8 画面の向こう、新しい距離
神奈川での数日間が終わり、赤井ソラは関西へ戻った。
距離は、元に戻ったはずだった。
けれど、次のコラボ配信の待機画面を見つめながら、水瀬しずくは、はっきりと感じていた。
(‥‥‥空気、変わった)
いつもの雑談配信。だけど感じる、息が合う。今までよりも自然な──距離感。
「こんばんはー! 水瀬しずくです」
「赤井ソラです。今日は雑談コラボ、やっていこうと思います!」
始まりは、いつも通り。
それなのに、声が重なるタイミングが自然すぎて、挨拶の時点でコメント欄がざわついた。
『なんか距離近くない?』『空気甘くない?』
二人はモニター越しに顔を見合わせるようにして、同時に吹き出した。
「そんなことないよ」
「ね?」
それが、もう“てぇてぇ”。
話題は、自然と夏休みの思い出へと流れていく。
「実際に会ったとき、びっくりしたよね」
「うん。想像はしてたけど‥‥‥」
ソラが少し間を置いて、正直に言う。
「‥‥‥しずくちゃん、普通に美少女だった」
一瞬の沈黙。
コメント欄が爆発する。
『???』『今なんて???』『公式から美少女認定きた』
「ちょ、ソラちゃん‥‥‥!」
しずくの声が、少し上ずる。
「ソラちゃんだって‥‥‥その、名前の通りで‥‥‥」
「‥‥‥空?」
「‥‥‥うん。赤井ソラって感じで、すっごく可愛かった」
二人とも、お互いの言葉がお世辞などではないことを察し、照れる。
コメントは止まらない。
『同い年美少女同士!?』『リアルで会ってこれは強すぎる』『てぇてぇ警報出てます』
コメントを読んだソラが、少し困ったように笑う。
「なんか‥‥‥私たち、変なのかな」
「‥‥‥でも、無理はしてないよ?」
しずくのその一言に、ソラは頷いた。
「うん。普通に話してるだけだよね」
それが、視聴者には一番刺さっていた。
意識しすぎない距離。
遠慮しすぎない言葉。
“仲がいい”という事実だけが、画面越しにも、はっきり伝わっていた。
配信の最後に
「じゃあ、最後は‥‥‥」
「歌、いこっか」
二人が選んだのは、
あの日、駅前のカラオケで一緒に歌った曲。
伴奏が流れ出す。
先に、しずくの澄んだ声が空間を満たし──そこに、ソラの声が少し遅れて重なる。
完璧じゃない。
でも、呼吸は合っている。
二人の声は、競わず、支え合っていた。
サビで、自然にハモる。
コメント欄は、もう言葉になっていない。
『無理』『可愛すぎる』『親友だよね‥‥‥公式夫婦じゃないよね?』
歌い終わったあと、
二人は少し照れたように笑った。
「‥‥‥ありがとうございました!」
「楽しかったです!」
ネット配信という環境。お互いが居る距離は、あの夜よりもはるかに遠い。
けれど、心の距離は、あの時よりも──
もっと、ずっと近くに感じていた。




