第7話『付き合うって、彼氏彼女ってどうやってなるんだ?』
仲の良い男女が二人で喫茶店に行き、映画を見た。
これを世間一般では何というだろうか。
そう。デートだ。
私は映画が終わった後に、学生の味方の安いファミリーレストランでお昼ご飯を食べながら、映画の感想を話していた。
「良い映画だったね」
「そうだね! 特に、途中のシーンが良かったなぁ。甲子園に付いてきてくれってヒロインに言うシーン」
「うん。良いシーンだったね」
「そうなんだよ! あの人。誰さんだっけ。そう! 星野雛さん。この人絶対有名になるよ! 私の勘がそう言ってる!」
「アハハ。藤崎さんは色々な映画見てるんだもんね。なら僕も覚えておこうかな」
「その方が良いね。間違いないよ。だって演技力が飛びぬけてるんだもん!」
「そうなったら、また一緒に映画を見たいね」
「そうだね!」
って、あれ? なんか今凄い事を言われた様な?
……いや、勘違いじゃないよ! 間違いなく言われたよ!!
「そ、そうだね」
「うん」
「あ、あ、そう言えば、古谷君はどうだった? 面白かった?」
「うん。面白かったよ。僕も野球やってるからね。来年には彼らと同じ様に甲子園を目指す。その覚悟を教えられた様な気がしたよ」
「甲子園って言えば……古谷君って、山海高校でも良いの? あんまり野球で有名な高校じゃ無いんでしょ?」
「うん。でも山海には立花先輩もいるし、佐々木君も行くしね。それに……」
「それに?」
「藤崎さんが行くって聞いたからさ」
「私……? なんで」
「それは、まぁ。まぁ、色々とあるんだ」
色々と言われ、私はその色々について考える。
そして、浮かんだのはやはりお弁当についてだ。
「あ。もしかしてお弁当が気に入ってくれたから?」
「うー、ん。まぁ、それもあるね」
「そっかそっか。分かったよ。じゃあ、高校でも作るからね! 楽しみにしてて」
私は知らぬ間に胃袋を掴んでいたらしい事実が大変嬉しくなり、楽しくなって笑う。
実に順調じゃなかろうか。
このままいけば……。いけば? いけばどうするんだ?
どうすれば良いんだろうか?
付き合うって、彼氏彼女ってどうやってなるんだ?
告白。だろうか。
でもなんて言うんだろう。
昔からずっと好きでした。とか?
昔っていつだよ。小学校三年生の時……。
引かれない? え? そんな前から? ストーカーじゃんとか言われない?
そんなに昔から? 気持ち悪いとか言われないかな。大丈夫?
うっ、想像したら気分悪くなってきた。
でもすぐに目の前で穏やかな顔をしている古谷君を見て気分を立て直す。
気合いだ。気合。
「でも、古谷君が山海高校に行くなら、甲子園も夢じゃないね」
「そうかな」
「そうだよ。だって、中学の時は全部優勝してたでしょ?」
「それは……立花先輩とか大野先輩が居たからね。それに佐々木君や鈴木君もさ」
「そうかなぁ。古谷君だって、こうやっておりゃって打ってたじゃない。あれってホームランって言って一番凄いんでしょ?」
「まぁ、そうなんだけど、そうじゃなくて。うーん。難しいなぁ」
「良いんだよ。本当は凄い人はいっぱい居るのかもしれないけどさ。私には古谷君しか見えてないから。だから私にとっては古谷君が凄い。それじゃ、駄目?」
「……駄目じゃない」
「うんうん。良かった」
私は古谷君が気分悪くなってしまったかと不安になったが、とりあえず笑ってくれたことで安堵する。
よくよく考えれば中学三年間野球見に行って、全くと言っても良いほどルールが分からないのはどうなのだろうかとも思う。
でも、まぁ、現状で十分楽しめてるし。
うーん。少しは覚えた方が良いのかなぁ。
野球に詳しい方が古谷君も嬉しいだろうし。お父さんに聞いてみる?
でもなぁ。前に聞いたけど、何言ってるか良く分からなかったし。
野球が好きなのは分かったけど、それしか分からなかった。
やっぱりお父さんに聞くのは止めよう。
いや、そうか! 古谷君に教えて貰うっていうのはどうだろう?
そしたら、あれだよ。野球場デート? とでもいうのかな。
それが出来るんじゃないかな。
しかし、それはタイミングを見計らいつつだ。がっつき過ぎは悪である。
適度に接するのが良いって雑誌にも書いてあったし。
「そういえばさ。勉強はどうする?」
だから、今は少しずつジリジリと距離を詰めるのだ。
そんなこんなで日々を過ごし。
私は古谷君に勉強を教える様になっていた。
しかし、受験が近づいてくると図書館も混んできており、勉強する場所を確保するのが難しくなっていた。
そこで!
私はそれとなく古谷君の部屋で勉強しようか。なんて言ってみて……来てしまった。
古谷君の部屋に。
「じゃあ入って。とは言っても汚れてるけど」
「私は気にしないから大丈夫だよ」
少しくらい欠点があった方が人間味があって良いってもんよ。
今は格好良すぎるからね。古谷君は。
「では、失礼しますっと」
私は嬉しさを噛みしめたまま部屋の中に入り、案内されるままに部屋の置くに座った。
そして正座しながらキョロキョロと周りを見る。
「藤崎さん。あんまり見ないで」
「あ、ごめんなさい」
「いや、良いんだけど。まぁ良いや。飲み物とか取ってくるから」
「行ってらっしゃーい」
私は部屋から出て行く古谷君に笑顔で手を振りながら、扉が閉まった瞬間に視線をベッドの下に向けた。
静香ちゃんに聞いた話ではそこに男の子はエッチな本を隠しているという。
古谷君がどんな本を持っているのか、それを調査するのは重要だ。
私はサッと屈み、携帯でベッドの下を照らしながら、何か本が無いかと探し、ソレを見つけた。
本屋で貰える紙製の包装に入ったままの雑誌の様なものを手に取り、目を細める。
「これかな」
包装から外に出して、その写真集と思われる物を1ページ、1ページ確認してゆく。
聞いたこともない名前だが、アイドルだろうか。
古谷君はこういう女が好きなのだろうか。
「胸……デカいな?」
自分の胸を触ってみるが、わびさびを感じた。
それなりにはあるけど、それなりって感じ。中途半端だった。
豊胸とかしてみる? 効果があるか分からないけど。
いや、でもここまで成長するものなんだろうか。
大きい子はもう既に大きいしな。
しかし抵抗を止めてしまえば、侵略者の自由にされてしまうという事だ。
もし古谷君の前に胸の大きな女が現れた時に、古谷君の興味がそっちへ移ってしまうだろう。
それは駄目だ。イカン。遺憾である。
諦める事は死を意味するのだ。
しかし、今すぐに胸を大きくすることも美少女になる事も出来ない。
ならば何か学べる事は無いかと私はページをめくってゆく。
どのページでも写真の女は男を誘ういやらしい格好をしていた。
良くないな。本当に。不健全だわ。
燃やしたいな。
「お待たせ……って、何やってるの!?」
「おかえり。ベッドの下から見つけたから、ちょっと見てた」
「これは違うから! 鈴木君が置いていっただけだから!!」
「そうなんだ。じゃあ古谷君が買った本は?」
「え」
「興味があるの。見せて?」
「いや」
「見せて?」
私は古谷君におねだりをして、遂に机の下の引き出しの奥から、同じ様に本屋さんの包装に包まれたままの雑誌を見せてもらった。
そして古谷君に勉強を教えながら、私はジッと雑誌の研究をする。
なるほど。確かに。さっき鈴木君の私物だと言っていた雑誌とは傾向が違う様に見える。
写真には小悪魔がどうのこうのと文字が躍っている。
希望的観測で物を語るなら、まぁまぁ私に似ている様な気がする。
全体的な姿がよく似ていた。
多分。
メイクとかコーデとか参考にするか。
「あの。藤崎さん?」
「どうしたの? 古谷君。何か分からない所でもあった?」
「いや、そっちは大丈夫なんだけど」
「分かったよ。何か分からない事があったら教えてね」
「……分かったよ」
「うん」
私はまた雑誌に視線を戻す。
参考になるとは思いつつも、この女が古谷君に色目を使ってたと思うと憎々しく思う。
が、所詮は印刷物。本物である私には敵うまい。
ならば敵を参考にして長所を伸ばすのだ。
でも時間が足りないな。どうしようかな。
「ねぇ、古谷君」
「な、なにかな」
「この本。借りられる?」
「それは、その。勘弁してください」
「……残念」
せめて表紙を写真で撮って、後で本屋に行ってみるか。
しかし、本屋にその本は売っていなかった為、古谷君の家に行くたびに参考にさせて貰うのだった。




