15 サインの重み
電子契約書は、思っていたよりも飾り気がなく、簡素ものだった。
名前。活動名。契約期間。収益分配。禁止事項。
画面に並ぶ無機質な文字は、夢よりもずっと現実的で、逃げ道のない形をしている。
「‥‥‥ここ、確認した?」
「うん。問題ない」
二人は、画面を共有しながら、一行ずつ目を通していった。
「契約主体は、ユニット“mixith”」
その言葉を聞いた瞬間、
しずくの胸が、少しだけ高鳴った。
「個人活動も、継続可能」
「ただし、主軸は音楽活動ユニット」
ソラが、深く息を吐く。
「‥‥‥ちゃんと、二人だね」
「うん」
守られる代わりに、
責任も、二人分になる。
◇サインの瞬間
「では、こちらにチェックを」
カーソルが、署名欄へと移動する。
Minase Shizuku
Akai Sora
二つの名前が並ぶ。
クリック音が、
やけに大きく聞こえた。
「‥‥‥完了です」
画面の向こうで、担当者が柔和に微笑む。
「これから、よろしくお願いいたします」
通話が切れたあと、しばらく、二人は無言だった。
まるで別の世界の出来事を見ているような、どこか──ふわふわとした感覚。
「‥‥‥したね」
「したね」
どちらともなく、笑う。
「逃げられなくなった」
「うん。でも」
しずくが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「逃げないって、自分で決めたから」
その言葉にソラも、強く、そして自信に満ちた表情で頷いた。
◇正式発表への準備
次に待っていたのは、夢より忙しい現実だった。
・ビジュアルのすり合わせ
・ロゴ案の確認
・ユニット紹介文
・初配信の構成
・告知文のトーン
「“仲良し”って言葉、使う?」
「‥‥‥避けたい。安っぽくなる気がするから」
「だよね」
二人は、何度も話し合う。
“仲良し”ではある。でも、それだけじゃない。
「mixithの意味、どう説明する?」
ソラが、真剣な顔で聞く。
しずくは、少し考えてから答えた。
「“mix”と“with”をつないだ造語」
「混ざって、一緒に。でも、どちらも溶けない」
ソラは、少し目を見開く。それから意味を噛みしめる様に目を細めて笑った。
「‥‥‥それ、好き。私たち、そのまんまじゃん」
二人で決めた、初めての名前。
たくさんの意味を込められるような、余白のある名前。
それでも、一番大切な部分は、確かに二人の心の中心にあった。




