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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
最終章

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92/121

国を背負う者として【アルフレッド】

 今日は僕の婚約者を発表する日。


 半月前、リーネットに帰って来た僕は真っ先にシオンに会いに行った。


 父上から届いた手紙には帰還命令と、シオンがモーイの街で暮らしているということが綴られていて。


 読んだ瞬間、我が目を疑い、早く帰らなければと気持ちが先走ったのをよく覚えている。


 すぐに帰れなかったのは“色々とやること”があったからだ。それさえなければ手紙を貰った当日に帰っていたことだろう。


 シオンがまさかリーネットにいたとは。灯台もと暗しとはこのことだ。そりゃあ、どこを探しても見つかるはずもい。


 母国にはいないし、国を出たとしても隣国だなんて。近すぎるよ。


 探しに行く国は最低でも四~五日はかかる遠国を予定していた。


 ハーストにいたら、隣国の魔物被害が減ったなんて噂話を聞いたこともなかったし。


 情報を規制していたわけではなく、あの国の人間は驚くほど興味がないんだ。他の国のことなんて。


 そのくせ自分達の痛みには敏感。自分達を不幸に陥れた人間のことを憎み恨む。


 一目でわかったんだ。長く美しい銀色髪は黒く短くなっていたけど。僕には彼女がシオンであると。


 だって髪の色が変わろうとシオン自信が変わるわけではないのだから。

 

 「意外だったよ、アル」

 「兄上」

 「アルはシオンのことを諦めないと思っていたのに」


 あの日。僕はシオンに告白をした。受け入れてもらえるとは思っていなかったから、諦めずに何度でも伝えるつもりだったんだ。


 君が好きだと。


 世界で一番愛しているって。







 

 ꕤ︎︎






 「殿下。ありがとうございます」


 シオンは薔薇を受け取ってくれた。胸が高鳴る笑顔を浮かべて。


 ──好き。めっちゃ好き。可愛い。抱きしめたい!


 溢れんばかりの欲を箱に詰め込むイメージで押し込んだ。


 僕達は数回しか会ったことがないのに、そんなことを口にしたら気持ち悪いだけ。


 ──もう好きって言っちゃってるんだけどさ。


 それとこれは違うっていうか。うん、そう。想いを伝えるのと欲を叶えようとするのは別なんだ!


 「殿下のお気持ち、とても嬉しいです」


  シオンがはにかむと、肩に乗った猫、ノアールも笑った。


 僕の記憶の中にいる君は泣いている。孤独に、誰かと触れ合うことも許されずに、ただ一人で。


 笑顔を見たのは入学式。


 僕が生徒会に入ったのはシオンに花を付ける役目を誰にも渡したくなかったから。兄である小公爵にも。


 シオンにとって特別な思い出には全部、僕だけがいればいい。例え家族だろうと邪魔をしてほしくなかった。


 「僕はこれまでのシオンの痛みや苦しみを理解出来るわけではないけど、これからの痛みや苦しみは共に背負っていける。シオンが幸せだと笑える日々を送れるように傍にいたい」

 「そんな風に言ってもらえて嬉しいです」

 「え……?」


 シオンは薔薇を僕に返した。それが意味するのは一つ。


 「そう……だね。急すぎたよね。ごめん。あの、また今度、日を改めて……」

 「いえ。何度想いを告げられても答えは同じです」

 「シオン!僕は君が好きだ!愛してる!!この世界の誰よりも!!」


 傲慢だ。一方的な僕の想いを押し付けて、願いを叶えようとするのは。それは縛るのと同じなのに。僕はシオンに隣にいてほしいし、その未来を手放したくない。


 醜い執着心。滲み出る醜悪さ。縋るかのように伸ばそうとした手を抑えた。


 そんな僕を見てシオンは、申し訳なさそうに一言だけ……。











 ꕤ︎︎






 「疲れたって……言ったんだ」


 その一言で理解してしまったんだ。シオンは“特別”を作らないと。愛情を求めることはあっても、愛は求めない。


 人と関わることはやめたくないし、リーネットで生きていくと決めた。


 それでも……。


 何十年と続く人生でのたった十六年。でも、シオンにとっては、たったではない。心が疲弊し、傷ついた。粉々に砕けて元の形には戻せない。


 思い出すだけで涙が溢れる。


 僕はどうすれば良かった?


 恋をしたあの日に声をかけるべきだったのだろうか。


 無理やりにでもシオンをあの屋敷から連れ出していれば何かが変わったのだろうか。


 正解なんてわからないまま、漠然とした後悔の波が押し寄せてくる。


 「好き、なんだ。本当に、誰よりも。シオンは僕の隣にいてくれるって、僕を選んでくれるって、信じて疑わなかった」


 運命とはそういうものだと、知っていたから。シオンの幸せには僕がいるものだとばかり。


 「ごめんねアル」

 「どうして兄上が謝るんですか」


 慌てて涙を拭いた。


 兄上は傷つき泣きそうな顔をしていて、僕を抱きしめた。


 「私がアルに王太子の座を押し付けてしまったから、諦めしかなかったんだよね」


 兄上は天才だ。才能があり人格者。努力を怠ることもなく、誰にでも平等で優しい。


 もしも欠点を上げるとしたら自信のなさ。優しすぎるが故に他者を簡単に許す心を持ち合わせている。


 罪を犯したからといって事情も聞かずに罰してしまう非情よりもマシかもしれないが、情状酌量の余地があれば罪を不問としてしまう。あまり王には向かない性格。


 だからこそ、僕やレックが下から支えるつもりだった。


 玉座に就くのは兄上以外にはいないと、子供ながらに理解していたし、認めていた。この人には一生かかっても勝てないと。


 その兄上に王太子の座を継いでほしい言われたとき、目の前が真っ暗になった。


 誰かに何かを言われた?


 兄上以外に玉座に相応しい者などいるものか。


 当然、僕は断った。だってそうだろう?王太子になるということは、兄上の素晴らしく輝かしい未来を奪うことになる。


 脚光も尊敬も全ては、兄上が浴びるべきもの。リーネットの未来は兄上と共にある。


 僕は本当に継ぐつもりなんてなかったんだ。兄上と向き合うまでは。


 家族で話し合いの場を設けた。


 兄上は自信がなさそうに、自分の性格上、人の上に立つことは向かないし、下から支えるほうが性に合っていると揺るがない覚悟を持っていた。


 そのとき思ったんだ。この人は弟の僕に譲ってくれているのではなくて、僕だから相応しいと認めてくれているのだと。


 レックは昔から騎士に憧れていて、物心つく前からずっと剣を握ってきた。第二騎士団長として国を守るのだと断言するほど。


 「違うよ、兄上」


 兄上の気持ちを知って、僕は僕の意志で王太子になることを決めた。


 押し付けられたわけではない。責任を感じているのなら大きな間違いだ。


 シオンにフラれたのは後悔するような人生を選択した僕のせい。責任転嫁をするつもりはないし、諦めたのだって王太子だからというよりかは無理に踏み込んでシオンの心を傷つけたくないだけ。


 僕の幸せにシオンはいてほしいけど、シオンの幸せに僕は必要ない。

 認めたくない事実。


 突きつけられた現実は胸を締め付ける。この痛みはまだ当分は続く。和らぎ思い出となるのは、ずっと先。幾つもの季節が巡った後だ。


 「兄上。僕は大丈夫です。会場で待っていて下さい」

 「アルもレックも私の大切な弟だ。苦しいことがあるなら話して欲しい。力になるから」

 「うん。ありがとう。兄う……兄さん」


 いつぶりに呼んだのか。兄上は子供っぽく笑った。


 僕はこの笑顔が好きだ。完璧な兄上が僕達だけに見せてくれる特別な素の表情。


 王太子になってからは甘えを捨てるために「兄上」と呼ぶようになってからは、それに応えるように兄上も少し変わってしまった。


 寂しくはあったけど、僕が選んだ道なのだから仕方ない。感情に左右されないように取り繕うしかなかった。


 泣いてしまったせいで赤くなってしまった目を氷と水の複合魔法で冷やしてくれた兄上は、先に会場に行って僕が来るのをレックと待っていてくれる。


 ノックの音と共に入ってきたのは僕の婚約者、アユラ・ソレーネ公爵令嬢。


 薄黄色の長い髪と水色に近い薄い青色の瞳が特徴。


 僕と同い歳で、僕と同じく失恋をした。いや、アユラの場合はずっと前から失恋をしていた、のほうが正しい。


 兄上の婚約者候補に選ばれていたアユラは一目で恋に落ち、隣に立つべく相応しい淑女になるために努力を重ねてきた。そして……恋が成就しないことをわかってしまう。


 好きだからこそ、好きな人が誰を好きになったのかがわかる自分が嫌になった。


 気付かないふりをしてアプローチする手もあったが、空気を読めない愚か者になりたくなくて身を引いた。


 「本当に僕で良かったの?アユラにはもっと素敵な人がお似合いなのに」

 「それは私の台詞です。私は未だにスウェロ殿下をお慕いしているんですよ」

 「僕だってまだシオンが好きだ」


 顔を見合わせて、二人して小さく吹き出した。


 そう。僕達は吹っ切れてはいない。


 お互いに好きな人の一番になれないまま、別の相手と政略結婚をするだけ。政治とはそういうものだし、愛は育めばいい。


 叶わぬ恋を追い求めて国の未来を蔑ろにするのは身勝手すぎる。


 同じ痛みを分かち合う者同士、惹かれ合うことはまずない。


 「アルフレッド殿下。私は不誠実な女ですが、貴方の婚約者として、妻として。務めは果たします」

 「君が不誠実なら僕も不誠実な男だよ」


 僕達はこの国を背負って立つ。実らなかった初恋に引きずられるわけにはいかない。


 気持ちが落ち着くのを待ってくれていたアユラをエスコートするために差し出した手を、そっと取った。


 みんなが待つ会場へと向かう。

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