4 画面の向こう、始まりの距離
コラボ配信は、すっかり日常の一部となっていた。
週に一度、時には二度。 歌って、話して、少し笑い合って配信は終わる。
リスナーの反応は、いつだって上々だ。
『安定感あるわぁ』『この二人、安心して見てられる』 『もう公式ユニットでしょ、これ』
数字も右肩上がりで伸び続けていた。
――それなのに。
配信終了後、しずくはヘッドホンを外し、ぼんやりと天井を見上げる。
(‥‥‥また、同じだった)
悪くはない。 けれど、新しくもないのだ。
歌も、トークも、呼吸さえも。 すべてが“噛み合いすぎて”いて、予定調和の域を出ない。
そんな漠然とした焦りが、しずくの心に影を落とした。
同じ頃、関西の自室で、ソラもギターを膝に乗せたまま動けずにいた。
(楽しいはず、やのに‥‥‥)
コードは安定した。 ミスも劇的に減った。
でも、最初にあったあの、指先を震わせるほどの必死さが薄れている。
二人とも、それを口には出せなかった。
もうただの“知り合い”ではない。 けれど、まだその先にある“次の言葉”を見つけられずにいた。
――だからこそ。
「‥‥‥会わない?」
しずくのその一言に、ソラは一瞬だけ息を呑み、すぐさま頷いた。
「‥‥‥うん。会いたい」
◇夏、距離がほどける
夏休み。
新幹線の改札を抜けた赤井ソラは、スマホを壊れそうなほど握りしめていた。
(ほんまに‥‥‥来てしもた‥‥‥)
神奈川。 関西の彼女から見れば、あまりに遠くて、見知らぬ場所。
改札の向こう側に、淡い色のワンピースを纏った少女が立っていた。
「あ‥‥‥!」
目が合った瞬間、二人は同時に足を止める。
画面越しでは、何百時間も共に過ごしてきた。 けれど、現実の“実存感”は、それとはまるで比較にならない。
「‥‥‥しずく、ちゃん?」
「‥‥‥ソラ、ちゃん?」
名前の通りだった。
水瀬しずくは、透き通るような肌に柔らかな空気をまとった少女。 赤井ソラは、健康的で、少し照れた笑顔がよく似合う少女。
二人とも、心の中で同じ言葉をこぼしていた。
(‥‥‥すごい、美少女だ)
次の瞬間、どちらともなく吹き出してしまう。
「‥‥‥画面より、ちゃんと『人』なんだね」
「それ、こっちのセリフだよ」
その一言で、張り詰めていた緊張は静かに溶けていった。
◇優しい匂いのする場所
ソラが泊まるのは、しずくと家族が暮らすマンションの一室。
「いらっしゃい、ソラちゃん」
出迎えてくれたしずくちゃんのお母さんは、そう言って柔らかく目を細めた。
「遠いところ、よく来てくれたね」
少し遅れてやって来たお父さんも、とても優しそうな人だった。
「い、いえ‥‥‥こちらこそ、お邪魔します‥‥‥っ」
玄関に一歩足を踏み入れた瞬間、ソラは気づく。
(‥‥‥匂い)
初めてなのに。不思議と落ち着く、あたたかな生活の匂い。
しずくちゃんの匂い。
ドキドキとする胸を抑えながら、ソラは案内されるがままにリビングのソファーに座る。
緊張はあった。でも、打ち解けるのは、すぐだった。
だって、話せばいつもの、しずくちゃんだと分かるから。
今まで画面越しで伝えられなかった事が、すぐに私たちの口から、とめどなくあふれ始めた──。
夕食の食卓には、洋食が並んだ。
シチュー、ハンバーグ、そしてパエリア。 決して派手ではないけれど、一つ一つ丁寧に作られたことが伝わる献立。
一口食べた瞬間、ソラの目が大きく見開かれた。
「‥‥‥っ」
次の言葉は、吟味するよりも先に喉から飛び出していた。
「めっちゃ‥‥‥おいしい‥‥‥」
しまった、と思った。
「‥‥‥あ」
剥き出しの、関西弁。
顔が一気に熱くなる。
「す、すみません‥‥‥! つい‥‥‥!」
しずくの両親は、一瞬きょとんとしてから、顔を見合わせて笑った。
「ふふ、いいのよ。気にしないで」
「素直でいいじゃないか」
しずくも、愛おしそうにくすくすと笑う。
「ソラちゃんのそういうとこ、好きだよ」
ソラは、箸を持ったまま顔を伏せた。
(‥‥‥なんやねん、ここ)
優しすぎる。
人生で初めての一人旅行。
その行き先で、私は──新しい家族のような、温かい人たちに出会った。




