第10話『じゃあ、こんな風に過ごすのも、後三年しか無いんだね』
波乱も波乱の高校生活が終わり、私は大学へと進学する事になった。
さて、古谷君と私の関係だが……!
何の進展もありませんでしたっ!!
意味が分からない。どうしてこうなった……?
チャンスはいくらでもあったハズだ。
しかし、結局関係性は何も変えられないまま、遂に大学生である。
ハハハ。笑える。
小学校三年生の時から好きになって? もう十年以上片思い?
我ながら気が長い事だと思わなくもないが、もう駄目かと諦められるほど、私は大人じゃないのだ。
だから今日も今日とて一人暮らしをしている古谷君の家にお邪魔して、夕食を作り、部屋を掃除して……ってちょっと待て!
「これは……」
テーブルにまるで隠す様に置かれていた一冊の本を手に取って、私はジッとそのタイトルを見る。
【友達と恋人になる方法】
私はその本をパラパラとめくりながら、中を確認してゆく。
なるほど、恋人という意味ではなく、友人として親しくなりすぎてしまった人がその友人と恋仲になる為にどうすれば良いのかが分かる本って感じか。
くっ! 古谷君! まだ紗理奈ちゃんを諦めてないのか……!
私の知る限り、古谷君の友達で異性なのは紗理奈ちゃんだけだ。
親しいという人間なら他にも居るかもしれないけど、それだけ近しい人間が居るなら佐々木君から紗理奈ちゃんを経由して伝わってくるハズ。
つまり、紗理奈ちゃん一択!!
う、うぅ……。結局紗理奈ちゃんを諦められないのなら、古谷君に辛い思いをさせてまで二人をくっつけるべきじゃ無かった?
今からでも遅くないか……?
いや、でもなぁ。紗理奈ちゃんを悲しませたくも無いんだよなぁ。
悩ましい。
私は本に何か参考に出来る事は無いかと読み進める。
そんな中、ちょうど古谷君が学校から帰ってきた音が聞こえたので、玄関へと向かった。
「おかえりなさい。古谷君」
「あー。ただいま。今日も、来てたんだね」
「あっ、ごめんね? 迷惑だった?」
「いやいや! 全然そんな事ないよ」
「良かった。じゃあ、ふふっ、お風呂にする? ご飯にする? それとも、わ・た・し?」
「っ!! ふ、藤崎さん!? 何言ってるの!?」
「アハハ。冗談だよ。冗談。お風呂とご飯。どっちにする?」
「……じゃあ、お風呂で」
「分かった。すぐに準備しちゃうね」
私はパタパタと小走りにお風呂場へと向かい、お湯を入れながら着替えなんかを用意してゆく。
しかし、今日も駄目だったか。
しれっと新婚さん作戦……!
古谷君は動揺するだけであった。
勿論君だよ。みたいな回答が返ってくるわけもなく、あえなくスルー。
まぁ、こんな事で古谷君が私を意識するならもっと前から意識してるって話な訳で。
しょうがない。新婚さん作戦は諦めましょう。
私は玄関で待っていてくれた古谷君に準備が出来たよと告げて、お風呂上りにちょうどご飯が食べられるように支度をしてゆく。
それからあまり時間は掛けず古谷君はお風呂から出てきたので、私はテーブルの上に渾身の料理を並べてゆくのだった。
今日も今日とて胃袋を攻める。
私と付き合うとこんなに美味しい料理が食べられますよっと。
そして、食後のお茶を手渡しながら微笑む。イメージは貞淑な美人女将って感じ!
見た目はほど遠いが、空気感が伝われば良いのだ! 細かい事は気にするな!
「ごちそうさまでした。ありがとう。毎日ごめんね」
「ううん。材料費は貰ってるし。料理するの、好きだからね」
負担じゃありませんよアピール!
「そっか。でも、やってもらってばっかりじゃ悪いから。何かお礼させてよ」
「お礼かー。そうだなぁ。あ! じゃあまた映画。見に行こうよ。新作」
「そんなことで良ければ。じゃあ何の映画見に行こうか」
古谷君はテーブルの上にノートパソコンを乗せながら近くの映画館で放映している映画の一覧を出す。
横から見ていたが、ちょっと見えにくかったので、私は古谷君のすぐ隣に移動した。
「っ」
「あ。これ、話題になってた奴だよね。気になってたんだ。あっ、待って待って。これ! これ! 気になる!」
私は思わず古谷君が持っているマウス君を古谷君の手ごと上から握り、クリックして詳細を表示して、見る。
出演者とか、監督とか。
映画はそんなに詳しくない私だけど、それでも知っている人の名前が多かった。
評判が高いのも頷ける。
「ねぇ。古谷君! これにしない?」
「い、良いんじゃない、かな?」
「やったー」
実に楽しみである。
私はおそらく週末に行われるであろう週末デートに何を着ていくか考え、ふむふむと悩む。
この前買ったばかりの服着ていこうか。
いやーでもなぁ。露出高いのは古谷君もあんまり好きじゃないみたいだし。どうするべか。
上着増やせばオーケー? いや、てかよくよく考えれば今薄着じゃん。でも、古谷君嫌がってないし。はて? どういうこっちゃ。
「ねぇ。古谷君」
「な、なに……かな?」
薄い上着をヒラヒラと動かしながら薄いですよアピールをしつつ、どう思うか古谷君に直接聞いてみる事にした。
実際、問題なければ可愛い方が良いしね。
私もテンション上がるし。可愛いと思ってくれれば古谷君の意識も少しはこっちに向けられるだろう。
完璧の構え。
「これ、どう思う?」
「ど、どうって?」
「服。私に似合う?」
「そりゃ、似合うよ。似合うけど、その、あんまり動かすと」
動かすとなんだ? てか古谷君の視線が逃げていく!
ちゃんと見てってば!!
私は逃げていく古谷君の頬を掴んでこっちに向けた。
「ちゃんと見て」
「見てる! 見てるから!」
「なら、どう思う?」
「可愛いよ! すっごく可愛い!!」
「そっか。なら、週末デートはこんな感じの格好で行くねー」
よしよし。良い感じじゃな。
可愛いと古谷君のお墨付きである。どうよ。
しかし、一度は可愛いと言っていたのに、古谷君は小さく駄目だと呟いた。
「古谷君……?」
「そういう格好って前に着てきた感じの奴だよね?」
「え、っと。多分、そうだけど」
「じゃあ駄目。危ないから」
「危ない……? 何が……?」
「何がって、この前もナンパされて困ってたでしょ!」
「あぁ。あったねぇ。そんな事」
そういえば記憶の片隅にそんな存在が居たと思い出す。
何言っても消えないから、どうしようか考えていた所に古谷君が颯爽と駆けつけて助けてくれたのだ。
やっぱりカッケーわ。古谷君は。
「ほら。同じ目に遭うよ?」
「アハハ。無い無い。あの人らは女の子なら誰でも良かった感じでしょ。ナンパってのは可愛い子しかされないんだよ。古谷君」
何か言ってて悲しくなるが、まぁ良い。私は見た目じゃ無くて中身で攻めてるから。泣いでねぇがら!
「このっ、君はっ、本当にっ」
「へ?」
「とにかく! あぁいう人たちに絡まれる可能性があるんだから! 露出は控えて!!」
「まぁ、古谷君がそういうなら。上着着ていくねー」
仕方ない。諦めるとしよう。
まぁ無理して外で着なくても良いしね。
「……なんか無理強いして、ごめん」
「いやいや。私の事考えてくれてるのは分かるから。全然気にしてないよ。それに」
「それに?」
「映画終わって家に帰ってきたら……上着で隠した中身。見せてあげるね?」
私は肩を軽く露出しながら、首を傾げて古谷君に笑いかけた。
定例の古谷君が好きな小悪魔ムーブで古谷君への大ダメージを狙う!!
しかし、古谷君はため息と共に天井へ視線を逸らしてしまったため、効果なし!!
先生……小悪魔出来るだけの色気が欲しいです……。
「お、俺。レポートやらないといけないから。そろそろ」
「あ。ごめんね? じゃあお茶のお代わり用意してくるよ」
「うん……ありがとう」
私はお茶のお代わりを追加し、自分の湯飲みにも入れて、古谷君の傍に戻った。
そして、古谷君に湯飲みを渡してから真剣な顔でノートパソコンを見ている古谷君の横顔を楽しむ。
しかし、あまり邪魔しても悪いと私も後片付けをして時間を潰していたのだが、古谷君がまだ時間が掛かりそうだったので本を読む事にした。
読む本は当然さっき見つけた【友達と恋人になる方法】である。
古谷君のすぐ後ろにあるソファーにお邪魔しながら1ページ1ページじっくりと読んでゆく。
集中して読んでいた私だったが、疲れているせいか酷く眠くなってしまい、少しだけ寝かせてもらおうとソファーにそのまま横になった。
横になってから本を持ったままである事に気づいて、どこかに置こうかと思ったけれど、それも何だか失礼だなと考え、落とさない様に大事に抱きしめて寝る事にした。
自分で考えていたよりも、大分疲れていたらしく、すっかり眠りこけていた私は古谷君に声を掛けられる事でようやく目を覚ますのだった。
「藤崎さん!」
「ん、に? あ、ごめん……寝ちゃってたんだね」
「いや、それは良いんだけど。ほら、そろそろ帰らないと」
「んー! そうだね。じゃあそろそろ帰るよ」
「送ってく」
「別に良いよ。もうお風呂入っちゃってるし」
「良い。送っていくよ」
「そっか。ありがとう」
へにゃりと笑い、私は伸びをしながら手に持った本を思い出し、それを古谷君に返した。
「こ、これ!」
「うん。なんか見つけたから借りちゃった。ごめんね?」
「いや、良いんだけど……その、どうだった?」
「どう。と言われても面白いなーって感じだったよ」
「そ、そう」
「うん。私も参考にする日が来るかもねー」
なんて。
まぁこんな本で何とかなるなら今頃入籍してるわって感じだけどね。
「藤崎さんは!」
「うん?」
「……大学で、友達出来た?」
「うん。結構いるよ。まぁまぁ順調って感じかな」
「そう……そうなんだ」
「まぁ。それなりに頑張ってるからね!」
そして私は帰る準備をして、古谷君に見送られながら自宅へと向かう。
古谷君の住んでいる家から少し離れた場所にあるマンションなのだが、歩くとニ十分ほどだ。
自宅に着いてしまえば、二人きりの時間が終わってしまう。
それが何だか惜しくて、私はゆっくりと歩くのだった。
「藤崎さんは」
「ん? どうしたの?」
「……」
「古谷君?」
「……最近、どう?」
「んー。最近かぁ。うん。楽しいよ。大学も、こうして古谷君と一緒に過ごすのも、さ」
「そっか」
「うん。ずっと続けば良いなって思うくらい。古谷君は、どう?」
「俺も、そうだね」
「ふふ。両想いだね」
私は何だか嬉しくなって思わず一歩踏み込んだ事を口走るが、特に古谷君からの返答は無かった。
それを少し寂しく思いながらも、私はさっきほ言葉を押し流す様に言葉を放つ。
「そういえば、古谷君はプロに行くんだよね?」
「うん。そのつもり」
「そっか。じゃあ、こんな風に過ごすのも、後三年しか無いんだね」
「え」
「うん。そっか。じゃあ後悔しない様にしなきゃね」
私は精一杯の笑顔を作って、古谷君に微笑むのだった。
これは私の意思表示だ。
変わらない日常は後三年以内に終わらせる。
そして、私は古谷君と恋人になるのだ。
その為に、私は……戦い続ける。
その、決意表明なのだ。
この日々を、永遠のものにする為に。




