6 翌朝、少しだけ遠い距離
朝の光は、思っていたよりも早く差し込んできた。
カーテンの隙間から漏れる淡い光が、ソラのまぶたをくすぐる。 ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れない天井が広がっていた。
――あ。
一拍遅れて、記憶が追いつく。
(‥‥‥しずくちゃんの部屋)
隣に目を向けると、水瀬しずくはまだ夢の中にいた。 横向きに少し丸まって、穏やかな寝息を立てている。
(‥‥‥本当に、来ちゃったんだ)
ソラは彼女を起こさないよう、慎重に様子をうかがった。
親友──と言っても、会うのは初めてな、同い年の女の子。
そんな、初めて会った水瀬しずくの青みがかった黒髪に、朝日が反射しキラキラと光っていた。
それが、なんだか本物の”天使の輪っか”のように思えて、ソラはじっと見つめてしまう。
その瞬間。
「‥‥‥ん」
小さな声が漏れる。
しずくが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「‥‥‥おはよ‥‥‥」
寝起きの声は、少しだけ掠れている。
「お、おはよう‥‥‥」
二人の視線が、真っ向からぶつかった。
一秒。 二秒。
耐えきれなくなったように、同時に顔を背ける。
「‥‥‥近かったね」
「‥‥‥うん」
それ以上、言葉が続かない。
昨夜はあんなに自然になれたのに、朝の光の下では、また距離の測り方が分からなくなってしまう。
そう考えている間に、しずくが布団をぎゅっと握りしめ、ぎこちなく起き上がった。
「‥‥‥寝相、大丈夫だった?」
「う、うん。全然」
「‥‥‥そっか」
短いやり取り。 けれど、声の端々には隠しきれない照れが滲んでいた。
──カチャカチャと
リビングから、小気味よい食器の音が聞こえてきた。
「朝ごはん、できてるわよー」
しずくの母の声が届く。
「‥‥‥行こっか」
「うん」
二人は並んで部屋を出た。
歩く速度が、妙に合わない。 早すぎず、遅すぎず。けれど昨夜よりは、少しだけ広い隙間が空いている。
しずくの後に続いて入ったリビングルーム。テーブルには、トーストに卵焼き、サラダ。 そして、湯気の立つスープが用意されていた。
「おはよう、ソラちゃん。よく眠れた?」
「は、はい‥‥‥しずくちゃんと仲良くなれましたっ」
ぺこりと頭を下げるソラ。
「気づいたら寝ちゃってたよね」
その言葉に、ソラの肩からわずかに力が抜ける。
「ふふ、本当に仲良しなのね」
しずくの母の言葉が、ふたりの顔を赤くさせた。
◇『特別』の意味
そうして始まった、朝食の途中だった。
ソラはコップを手にしたまま、ふと独り言のように呟く。
「‥‥‥なんか、不思議だね」
「何が?」
「ずっと一緒に配信してたのに‥‥‥こうして同じ家で朝ごはんを食べるのが、初めてなんて」
一瞬、適切な言葉を選ぶように間を置いて、それから小さく付け足した。
「‥‥‥ちょっと、恥ずかしいです」
その告白に、しずくの頬も熱くなる。
「‥‥‥私も」
不意に、しずくがこちらを見た。
再び目が合って、また逸らす。 けれど今度は二人とも、こらえきれずに少しだけ笑ってしまった。
キッチンを片付け終えたあと、しずくが窓の外を眺めた。
夏の光は、昨日よりも力強く地面を照らしている。
「‥‥‥今日、外に出る?」
何気ない問いかけだった。 けれど、ソラは一瞬だけ思考を巡らせてから、力強く頷いた。
「うん。せっかく来たし‥‥‥神奈川、歩いてみたい」
その返事に、しずくの顔が笑みに変わる。
(‥‥‥二人で、か)
言葉にはしなかったけれど。 二人は今、たしかに“特別じゃない特別”を意識し始めていた。




