13 スタートライン
面談は、オンラインで行われた。
画面の向こうに並ぶのは、V-Soundsのプロデューサーと、マネージャーと思しき二人の人物。
穏やかな笑顔。
丁寧な言葉遣い。
でも、漂う空気は、はっきりと“仕事”だった。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
しずくとソラは、並んで頭を下げた。
最初に提示されたのは、”夢”ではなく、”数字”だった。
「音楽活動を主軸にしていただきます」
「月に最低一本のオリジナル、もしくは公式カバー」
「ライブ配信は、個人活動とユニット活動を、明確に分けてください」
淡々と説明される条件。
ソラは真剣な表情で、メモを取っている。
その間、しずくは言葉の端々に、耳を澄ませていた。
「ユニットとしての“関係性売り”は、こちらからは要求しません」
その一言に、二人の肩からわずかに力が抜けた。
「ただし」
プロデューサーは、画面越しにしずくを見る。
「水瀬さんには、ソロアーティストとしての可能性も強く感じています」
やはり、そこに触れる。
不安が顔を出す。
「‥‥‥質問、いいですか」
ソラが、少しだけ身を乗り出した。
「もし、途中で‥‥‥“しずくちゃん単独の方が良い” って話になったら‥‥‥」
言葉が、少し詰まる。
「その時、ユニットは‥‥‥?」
プロデューサーは、すぐに答えなかった。
代わりに、穏やかに言う。
「その選択をするのは、最終的にご本人たちです」
「会社としては、二人であることに意味を見出しています」
でも、“絶対”とは言わない。
「お二人が、お互いを高め合える存在であることに、です」
つまり”ビジネス”という事だろう。
それが、現実だった。
◇期待という光
「‥‥‥私からも、いいですか」
しずくの声は、落ち着いていた。
「私は、以前 “一人で評価されない立場”、にいました」
直接的な表現は避けたが、
言葉には、重みがあった。
「だから、今度は“数字の都合で離される”のが、怖い」
画面の向こうで、プロデューサーが、真剣に頷く。
「正直に言います。業界には、そういうケースもあります」
相手は立場も力もある人間。その言葉は、重い。
けれど、しずくは目をそらさなかった。
「それでも」
一拍置いて、言う。
「二人でやると決めた以上、簡単には離れません」
その言葉に、ソラが、はっとしたようにしずくを見る。
それが大人たちの目に、どう映ったのか──。
「‥‥‥だからこそ」
マネージャーが、少し柔らかい声で言った。
「お二人は、珍しいと思っています」
「依存でも、利用でもなく、“選択”として一緒にいる」
「それは、長く続くユニットの条件です」
ソラの表情が、ほんの少し、明るくなる。
「期待してますよ」
その言葉は、
プレッシャーでもあり、
確かな評価でもあった。
「条件は、一度持ち帰って検討してください」
「急がせるつもりはありません。納得のいくまで話し合っていただければ」
質問が無い事を確認したプロデューサーが、そう言って面談を締めくくる。
静かに暗くなる画面。
通話が切れたあと、
しばらく、二人とも黙っていた。
「‥‥‥どう、思った?」
ソラが、先に聞く。
「正直‥‥‥怖いよ。でも」
しずくは正直に、思った事を言うことにした。
「でも‥‥‥私たちのことを、ちゃんと見てくれてるって感じた」
ソラは、少し笑う。
「私も」
それから、少し間を置いて。
「一人で行ける未来もあるのに、一緒に来てくれるんやね」
しずくは、即答した。
「うん」
迷いは、もうなかった。
「選んだんだもん」
まだ、ユニット名もない。
契約も、確定していない。
でも。
二人は、
同じ不安を知り、
同じ期待を背負った。
それだけで、
もう“始まっている”気がした。




