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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
最終章

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伝えるべき大切なこと

 よく見慣れた一室。そこには王妃様もいた。くつろぐことはなく、祈るように手を組んでいる。


 私達の姿を見るなり立ち上がり、駆け寄ってきた。


 「王妃殿下がなぜここに」


 当然の疑問だ。行くときは一人だったのに、帰ったら二人になっているのだから。


 「胸騒ぎがしたからです。シオン嬢、目が腫れているわ。顔も疲れているみたいだし。よもや、貴方達がついていながらシオン嬢に何かあったのですか」


 家族ではなく王妃としての質問。


 鋭い眼光に空気がピリッと変わる。


 「みんなは!ちゃんと……守ってくれました」

 「レイ。何があった」


 今度は王様が優しく問う。


 誇張なくありのままを伝えられるのはレイだけだと判断した結果。


 大まかな部分はカットして、公爵達のモラルの欠片もない発言を中心に、正確に二人に伝えられていく。


 「何だと!!?奴ら、そんなことを言ったのか!!」


 一言一句、違わず伝えられるレイがすごい。というか怖い。どんだけ記憶力良いの。


 私のために怒ってくれることが嬉しいと同時に申し訳なく思う。


 私には生まれてくる価値も生きる理由も存在している意味さえもなかった。


 温厚な王様は怒りを顕にしながら隣国がある方角をしっかりと見据えている。




『いずれは捨てられる』




 私が信じたいのはあんな人達ではないのに、呪いは正常な思考を奪い去った。


 そうだ。愛されず必要とされることもない私は厄介者。ずっと暮らしたいなんて傲慢だ。


 いつか迷惑をかけてしまう前に新しい国に行くのが最善ではないか。


 私はもう知っている。世界は私とノアールを拒絶しない。ずっと留まることは無理でも転々と旅をするように、色んな国を渡り歩くのも楽しそうだ。


 風が木々を揺らし木の葉を落とすように、心が揺れザワつく。


 影が視界に落ちる。思考が止まりかけると、ふと体全体に体温が広がった。


 それが王妃様に抱きしめられたからだとわかったのはすぐ。


 「もう大丈夫。よく頑張りましたね」


 この感覚、懐かしい。


 私が桜だった頃。褒めてくれるときお母さんはいつも抱きしめてくれた。優しく、力強く。


 久しいぶりに感じる母の温もりが影を吹き飛ばす。視界が開け明るくなる。


 「シオン」


 レイが私を呼んだことにより一旦、王妃様は私を離す。


 「遅くなってすまない。今更だと呆れるかもしれないが」


 伸びてきた手はしっかりと私の両手を包み込む。ギュっと力を込めた。


 「生まれてきてくれて、ありがとう」


 それはずっと……言われたかった言葉。


 ありふれた作られた物語では、当たり前のように伝えられてきた。


 生まれたこと、出会えたこと。肯定してくれる存在がいるのは特別で、こんなにも嬉しい。


 私は、シオンは……。この世界に生まれてきて良かったのだ。


 視界が滲む。みるみる涙が溜まり、一回の瞬きで一気に流れた。


 「他の誰がどう思おうと、私達はシオンが生まれたことを嬉しく思う」

 「それは私が、闇魔法を持っているから?」


 私は嫌な奴だ。そんなことないと知っていながら、聞いてしまうのだから。


 それでもレイは、目を細め小さく微笑んでは


 「わかっているだろう?例えシオンが光魔法を持っていたとしても、私達はシオンの存在を否定しないと」


 うん。わかってるよ。ただ、そう言ってほしかっただけ。


 「私達を信じられないなら、これだけは信じてほしい。シオンがいなければノアールは心ない連中に殺されていた。シオンがいたからノアールは助かった。それは生まれた理由にはならないか?」


 ──私がいなければ……。


 白い母猫から生まれた黒い子猫。


 嫌われて、無邪気な正義により殺されかけた。あの日偶然、あの道を通らなければ私達は出会うことなく、ノアールは血まみれのまま放置されていたのだろう。


「存在……。いや、生きていく理由は、これから先の未来。幸せになるためではダメだろうか」


 生まれた価値はなくても、理由はあった。存在し、生きていく理由も。


 ないと思っていたものが見つかると、希望も一緒に見つかった気分。

 私は生まれてきて良かった。


 生きていて……いいんだ。


 「それでだ、シオン。本来、闇魔法を持つ者は縛ることを許されない。この提案はその根底を覆す」


 何を言われるのか。緊張しちゃうじゃん。


 「ずっとリーネットにいてはくれないか」


 手を包んだまま片膝をつくと、後ろにいたオルゼとスウェロは左胸に手を当てていた。


 「幾年の季節が過ぎ去り、この先何十年と続くシオンの未来を守り、その未来を幸せにすると誓う」


いつかのお茶会で王妃様が私にそう言ってくれた。


 ──そうか。レイの言葉だったんだね。


 「いや、誓うんじゃない。幸せにさせてほしいんだ。他の誰でもない、私達に。シオンとノアールの未来を」


美しい顔と真剣な眼差し。


 思いがけないプロポーズ。


 なぜだろうか?レイに言われることが、ちょっとだけ嬉しかったりするのは。


 考えなくてもわかる。


 だってレイは……この手の嘘をつかない。


 あぁ、これは……。トキメキポイントだ。


 心臓がドキドキと高鳴って、体が熱を帯びる。名前を呼ぶことさえ恥ずかしくて、想いを悟られないように平静を装えば挙動がおかしくなってしまう。


 ──ま、私は全然そんなことないけどね。


 自分でも引くくらいに好意が持てない。女として終わってるのかも。


 レイだって、好きになられても困るし嫌だろうけども。


 下心があるわけでも、私の力を求めているわけでもなく、本心からそう言ってくれているのなら好きになってしまうものではないだろうか。普通は。


 わざとじゃなくても、好意を持たれるようなことを自然にやってしまうレイ自身に問題はある。


 それでモテたくないとか言うのはどうかと思う。


 世のモテたい願望がある男性に謝るべきだ。


 「うん。私もずっと、リーネットで暮らしたいって思ってた」


 兼ねてよりの思いを伝えた。涙ながらに。


 「まぁ、酷い男ね。傷ついている子を泣かせるなんて」


 王妃様の顔は笑ってる。レイをからかっているだけ。慰めるようにまた抱きしめられて、頭も撫でてくれる。


 レイは遊ばれるつもりは更々ないらしく、相手にしていない。


 「兄上、義姉(あね)上。シオンのことをよろしくお願いします」

 「どこか行くのか?」


 自発的に敬称をやめたことに違和感を覚えた。警戒をしている。


 「ええ。隣国に。宰相として」


 何をしに?そう聞いたらダメな気がする。


 兄である王様も戸惑いながらも「あ、あぁ…」なんて返事にもなっていなかった。


 このタイミングということは私が関係していることは間違いない。


 明らかに何かを企んでいる目をしてるんだもん。


 ついさっき帰ってきて、またすぐに出向くなんて。しかも宰相として。怖すぎでしょ。


 側近の二人を同行をさせるのは自然の流れではあるけど、スウェロを指名したことにも意味がありそう。


 今度は正式に正面から行くらしく、礼服に着替えた。


 一日かかる道のりをスウェロの魔法で半日以上も短縮する。話し合いが長引いたとしても帰りは空間魔法を使うとして、明日にはリーネットに帰ってくる……で、合ってるよね。


 見送りは断られて、私達はその背中が遠くなっていくのを見ながら祈るしかなかった。どうか全てが穏便に済みますように、と。


 私の腫れた目は王妃様が冷やして治してくれた。


 「シオン。今日はもう王宮に泊まりなよ。疲れただろ」

 「い、いいよ。帰らないとメイが心配するし」

 「俺が伝えてくるから」


 ここにいて、と聞こえたような……。


 そうか。私の心配をしてくれているんだ。


 私はまだ不安定で万全ではない。ちょっとした拍子にまた……。私もうそんなことをするつもりはないけど、目の前で消えかけたトラウマを植え付けてしまった。


 「じゃあ……今日だけ甘えようかな」

 「うん!」


 急遽決まったことなのに、私が泊まる部屋は用意されていた。豪華ではないけど、高級感が漂う。ベッドもフカフカ。


 オルゼは部屋の外で待機。ノアールと二人のほうが気持ちが落ち着くのではないかという配慮。


 心配で心配でたまらないのに、扉一枚を挟んだ向こうで私の心配だけをしてくれる。


 ベッドではしゃぎ回るノアールを抱き上げた。


 小さくて軽い。ノアールは出会った頃から体が大きくなることはなかった。


 それもそのはず。神獣になった動物は主が望む姿となり、一切の成長が止まる。


 小さいままなら私がいなくなった後も、姿を隠しやすいから大きくならないでと願っていた。


 黒は嫌われる。受け入れてもらえない。


 動物の寿命に詳しいわけでもなく、私より長生きするのだろうと思っていた。私がいなくなればノアールは追われ、また純粋なる殺意を向けられる。


 未来を想像するだけで胸が張り裂けそうで痛かった。死んだら終わり。それを痛感してしまった。


【シオン?どうしたの?】

 「あ……あの、ね。ノアールに……」


 言わなくてはならないことがある。本当はもっと早くに。自分勝手な都合で先延ばしにしていたことを。


 どうやって切り出そう。


 緊張から喉が震える。純粋すぎる真っ直ぐな目を向けられて、つい逸らしてしまった。


 これ以上の先延ばしは私にとっても、ノアールにとっても良くない。


 今を逃せば真実を語るチャンスはなくなる。


 「ノアールに謝りたいことがあるの」

【あやまる?】

 「私ね。本当は……シオンじゃ、ないの」


 言った直後、体温が急激に下がった。ノアールに拒絶されるかもしれない恐怖に襲われる。


 それを覚悟していたのに、いざ目の前に迫ってくるとやっぱり怖い。


 私はリーネットが好きだ。そこに住む人を愛している。死ぬまでここで暮らしたい。でもそこに、ノアールがいないのは嫌だ。


 ずっと傍にいて欲しいと思い願う私は自分勝手(ワガママ)


【シオンはシオンだよ?】


 キョトンと首を傾げながらも、いつもの笑顔で答えた。以前なら可愛いと悶え苦しんでいたのに、今はもう罪悪感しかない。


 頭が混乱しないように、なるべく噛み砕いて話す。


 私はここではない別の世界で生きていて、死んでしまったことによりシオンの体に転生した。自我が目覚めたのは入学式前日。でも、私が転生したのはずっと前。シオンが生きることを諦めたあの日だ。


 ノアールは驚きの表情から悲しみへと変わる。みるみる涙が溜まり、それでも現実を受け入れたくないのか大きく首を横に振った。


 私には罪がある。


 ノアールからシオンを奪ったこと。シオンの帰るべき居場所(からだ)を奪ったこと。


 シオンを傷つけ殺したのが彼らだとしても、帰れなくしたのが私なら、私の罪のほうが断然重い。


 私に彼らを責める資格はなかったのだ。罪の重さは等しくなかった。


 私が一番の罪人だったんだ。


 次になんと言っていいのかわからず黙り込んでしまうと、嘘ではなく真実なのだと認めるしかなかった。


 「ごめんね、ごめんね。ノアール……」


 謝って許されるなら、私の存在はとっくに許されている。


 許されていないから、許されなかったからシオンは……。


 「騙してごめんね」


 貴方を傷つけたくなかったとは別に、独りになりたくなかった。


 独りで生きていくには、あの世界はありにも……残酷。


 自分勝手な許されたいがための謝罪。


 私は傍観者だった。作られた世界と物語を、好きなときに好きなだけプレイして、自分と相反さないキャラは否定。


 どうしてそんなことをするのか考えることもなく悪いのはコイツだと、彼らのように決めつけて。


 傍観者はいつしか当事者となる。


 想像を遥かに絶する痛みを抱えて生きていたシオンになって、人の心というものを実感した。


 私はシオンなんだと現実から目を逸らすことも出来ずに生きてきた。


 偽物だったとしても、共に過ごした時間だけは偽物なんかじゃない。私の存在が偽物で在ることを除けば。


 許されたいと思いながらも、許されたくないと矛盾が生じる。


 私の罪は軽いものではない。罰を枷として、一生背負って生きていかなくてはならないのだ。


 ──ノアールを解放しなくては。


 私はシオンではあるけど、ノアールの愛したシオンではない。どんなに寂しくても私がノアールを縛ることなど出来やしないのだ。


 自由に望む場所に行ける。だって黒は忌み嫌われる色ではない。


【シオンはぼくのこと、きらいになったの!!?】

 「違う!!好きよ、愛しているわ。でも……私は」

【心臓の音が違うって、ぼく知ってた】


 額を強く押し付けながら必死に訴える。涙が零れて感情が複雑に入り乱れていた。


【聞いたらシオンがいなくなっちゃいそうで、怖かったのー!!】


 言えない苦しみと聞けない苦しみ。


 お互いが口を噤むことで、奇しくも秘密を共有していた。


【シオンがシオンじゃなくても、ぼくと一緒にいてくれたシオンは本物だよ。いなくならないで。ぼくを……独りにしないでぇ】


 悲痛な叫びは願いでもあり。願いは許しでもあった。


 「いても、いいの?ずっと嘘をついていたのに」

【一緒!約束した!!二人ぼっちって】

 「うん、そうだね。一緒にいたい。一緒にいようね、ノアール。ごめんね、ごめんね。……ありがとう」


 子供みたいに泣き疲れては眠ってしまった。私もノアールも目には涙を浮かべたまま。どこにも行かないように手を握って。


 夢か現実か。私達は意識が繋がったまま同じものを見ていた。


 カーテンを閉めていなかった窓から朝日が差し込み、その光で目が覚めて。二人してボロボロの顔だったのがおかしくて笑い合った。


 滲み薄れていく記憶はまるで光に溶けていくかのようで。


 暗くて黒い世界にヘルトがいたのを覚えている。天に捧げた祈りは空を覆い、淡い光を放つ流れ星に似たようなものが流れていくのを見た。


 気のせいかもしれないけど、目が合った気がしたんだ。悲しく笑って「ごめんね」と呟いたヘルトは私達とは別に、もう一人の姿をその瞳に映していた。


 あれが何で、どんな願いだったのかを知ったのは一年先の未来。

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