそうな男たちは、アリスに向かいゆっくりと銃を向けた。銃口から放たれた幾つもの凶器はアリスの胸を目掛け、唸りを上げる。
アリスは一切動じず、床を力一杯に踏み込み大きく宙を舞う。人間とは思えないほどの超人的な跳躍力。その姿はまるで天使のように軽やかだった。
「なっ」
「悪いけど、寝てもらうよ」
呆気にとられた筋肉質の男たちの背後に立ったアリスは、懐から小指程度の大きさの球体を取り出すと、地面に勢いよく投げつけた。開け放たれた球体から睡眠ガスが一気に溢れ出る。男たちは次々と眠りに落ちていった。
まもなくアリスは、お目当ての研究室辿り着いた。どうやら追っ手は撒いたようだ。逸る気持ちを抑え、厳重に閉ざされた研究室の扉を開ける。
そこには、二重にもなるガラスの層によって、厳重に守られたICチップが一つ。
アリスはチップを傷つけないように気をつけながらガラスを特殊な道具で円形に切り取った。なんとか傷を付けずに取り出せそうだ。ICチップは月明かりを浴びてキラキラと光を反射させている。アリスはそれに手を伸ばし手のひらに収めると、小さく笑った。
「お痛はいけねぇなぁ」
その瞬間。背中に感じた気配にアリスは身を強張らせた。
「!」
背後から聞こえた低い声。振りかえった先には、銃口を向ける一人の髭面の男。こんなにも近くにいたのに、男の気配すら分からなかった。アリスは動揺を隠せなかった。
「さぁ、そいつを渡してもらおうか」
男はアリスの手に収まるICチップをちらりと見ると、妖しく笑ってみせた。
「嫌だと言ったら?」
ダークスーツを身にまとったその男は、帽子を深々とかぶっていて顔の半分しか見ることができない。30代ぐらいだろうか。整った鼻筋に面長の輪郭、漆黒の髪の色。なんて月明かりの似合う男だ。妙に冷静な頭の中でそう思っていた。
何にしても、ここでチップを渡すわけにはいかない。アリスは瞬きもせずに男を睨み付けた。
「良い度胸だ」
髭面の男はアリスを見て笑うと、トリガーにかけていた指に力を込めた。しんと静まった辺りにカチリと軽い音が響く。
「今から3秒間だけ待ってやる。数える間にチップを寄こしな」
アリスの首筋に汗が滴り落ちる。
「3……2……1……」
ゼロ。
男が最後の言葉を言い終える瞬間、アリスは素早く窓から飛び降りた。2メートルを超えるガラスが一瞬にして粉々になっていく。
重力に従い落ちていったアリスは、ゆっくりとその姿を闇に溶かしていった。
「おもしれぇ奴だ」
男はそう言って帽子を引き寄せると、キラキラと光るガラスの破片を見つめた。
◆後書きと言う名の言い訳◆ジャンル選択は迷った末にその他にしました。恋愛の方が色濃くなると思います。とりあえず髭面ダンディが書きたかったんです(笑)