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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
最終章

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目元が似ているだけの、赤の他人

 足がもつれて倒れたりしないように、手を握ってくれる温もりは、肩に置かれた見えない手から伝わってきたものと同じ。


 私のために随分と無茶なことをしてくれた。


 最上級魔法を腕に纏うなんて、そんな発想レイらしくない。


 腕を失うかもしれなかったのに。普段のレイなら絶対にしない無謀な賭け。


 もっと現実的で安全な方法を考えるはず。それほどまでに焦っていたらしい。

 時間がかかれば私が消えていなくなってしまうから。


 しっかりと手を繋いだままノアールの元に連れて行ってくれたレイにお礼を言い、飛んできたノアールを抱きしめる。


【なんでーー!!ぼくのこと、置いていくの!!?独りは、やなのー!!】

 「うん……そうだよね、ごめんね」


 独りぼっちから二人ぼっちになった。ずっと一緒にいると約束したのに、私は……。


 私といてノアールの価値が下がることはなければ、可哀想な子になるわけでもない。


 幼子のように大泣きをするノアールを大切に抱きしめて、何度も「ごめんね」を伝えた。



 「シオン。あまり目を擦るな」

 「だって…涙が止まんないんだもん」

 「後で私が冷やすよ」

 「ありがとう」

 「いえいえ。聖女様の役に立てて光栄です」


 性格悪いな。


 ちょっとでも和ませてくれているんだろうけど、バカにされてるみたいで嫌だ。


 悪気なさそうな笑顔。後でお世話になる身だから、出かかった言葉は寸前のところで息と一緒に飲み込んだ。


 「シオン嬢。今回の件、本当にすまな……」


 王太子の謝罪の邪魔をしたのはスウェロ。間に割り込んできた。


 「アース殿下。私は……。俺は人を傷つけるのが嫌いです。だからこそ盾になることを選んだ。でも、もっと嫌いなのは大切な人を傷つけられることだ。自分達が楽になりたいだけの謝罪など必要ない」


 雰囲気は似てないと思っていたけど、オルゼの兄なんだな。


 王太子は心から謝ろうとしてくれているんだろうけど、状況が状況なだけに軽率な行動だったと大人の対応をしてくれる。


 気にしていないと言えば嘘になるけど、王太子達を責めるつもりもなければ、悪いとも思っていない。


 彼らは恩人の最期の願いを聞き届けただけ。


 悪意や私を苦しめるために真実を隠していたわけではないのだ。



 「やはりダメか」


 制度の良い通信魔道具と言えど国境を超えると性能を発揮しない。ほとんどノイズばかりだし、仮に繋がっても迎えには来られないかもと事前に聞かされていた。


 というのも、玉座の間は神聖であり特別。外部から容易く侵入されないように結界が張られている。


 王太子が使った魔道具には感知しないため、私達はこうして玉座の間に入ることが出来た。


 「ノアール。空間を繋げるか?私の執務室だ」

【しつむ?】

 「ほら。遊び……私達がよく行く部屋よ」

 「遊び部屋と言ってくれて構わんが?」


 遊んでるのはノアールだけで、私はちゃんと目的が会って行っている。睨まれる覚えはない。


 それに。レイもノアールが来ると嬉しそうだったじゃん。


 どんな部屋かを理解したノアールは力強く頷くも、空間魔法の使い方がわかっていなかった。


 「ふざ、けるな。ふざけるな!!逃げるのか卑怯者!!」


 怒りに支配されているみたいに目を見開き、ご都合主義の御託を並べる。


 「お前が生まれたせいでユファンに迷惑をかけただけでなく、国家が危機に陥ったんだぞ!謝るでもなく被害者面しやがって!!お前みたいな役立たずは生まれてくるべきじゃなかったんだ!死んで償うのが当然だろう!!詫びながらさっさと死ね!!」

 「言いたいことはそれだけかよ。クソ野郎が」


 我慢の限界がきたのはオルゼだった。一直線にラエルに向かいながら剣を抜く。


 今度は大人しくやられるつもりはないのか、巨大な土の槍がオルゼを襲う。


 不意打ちでもなければバカ正直に真っ直ぐにしか飛ばさないからオルゼなら避けら……。


 避けるどころか突っ込んでは、手に持った剣で魔法を真っ二つ。


 剣で魔法は斬れない。運営がそう決めて設定にしているため絶対。魔剣というイレギュラーは除いて。


 はて?オルゼの剣はあんな色だっただろうか。黄金に輝いているんだけど。


 「あれは、もしかして……聖剣……?」


 オルゼもそんな特別そうな剣を持っていたんだね。


 魔剣持ちのレイまでもが言葉を失うほど驚いている。


 「聖剣はね。清く正しい心の持ち主のみが主となれる別名、正義の(つるぎ)


 ──オルゼ、めちゃくちゃ物騒なことばっかり言ってましたけど?何なら他の団員も焚き付けていたよね。


 それさえも清く正しい心にカウントされているのか。


 聖剣の持ち主が今まで現れなかったのは、正義は必ずどこかで歪むからだ。常日頃から正しさを胸に生きられるのは聖人君子のみ。


 魔剣と違って聖剣は、最初から決まった形をしていない。その人が最も大切にしている物に力が宿る。


 一説によれば聖剣は魔剣をも上回る。これからの頑張り次第で世界最強の剣士の座はオルゼに変わるかもしれない。歴史が動く瞬間だ。


 「そんなにシオンに会いたくないなら、お前が死ねよ」


 逃げられないように体を踏みつけた。


 魔法で抵抗しようにも発動した瞬間に斬られて消されてしまうので魔力の無駄遣い。


 「待って!オルゼ、お願い。殺さないで」


 振り上げる剣を止めた。オルゼはひどく悲しそうな顔をしていた。


 なぜ、止めるのかと。


 たった今、私の死を望んでいた人間を助ける理由なんてない。


 剣を握る手に力がこもっていた。


 「殺してほしくないの。私はみんなが好きだから、こんな連中の穢れた血で、手を汚して人殺しになんて、なってほしくない」

 「穢れた、だと。この俺を……名高きグレンジャーの血筋に向かってよくも!この薄汚い平民の分際で!!俺が庇ってやった恩を忘れたのか!!」


 ──恩?そんなのあったかしら?


 暴言暴力はよくあったけど、恩?


 必死に記憶の回路を辿るもピンとくる場面はない。ノアールにも確認してみるも首を傾げるだけ。


 となると。導き出せる結論は一つ。


 興奮しすぎて私とユファンを間違えている。うん、きっとそうだ。


 謎が解けてこんなにスッキリしたのは人生初。


 ラエルの勘違いであると説明すれば、すぐ納得してくれた。


 築き上げるのは時間がかかる信用も、崩れるときは一瞬。信用がないから誰もラエルを信じない。


 その場凌ぎの嘘。妄言。


 可哀想と思えるほどラエルに興味なんてものはないのだ。


 「お前の部屋を荒らした男だよ!忘れたのかよ!!」

 「あぁ」


 思い出した。


 腹いせに部屋をゴミまみれにした執事のことか。


 へぇー、そっかそっか。ラエルの中では私を庇ったことになってるんだ。


 それはそれは、随分と。


 「めでたい頭をしてるのね」

 「何だと!!」


 つい心の声が。


 まだ死は完全に回避していないのに強気で私を睨む。


 「貴方が庇ったのは私ではなくグレンジャーの名前でしょ?恩着せがましく言うのはやめて」

 「この……っ!!ど平民の分際で貴族に反論しやがって!!」

 「黙れクズが。シオンのおかげでお前の首と体は繋がっているんだ。泣いて感謝しやがれ」


 剣を鞘に収めても殺気だけは直に当てているため、ようやく大人しくなった。


 「ノアール。空間は少し待ってくれ」


 光が宿らない影の落ちた目をしたレイは足音を響かせながら、ゆっくりと、公爵の元に向かう。怖いんだけど。


 普段あんな歩き方しないのに。恐怖心を煽るためなんだろうけども。


 魔王みたいな貫禄なんだよね。


 頭を鷲掴みにしては何かを破るような仕草をした。


 「分不相応に魔法と魔力を持つから、付け上がるんだ」


 まさか……。


 同様の疑問を感じた公爵はすぐに魔法を発動するも何も起こらない。不発。


 今日一の絶望顔。


 公爵の魔法と魔力が奪われた。レイの手には五色の丸い石と透明のひし形の石が握られている。


 飛びかかって取り返そうとする公爵だったけど、そもそも力では適うはずもない。軽く突き飛ばされ尻もちをつく。


 カッコ悪く情けない姿。これがあの、グレンジャー公爵。


 私はこんな人に娘として認められたかったのか。


 夢から覚める瞬間にも似ていて、私の気持ちはすっかり冷めきっていた。


 その後はヘリオンとラエルから難なく奪い、抵抗しようとしたクローラーは氷で動けなくした隙に。


 魔法の属性によって石の色は変わり、魔力に関しては統一して透明なんだ。あれはあれは綺麗だな。


 「この卑怯者が!!自分では手を汚すことなく……。これで満足か!!?」

 「勘違いするな。シオンはお前達への復讐を望んでいない。金輪際、関わりを持つことなく、存在を忘れていくことだけを望んでいた」

 「ならなぜ!!」

 「私達が!!お前達を許さないからだ。レクシオルゼが言っただろう?泣いて感謝しろと」


 私の気分で彼らはいつでも死ぬ。


 脅しじゃないからこそ、恐怖に顔が引きつる。こんな状況でも私に謝ろうとしない姿勢に拍手を送りたい。


 私が悪者で在ることは覆りはしないようだ。


 ──いいけどね、別に。


 石を破壊するとキラキラと光っては宙に溶けていく。その光景はとても綺麗。


 なんだっけ?ダイヤモンドダスト?太陽光がどうのうこした現象。


 「ありえない、こんなことが……」


 奪われ、誰の物にもならなかった魔法と魔力は破棄する選択肢もある。


 破棄は破壊でもあり、壊してしまえば元には戻らない。


 魔力が流れていないことを実感した彼らは、どこか上の空。


 「まぁ!!流石は私の娘!!」

 「え?」


 どさくさに紛れてユファンに拘束を解かせた女性は満面の笑みを浮かべ、両手を広げながら軽やかな足取りで近づいてくる。


 怖い怖い!何!?


 「王弟の寵愛をこんなにも受ける平民なんて世界、いや!!歴史を遡ってもあんただけだよ」

 「はぁ?何言って……」

 「それだけじゃない!王子二人の心を射止めているなんて。私は鼻が高いよ」


 目の色が変わった。媚びを売るような猫撫で声。


 「それでねシオン。あたし達は家族だろう?だから、その……」


 あぁ、連れて行ってほしいのか。リーネットに。


 そうだよね。私とユファンの入れ替えはまだ情状酌量の余地がある。でも、夫殺しは完全なる罪。


 いくら直接、手を下していないとしても共犯であり首謀者。


 それも事故に見せかけるだけではなく、貴族の馬車に突き飛ばし全責任を擦り付けただけではなく金銭まで受け取った。非道極まりない。


 罪人として裁かれるのを牢屋で待つ日々しか待っていないのなら、私とリーネットに逃げればいいと浅はかな考えをしているのか。


 それに一緒に行けば恋をしたレイといられるし、平民の座を脱して王宮で贅沢三昧の暮らしを夢見ている。


 使用人をこき使い好きな物を買い漁り。贅の限りを尽くす気満々。


 全身が欲の塊。


 「シオン。そんな小汚い猫なんて捨てておしまい。あんたにはもっと相応しいペットがいるだろう」


 ヘラヘラと笑うその顔に平手打ちを当てると、中々に良い音が響く。


 頬は赤くなり手の跡がくっきりとついた。


 「私の家族はノアールだけよ。大切な家族を侮辱しないで」

 「たかが猫でしょ!!そりゃあ、あんたみたいなおぞましい姿とあたしは何も似てやしてないけど。あたしは母親なんだよ」


 胸を張って言い切った。


 この国の人はとことん私を奈落の底に突き落とすのが好きみたいだ。一欠片の希望も与えないように。


 残念ながら、この国で希望なんて、とっくの昔に捨てた。希望がなければ絶望することもない。


 「いいえ、貴女は……。私と目元が似ているだけの、赤の他人よ」


 私達を見比べたユファンは小さく声を上げた。


 ここだけしか似ていないけど、似ているとこはあったのだ。


 私は傷ついていない。


 気丈に振る舞えているはず。悲しく笑うこともなく、冷たく見下ろす。


 本当の母親と暮らせるとなると、喜びで胸がいっぱいになり、残りの人生全てを母親孝行に当ててもらえると思っていたのか。


 拒絶されると思っていなかった彼女は、顔面蒼白になりながら私に手を伸ばす。抱きしめるためではない。


 ──この人は私に縋るしかないのだ。


 彼女の罪は重い。無関係の人間に人殺しの罪を被せたのだ。


 身分が貴族だったら王都中央広場で処刑されるんだろうけど、今回はひっそりと行われる可能性のほうが高いだろう。


 平民の処刑なんて娯楽にもなりはしない。


 罪の重さによって刑は変わるものの、彼女は救いようがなく、反省するつもりはなかった。


 伸ばされた手を払ったのは私ではなくノアール。爪で引っ掻いた。手の甲から血が流れる。


 「なんて野蛮な獣!!シオン!!あんたはお腹を痛めて産んだあたしより、そんな汚らしい獣を取るのかい!!?」

 「ノアールは汚らしくもなければ、獣でもない。私の家族だと言ったはずよ」

 「あたしが今まで、どれだけ心配して生きてきたか知らないだろう?うう……いつだってあたしはたった一人の娘の幸せを願って……」

 「嘘よ!!」


 泣き落とし作戦に水を差したのはユファンだった。


 可愛らしい顔立ちは一点に彼女だけを睨み、家でどんなに私の悪口を語っていたか教えてくれる。


 当然のことながら私と顔を会わせたあの日から。


 それまでは私の話題に触れることもなかった。ユファンは勘が良いから迂闊な発言でバレることを恐れていたのだろう。


 「ち、違うんだよ、シオン。あれはシオンを妬んだあの子の嘘で」

 「ユファンさんは嘘をつかないでしょ?」


 明るくて正義感が強い。どこか抜けてそうなのに芯がある。こんなくだらないことで嘘をつくような子ではない。


 十六年も一緒に暮らしていたのに、そんなことも知らなかったなんて。この人には人の親になる資格はない。


 言葉と態度だけで愛して、本心では玉の輿に乗って自分を贅沢させるように洗脳していただけ。ユファンの気持ちなんて一切考えていない。


 「待って……シオン様!お帰りになる前に私の魔法も奪って下さい!私には……分不相応すぎます」

 「いいえ。貴女の魔法はこれから、この国を救うのよ。私はただ、王太子に恩を返したかったから病を治しただけ。二度目はないわ」


 同じことが起きない保証はない。奇病じゃなくても、私がいないことにより病は人々を苦しめる。


 この国で唯一、光の最上級魔法を扱えるユファンの頑張りにかかっているのだ。


 「でも……私が、いなければ……」

 「それは違う。貴女じゃない。私がいなければ貴女は公女としてみんなに愛されていた。私が貴女の十六年を奪ったの。本当にごめんなさい」


 心から謝罪をした。

 必死に涙を堪えようとしているけど、既に頬を流れている。


 守ってあげたくなる可愛さ。これがヒロイン。


 「嬉しかったわ。貴女が私を庇ってくれて。ありがとう」


 心からの感謝。


 溢れる涙を乱暴に拭っては、あんなに揺らいでいた緑色の瞳は覚悟を持って私を見ていた。



 「もう二度と!魔力に支配されないように完璧に使いこなしてみせます!シオン様が救って下さったこの機会を無駄にしないとお約束します」

 「ええ、頑張って。貴女ならきっと出来るわ」


 私達を分け隔てる障害はなくなった。


 友情ルートが解放されそうな雰囲気だけど、私達が友達になることはまずないだろう。


 早く心休まるリーネットに帰りたい。


 「待てシオン!!どこに行く!!!??」

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