12 すれ違う心、重なる夢
通話を繋いだ瞬間。
しずくは、もう逃げられないと悟り、口を開いた。
「‥‥‥ソラちゃん、大事な話がある」
声が、いつもより硬い。
「うん」
ソラも、何かを察したように短い返事だけを返した。
打ち明けられた“話”
しずくは、レーベルからの提案を、言葉を選びながら説明した。
ソロ。
デビュー。
条件。
話し終えたあと、
短い沈黙が落ちる。
最初に沈黙を破ったのは、ソラだった。
「‥‥‥すごい話じゃん」
声に、驚きと、純粋な賞賛が混じっている。
「でしょ?」
しずくは、ゆっくり言った。
「だから‥‥‥断ろうと思ってる」
同時に、被さるように──言葉が飛んできた。
「は?」
ソラの声が、はっきり強くなった。
「なんで?」
「だって‥‥‥」
しずくは、拳を握る。
「私一人だけ、なんて‥‥‥」
「それ、“もったいない”よ」
即座に返ってきた言葉に、
しずくの胸が、きゅっと締まる。
「しずくちゃんの歌は、本物。絶対、前に出るべき声。それに、こんなチャンス──もう二度と無いかもしれへんよ」
「それはっ!‥‥‥そう、だけど」
思わず、声を荒げてしまう。
「分かってるけど‥‥‥嫌なんだよ!」
沈黙。
ソラが、息を吸う音が聞こえた。
「‥‥‥私が、足引っ張ってるん?」
その一言が、しずくの胸を抉った。
「違う!」
「じゃあ何?」
ソラの声も、今にも崩れそうなほど震えている。
「私と組んでるから、チャンス捨てるって言うん?」
本音の衝突
「‥‥‥ソラちゃんは、分かってない」
しずくは、静かに、喉を引き攣らせながら、内側で渦巻く感情を吐き出した。
「一人で前に出るの、怖いんだよ」
前世で、
何度も、
何も掴めなかった自分。
もがき苦しんで、何も得られぬまま死んだ記憶が、今も魂にこびりついて離れない。
「今は‥‥‥隣に誰かがいる。ソラちゃんがいてくれるから、私は楽しいんだよ」
前世では居なかった、その“誰か”が、画面の向こうにいる。
ソラは──しばらく黙っていた。
それから、少し低い声で言った。
「‥‥‥私だって、怖い」
「え‥‥‥」
「しずくちゃんが、手の届かない遠くに行くんじゃないかって、毎日不安で仕方ない」
ソラの声が、かすれる。
「でも、それでも‥‥‥行けるなら、行ってほしい。しずくちゃんの夢が叶うところを見たいんよ」
しずくの喉が、詰まる。
「‥‥‥それが言えるの、ずるいよ」
ソラは、少しだけ、涙を浮かべながら笑った。
「親友だから」
その一言で、しずくの中で、何かが決壊した。
「‥‥‥私は」
深く息を吸う。それは、覚悟の証。
一番緊張する、歌いだしの時の、動作。
覚悟が決まれば、後は──吐き出すだけだ。
「ソラちゃんと、一緒に歌いたい」
迷いのない、本音。
「一人で輝くより、二人で立ちたい。それが”今”の、私の‥‥‥夢」
沈黙。
そして、ソラが小さく息を吐いた。
そこには、今までになかった、わずかに高ぶるような感情が──乗っている気がした。
「‥‥‥じゃあさ」
「うん」
「一緒にデビューできる道、探そう」
しずくの目が、見開かれる。
「‥‥‥一緒に、探す」
「二人で、行ける場所を」
それは。
「‥‥‥約束、だよ?」
「うん。約束」
画面越しに、
見えない指切りを交わす。
「もしダメでも」
「その時は、その時」
「でも、探す」
「一緒に」
新しい、未来への扉を。
それから一ヶ月後。
二人に、同時に届いた一通のメール。
件名:【ご提案】VTuberユニット契約のご相談
送信元:VTuber運営企業「V-Sounds」
内容は、簡潔だった。
・二人での正式ユニット契約
・音楽活動を主軸にした展開
・個々の強みを活かした役割分担
・将来的なメジャーデビュー視野
そして最後の一文。
「お二人の“関係性”ではなく、
“音楽性”に可能性を感じています」
しずくは、思わず笑った。
「‥‥‥来た?」
「‥‥‥来たよ」
ソラも、静かに言う。
二人は、まだ何も決めていない。
でも、
選択肢は、確かに目の前にあり、それは待ち望んでいたものであった。
一人の夢か、
二人の未来か。
もう、迷わない――
だっていま、二人で夢に向かう道が、開き始めていたから。
だから、もう答えなんて──決まっていた。




