7 重なる歩幅
駅前のショッピングモールは、休日を楽しむ人々で賑わいを見せていた。
「うわ‥‥‥人、多いね」
「関西も変わらないよ。どこも人混みばっかり」
そう言いながら、二人は自然と肩を並べて歩き出す。
服屋を覗き、アクセサリーショップを巡っては、「これ似合いそう」と笑い合う。鏡の前で、ソラが小さく首を傾げてこちらを振り返った。
「‥‥‥どうかな?」
「可愛い。すごく似合ってる」
迷いのない、即答だった。 ソラは少し驚いたように瞬きをすると、照れくさそうに視線を泳がせる。
「‥‥‥ありがとう」
その一言が、周囲の喧騒を忘れるほど静かに、胸に響いた。
会計の際、しずくが財布を取り出しながら提案する。 「ここは、割り勘でいこう」
「うん。私たちの『活動資金』だもんね」
自分たちで稼いだお金を、二人の思い出のために使う。 それが、どうしようもなく誇らしく感じられた。
その後は、ランチと映画──共有する大切な時間。
ランチは、開放的なフードコートで済ませることにした。 トレーを持って向かい合うと、ソラがふっと目尻を下げる。
「‥‥‥なんだか、しずくちゃんが普通の女の子みたい」
「私たち、同い歳だよ?」
「そうだけど‥‥‥画面越しだと、たまに忘れちゃうから」
食事の合間、次に何をするか相談するうちに、話題は自然と映画へと移る。
「これ、ずっと気になってたんだ」
「私も。じゃあ、これに決まりだね」
意見はあっさりと一致し、二人はチケットを買い求めた。
暗い館内で、不意に肩が触れ合う。 意識しないように努めるほど、そのわずかな体温を敏感に感じ取ってしまう。 けれど、それ以上のことは何も起きない。
ただ、同じ映像を見つめ、同じタイミングで笑い、息を呑む。 それだけで、心は十分すぎるほど満たされていた。
夕方、一日の締めくくりに選んだのはカラオケだった。
「ずっと‥‥‥しずくちゃんと一緒に、来たかったんだ」
「そうなの?」
「生で、しずくちゃんの歌を聴きたくて」
ソラは少し緊張した面持ちで、防音室のドアを開ける。
選んだのは、一番新しい機種のカラオケ機器がある部屋。
さっそく渡されたマイクを握ったしずくは、深く、一度だけ呼吸を整えた。
伴奏が流れ始める。 歌い出した瞬間、室内の空気が一変した。
画面越しに聴くものとは、明らかに違う。 声の微かな震え、細やかな息遣い、すぐ傍で脈打つ“生”の音。 ソラは、ただ圧倒されたように立ち尽くしていた。
(‥‥‥やっぱり、すごい)
卓越した技術だけではない。声そのものが、魂に直接触れてくるような感覚。 歌い終えたあと、静かな拍手がひとつ、室内に響いた。
「‥‥‥鳥肌、立っちゃった」
「そんなの、大げさだよ」
「大げさじゃない」
ソラは、はっきりと言い切った。
人生で初めて、プロの声を聞いたような気がした。
「ソラちゃんも、歌おう」
「一緒に?」
「うん」
次は、二人のデュエット。 最初はどこかぎこちなかったが、サビに入る頃には、示し合わせたように声が重なる。
「しずくちゃんと一緒に歌えるの、ほんまに嬉しい」
自然と、口調が素に戻っていた。
画面も、配信も、数字もない。 ただ、二人の声だけが、小さな部屋をどこまでも満たしていった。
マンションに戻ったのは、午後六時半を回った頃だった。
「おかえりなさい」
玄関で待っていた母が、壁の時計に目をやる。
「楽しかったのは分かるけど‥‥‥少し遅いわね」
「ご、ごめんなさい」
「すみません‥‥‥っ」
二人は揃って頭を下げる。 けれど、その手は――いつの間にか、指を絡めるようにしっかりと繋がれていた。
そんな姿で申し訳なさそうにする二人を見て、母としずくの父は顔を見合わせる。
「‥‥‥まあ、いいわ」
「親友と一緒なら、な」
父は小さく苦笑し、優しく目を細めた。
しずくは、その言葉の温かさに胸が熱くなる。 隣で、ソラも小さく頷いた。
◇変わったこと、変わらないこと
この一日で、何かが劇的に変わったわけではない。
けれど。 同じ時間を、同じ場所で過ごし、同じものに感動した。 それは、画面越しでは決して得られなかった、手触りのある記憶。
夜、再びすずくの部屋に戻る直前。 ソラが、ぽつりと零した。
「‥‥‥来てよかった。本当に」
「‥‥‥うん、私も会おうって言ってよかった」
変わったこと。お互いを、一人の人間として強く意識し始めたこと。 変わらないこと。それでも二人は、最高の親友であること。
二人は、繋いだ手を離しがたそうにしながら、それぞれの眠りへとついた。
この一日が「特別な日」として公式に記録されることは、おそらくないだろう。 けれど、二人にとっては。 これからの長い旅路を支える、大切な、大切な一ページとなった。




