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第9話『藤崎でも、綾乃でも、あやのんでも何でもいいよ』

その衝撃をどう言葉にすれば良いだろうか。


高校に入学してから一カ月半。


私は事前に聞いていたとはいえ、彼女の登場に手が震えるのを抑える事が難しかった。


「千歳紗理奈、です。おねがい、します」


彼女を一言で表すならば、本物の美少女という奴だろうか。


遠くから見れば、顔立ちが整っているなとか、肌が白いなとか、小柄で立ち振る舞いが可愛いな。程度だったが。


近づくと分かる。


細やかな部分すらも、まるで勝ち目がない。


てか、顔小っちゃ!? え? なに? 本物の人形?


「じゃあ紗理奈ちゃんはとりあえず『基本のき』からやろうか」


「……はい」


風香さんがそんな事を言いながら、緊張している調理部メンバーの間を通り、一番奥にいた私の所へと連れてきた。


いやっ! なんでよりにもよって、私の所!?


「じゃあ、同じ一年生同士同じ作業台で良いかな?」


「……同じ、学年?」


私を見て、不思議そうに首を傾げる美少女。


ま、まぁ? クラスが違うからね? しょうがないね?


小さな声で大きいのにって呟いてるけど、君が全体的に小さいだけだからね!? 私は平均だから! 顔デカい訳じゃ無いから!!


胸? 胸は、まぁ、それなりに頑張りましたから?


「はじめましてかな。同じ一年生の藤崎綾乃だよ。千歳紗理奈さんだよね」


「うん。よろしく、お願いします。紗理奈。です。紗理奈って呼んでください。えっと、藤崎さん?」


「うん。藤崎でも、綾乃でも、あやのんでも何でもいいよ」


「じゃあ、あやのん、って呼んでも、いい?」


「良いよ。紗理奈ちゃん」


かァー! 可愛いかよ!!


くっそ! 勝てない! 勝ち目がありませぇん!!


でも、負けたくないよぉ。古谷君の事は小学校の時からずっと想ってるんだからね!?


まぁ、恋愛は時間の長さじゃないけどさ。それでも、嫌な物は嫌なのだ。


「……ふふ」


「どうしたの?」


「あだ名って、なんか友達みたいで良いなって。私、ずっと友達、居なかったから」


「……友達。って中学の時、ずっと一緒にいた三人は、友達じゃないの? 鈴木君は別の高校に行っちゃったけど、佐々木君と……古谷君は、同じ高校。でしょ?」


「古谷と鈴木は、佐々木の友達だから」


「佐々木君は?」


「佐々木は……その、佐々木、なの」


みなさーん!! ここに可愛い生き物がいますよー!!


頬僅かに赤く染めながら囁く様に言う紗理奈ちゃんは、どこからどう見ても今世紀最強の美少女だった。


神だってこの子にはひれ伏すだろう。


何せ恋する少女は無敵なのだ。それが美少女ともなれば、世界だって動かせるさ。


しかし、そうか。紗理奈ちゃんは佐々木君が好きなのか。


何と言うか。報われない片思いをしているな、古谷君は。


紗理奈ちゃんが自分に思わせぶりな態度をしていると古谷君は勘違いしていた訳だが、実際には佐々木君へ向けられていたという事だった。


でも、もしかしたらそれも何となく察していて、その気持ちを写真集で誤魔化していたのかもしれない。


なんだか可哀想に思えてきた。


でも、でもでもでも大丈夫!!


紗理奈ちゃんの代わりとしては幾分か、いや大分落ちるかもしれないけど、私が居る!


失恋した古谷君は私が慰めてあげよう。


そして失恋の傷も癒えた頃に、ずっと横に居るのは誰だったか、察してもらう。


そうか。ずっと俺の事を想ってくれていたのは! 藤崎。お前だったんだな!?


古谷君!


これからは淳史って呼んでくれ。綾乃。


淳史君……!


結婚しよう! 綾乃!!


ヨシッ! いけるな!


「あやのん? 大丈夫?」


「うん。ちょっと考え事してたんだ」


「考え事?」


「そう。佐々木君と紗理奈ちゃんの事」


「私と佐々木のこと?」


「そう。ほら、二人ってとってもお似合いじゃない? 何て言うか。二人で居るのが自然って感じで」


「そ、そうかな」


テレテレと頬を染めながら恥ずかしそうに笑う紗理奈ちゃんに思わず私も頬が緩みそうになるが、気合で表情を引き締める。


そして真剣な表情のまま僅かに笑みを作って、紗理奈ちゃんに微笑みかけた。


「うん。私はそう思うよ。紗理奈ちゃんはどう? 佐々木君とずっと一緒に居たい?」


「ずっと、いっしょ」


「そう。ずっと一緒」


「……うん。いたい」


「なら、私に協力させて。佐々木君と紗理奈ちゃんがずっと一緒に居られる様に。私も手伝うよ」


「……! いいの?」


「もちろん!」


「でも、私、そんな事して貰う理由が、ないよ」


「あるよ」


「え?」


「だって、私と紗理奈ちゃんはもうお友達でしょ?」


紗理奈ちゃんは私の言葉に目を見開いて、瞳を大きく揺らした。


それはまるで迷子の子供の様に、不安で潰されてしまいそうな目立った。


だからか、私は自分よりもやや小さい紗理奈ちゃんを思わず抱きしめて背中を撫でる。


怖くないよという様に。


なんでそんな事をしようと思ったのか。それは分からない。


もしかしたら過去の自分を紗理奈ちゃんに重ねたのかもしれない。


古谷君に出会う前の、独りぼっちで居た自分と。


まぁ、見た目は似ても似つかないけれど。


「ぶ、部長! ヤバイ! 可愛い子と可愛い子が抱き合ってて、ヤヴァイ!」


「なんだこれ……部長、これはいったい!」


「覚えておくと良いわ。これが尊いとか、萌えとかいう感情よ」


「これが!」


「勉強になるわー」


ワイワイと騒がしい周囲は無視して、私は消え入りそうな声でお姉ちゃんと呟く紗理奈ちゃんに意識を集中する。


そして、先ほどよりも少しだけ強く抱きしめ、背を撫でながら大丈夫だよと何の根拠もない薄っぺらい言葉を並べるのだった。


それから小一時間は紗理奈ちゃんを抱きしめていたのだが、少しずつ落ち着いたのか、紗理奈ちゃんは私から離れ、小さくありがとうと呟く。


可愛いだけでなく、何か複雑な事情を抱えているのだろうなとは思う。


でも、それはそれだ。


どんな事情があろうと、佐々木君を好きな紗理奈ちゃんの気持ちが成就すれば、紗理奈ちゃんは幸せになれる。


それは間違いない。どんな苦難も困難も、恋する少女のパワーには勝てない。


それだけが真実なのだ。


だから! 私は自分の欲望だけでなく、紗理奈ちゃんの友達として、紗理奈ちゃんの恋を手伝おうと改めて心に誓うのだった。


そうすれば、どんな障害が紗理奈ちゃんの前に現れても、きっと乗り越えていけるだろうから。


それから私は、紗理奈ちゃんの恋を応援する為に、調理部の時間やそれ以外の時間も紗理奈ちゃんと共に過ごし、佐々木君へのアタックを援護するのだった。




そして、そんな風に紗理奈ちゃんと急速に仲を深めていたある日。大きな大事件が起きた。


そう。立花さんが事故を起こして、意識不明の重体で入院してしまったのだ。


校内の雰囲気は最悪であり、佐々木君も紗理奈ちゃんも酷く落ち込んでいる様だった。


それから一カ月ほど経ち、立花さんは何とか意識を取り戻した様だったが、佐々木君は何やら追い詰められている様で、紗理奈ちゃんの事も放置して練習漬けの毎日である。


私はと言えば、何度か紗理奈ちゃんを支えながら佐々木君に接触したのだが、佐々木君は野球しか目に入らない様で、紗理奈ちゃんと話をしている余裕もないようだった。


しかも練習には古谷君が付き合っているから、最近はすっかり一緒に帰る事が出来なくなっている。


佐々木君の気持ちも分からなくは無いから、文句を言う気はない。ないが、少しは紗理奈ちゃんの事も見てあげて欲しいと思わなくはないし。


古谷君を解放してくれと思わなくもない。


まぁ、思った所で何も変わらないのだけれど。


早く佐々木君の悩みが解消して、紗理奈ちゃんの事を思い出して、古谷君を解放してくれます様にと。


一人寂しく歩く帰り道で星空に願うのだった。

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