10 名前の無い関係
その夜、二人で通話を繋いだ。
「‥‥‥来てる?」
「うん。いっぱい」
赤井ソラは、少し困ったように笑う。
「正直さ‥‥‥企業にサポートして貰えるのは、悪い話じゃないと思う」
メジャーデビューを目指すなら、個人で活動するよりも、遥かに近道なのは間違いない。
だから、しばらくの間しずくは、黙ったままソラの言葉を聞いていた。
「それと、私たちが一緒にいるの、楽しいし。それを好きって言ってもらえるのは、嬉しい」
それも、同感だった。
「‥‥‥でも」
ソラの声が、少し低くなる。
「“期待されてる通りに仲良くする”のは、違う気もする」
しずくの胸が、きゅっと鳴った。
(‥‥‥私は)
しずくは、言葉を選びながら、静かに口を開く。
「前世で‥‥‥」
一瞬、言葉が止まる。
ソラは、何も言わずにしずくの言葉を待っている。
「‥‥‥違った。前にいた場所でね、“こういう役割をやれ”って、たくさん見てきた」
主役。
脇役。
キャラ。
「その枠に入ると、抜け出すのが、すごく大変だった」
ソラは、画面の向こうで小さく頷いた。
「‥‥‥しずくちゃんも、怖いんだね」
「うん」
しずくは、正直に認めた。
「ソラちゃんと仲がいいのは、本当。でも‥‥‥それを“演じる”ようになるのは、嫌」
期待された“役割”をこなすというのは、ある意味でかしこい選択。しかし、それは同時に──本当の自分を押し殺すことにもなる。
しばらくの、沈黙。
それから、ソラが言った。
「じゃあさ」
「うん」
「私たちで、決めよ」
その声は、はっきりしていた。
「毎回コラボして欲しいって言われるのは仕方ない。でも、どう振る舞うかは、私たちのもの」
しずくは、息を吐く。
「‥‥‥無理に距離を近づけない」
「無理に離れもしない」
「“今日はこうしよう”って、計算しない」
「‥‥‥普通に、やる」
言葉を重ねるたび、二人の進むべき輪郭がはっきりしていく。
強制される友情なんて、
必要ない。
「私たちは──」
「──私らしく」
同時に、笑い声。
思考が一致する感じ。
それが、たまらなく心地良い。
結論として、この日二人が出した答えは、現状維持。
逃げる、のではなく。
妥協しないために──立ち止まることを選んだ。
次のコラボ配信。
あえて特別な演出は、しなかった。
距離も、いつも通り。
視線も、いつも通り。
それでも、コメントは流れる。
『やっぱりてぇてぇ』『作ってないのが空気感で分かる』『これが本物か‥‥‥』
しずくは、マイクの前で、少しだけ笑った。
(‥‥‥大丈夫)
枠に入らないために、無理に否定しなくていい。自然でいることが、一番の抵抗になる。
親友という、自由。
配信後。
「‥‥‥疲れた?」
「ちょっと。でも、すっきりした」
「だね」
ソラが、少しだけ冗談めかして言う。
「“セット売り”って言われてもさ」
「うん」
「私たちが親友なのは、売り物じゃなくて、事実だもん」
その言葉に、しずくは強く頷いた。
「‥‥‥うん」
画面の向こうで消費される関係じゃない。
数字のために、形を変えるものでもない。
それは、
二人が、同じベッドで眠り、
同じ歌を歌い、
同じお金で一日を過ごした、
積み重ねの結果だった。
“てぇてぇ”なんて、呼ばれてもいい。
でもそれは、二人が決めた距離の、名前ではない。
私たちは、その”何か”を守ることを、
静かに、そして確かな意志を持って選んだのだった。




