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Re: Voice 終わりの声、始まりの歌  作者: 今野今迄
第一章 出会い

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3 ズレた音、重なった心

「‥‥‥あ、聞こえてます?」


「聞こえてます! しずくちゃん、声がクリアすぎてびっくりしちゃいます‥‥‥」


 コラボ配信開始五分前。


 赤井ソラは、ギターを抱えたまま何度もチューニングを繰り返していた。 ペグを回す指先が、わずかに震えている。


「大丈夫だよ、ソラちゃん。間違えても、止まってもいいから」


「うん‥‥‥ありがとう」


 その“間違えてもいい”という言葉が、どれほど救いになったことか。 ソラは深く、一度だけ息を吸い込んだ。


 配信開始。


「こんばんはー! 水瀬しずくです」


「え、えっと‥‥‥赤井ソラです! 今日はコラボ配信です!」


 画面を流れるコメント欄が、一気に加速する。


『待ってた!』 『ギターコラボ!?』 『事故りそうで逆に楽しみw』


 ソラは、思わず苦笑いを浮かべた。


「じ、事故らないように頑張ります‥‥‥っ」


 最初の曲は、シンプルなコード進行のバラード。 ソラが選んだのは、初心者でも押さえやすいキーの楽曲――のはずだった。


 最初の“事故”


 イントロ。


 ジャッ、という鈍い音が鳴る。 ほんの一瞬、弦がフレットに当たってビリついた。


(‥‥‥ズレた)


 しずくは、即座にそれを察知する。 緊張のせいか、テンポがほんの少しだけ遅い。


 けれど。


 歌い出した瞬間、しずくはあえて“合わせる”ことを選んだ。


 正確なリズムを突き放すように歌うのではない。 ソラのギターの呼吸に寄り添い、その揺れに声を溶かしていく。


 一方、ソラは必死だった。


(落ち着け、落ち着け‥‥‥)


 焦るほどに、指の動きは固くなる。 難所のFコードで、一瞬だけ音が詰まった。


「‥‥‥っ」


 コメント欄が、わずかにざわめく。


『止まった?』 『大丈夫か?』


 それでも、ソラは止まらなかった。


 震える指で弦を押さえ直し、 祈るように、次の一音を鳴らす。


 決して完璧ではない。 けれど、彼女は逃げなかった。


 その不器用な音に、しずくの歌声が優しく重なる。

 奇跡は、途中から生まれた


 サビに入る頃。


 ソラのギターは、目に見えて安定を取り戻していった。


 最初は音を「出す」だけで精一杯だった指が、 次第に、しずくの歌う「次のフレーズ」を追いかけ始める。


 ジャカ、ジャカ――。


 ストロークに自然な強弱が宿り、 右手の動きが、しずくの声量に共鳴していく。


(‥‥‥聴こえてる)


 ソラは今、人生で初めて“音が合う”という感覚を掴んでいた。


 しずくもまた、それを確信する。


(ソラちゃん‥‥‥上がってきてる!)


 しずくが声を少し張れば、 ギターが、負けじと前へ出てくる。


 二人の音は、もはや競い合うライバルではなく、互いを支え合う半身となっていた。


 コメント欄が、熱を帯び始める。


『だんだん良くなってない?』 『成長していくのがリアルタイムで分かる‥‥‥』 『これ、生配信なのがやばすぎる』


 最後の一音。


 曲の終り──。


 ソラは大きく深呼吸をし、ゆっくりと最後のコードを奏でた。


 ――ジャーン。


 最初の一音よりも、ずっと澄んだ響き。 そこにはもう、迷いなど微塵もない。


 しずくは、その音の余韻を惜しむように、そっと声を乗せた。



 歌い終えた瞬間、 コメントが一気に画面を埋め尽くす。


『泣いた』 『完成されていないからこそ刺さる』 『二人で成長していく物語じゃん‥‥‥』


 画面の向こうで、ソラが呆然と目を見開いていた。


「‥‥‥あ、あれ?」


 声が、小さく震えている。


「私、ちゃんと弾けてました‥‥‥?」


「うん」


 しずくは、確信を持って頷いた。


「最初より、ずっと。最高の演奏だったよ」


──それが、私『たち』の初配信だった。



 配信後。


 通話を切ったあと、ソラはしばらく自分のギターを眺めていた。


 指先が、じんわりと熱を帯びている。


「‥‥‥楽しかった」


 それは、今まで味わったことのない感覚。


 失敗して、緊張して。 それでも音を投げ出さなかった先に、見たことのない景色が広がっていた。


 一方、しずくもまた、一人きりになった部屋で胸に手を当てていた。


(“完成された歌”よりも‥‥‥)


 共に歩み、共に上手くなっていく音のほうが、 これほどまでに、人の心を揺さぶる。

 そんな、初めて味わう──充実感に満ちていた。


 この配信は、後にリスナーからこう呼ばれることになる。


 ――「事故から始まった、伝説の初コラボ」


 そして赤井ソラは、この日を境に、ギターという楽器と真に“対話”し始める。


 天使の歌声の隣で、 一人の少女の物語が、今、確かに動き出していた。

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