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偽物令嬢〜前世で大好きな兄に殺されました。そんな悪役令嬢は静かで平和な未来をお望みです〜  作者: あいみ
最終章

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差し込まれた光。真実に隠された真実

 暗い。見覚えがあるような、ないような。


 以前、シオンがいた場所とは違う。もっと狭い。


 四方が壁に囲まれ巨大な四角い箱の中にいるみたいだ。


 「初めまして」


 不意に声をかけられた。


 誰もいるはずのない空間には、男性が一人で座っている。足を伸ばして退屈そうに。


 人がいたことに驚きすぎて、しばらくフリーズしてしまった。


 この人は誰で、いつからいたのか。そもそもここは、私を飲み込んだ闇の世界。人がいること自体、おかしい。


 男性は私の硬直が解けるのを待ってくれている。人懐っこい笑顔。


 警戒して距離を取ったところで、ここには私達しかいない。壁の向こうにはいけないのだから、逃げられるわけでもなく。


 退屈を紛らわせるために話し相手になってもらおうかな。


 「初めまして。私はシオンです。貴方は……」

 「ヘルト。ただの……ヘルトだよ」


 その名前、聞き覚えがあるぞ。


 そうだ。英雄。世界を救った。


 またも私はフリーズしてしまう。キャパも超えた。


 直前の記憶を必死に辿る。私は死ぬためだけに生かされていて、それを公爵の口から告げられたことに絶望をした。


 命と存在、二つを同時に価値のないものとされ、生きる意味を失くしたんだ。


 私はほぼ無意識に英雄……。彼はただのヘルトだ。英雄ではない。


 ヘルトと同じ魔法の使い方をして、自身を消し去った。


 ──私がいなくなったことで、みんなは喜んでくれているだろうか。


 その場に座り込み、ギュッと膝を抱える。


 「君は面白い魂の形をしているね」


 闇夜でも光りそうな漆黒の瞳は真っ直ぐと私を捉えていた。


 柔らかい雰囲気とは真逆に、ヘルトを包む空気みたいなものは刺々しい。私を敵視しているわけではないのだろう。これがヘルトの存在感。


 ヘルトは魂の形と言った。見えているのだろうか?


 特別な存在だし、人とは異なる特殊能力を持っていたとしても驚くことではない。


 元々、この体はシオンのもの。魂が抜けて空っぽの器となったところに私が転生した。

 肉体と魂は異なる世界の、全く別人のものが一つに融合している。面白い形と揶揄されても仕方がない。


 加えて私は死を選んだ。魂はより不安定となっている。歪な形に歪んでしまったのだろうか。


 「シオンはどうしてここに来たの?」

 「私は生きていても意味がないから」


 誰からも祝福されずに生まれ、ひたすら死だけを望まれ生きてきた私に、どんな価値があるというのか。


 どうせ私が死んでも悲しみ悼む人はいない。


 はずなんだけど。ちょっとだけ今、胸がモヤっとした。なにかとても、大切なことを忘れているような……。


 思い出せないのは、大して重要なことじゃないはず。


 影に覆われた記憶はひたすら沈んでいく。私はそれをすくい上げようとは思わない。自分の記憶なのに、他人事のように底につくのを見ているだけ。


 他の記憶も同様だ。


 ゆっくりと落ちていく。全ての記憶が底に到達したとき、何が起こりどうなるのか。私は覚めた目でコトンと音を立てて沈みきっていく記憶の欠片を見下ろす。


 あくまでもイメージであり、実際の私はヘルトの隣に座り話をしている。


 「どうしてノアールを置いてきたの。彼は君の家族だろう?」

 「だって、私みたいな価値のない、いらない人間と一緒にいたらノアールまでそう思われる。ノアールは愛されて守られて。生まれてくるべき存在だから」


 ノアールを可哀想な子にしたくない。


 私は質問に答えただけなのに、ヘルトは悲しそうな顔をしていた。


 ごめんと呟いた意味がよくわからない。謝られるようなことはされていないんだけど。


 英雄なのだから、もっと堂々と胸を張ればいいんだ。ヘルトがいなければ世界はとっくに滅んでいた。


 死しても尚、その名が語り継がれるなんて早々ない。しかも平民が。


 それだけのことをやってのけた栄光があるからなんだろうけど。


 「異なる魂が触れ合うとき、閉ざされた真実の扉が開く」


 伸ばされたヘルトの手が私に触れた瞬間、千年もの長い歴史が遡る。


 全ての始まり。光と闇。背中合わせのような魔法。正義と悪の誕生。


 …………違う。いや、起こった事実は違わないんだけど。


 初代が魅了を使った本当の理由が、語られている真実とは別物。


 「ヘルト、貴方。初代があんなことをしたのは、自分のためだと知っていたの?」


 唐突の質問にも驚くことはなく、静かに目を閉じた。


 否定であり肯定。


 「その可能性を、感じていた」


 ヘルトは真実を知りたかった。私がここに来て、私と触れ合うことで誰にも開けることの出来なかった扉を開けてしまったのだ。


 千年前。悪として処刑されるのは……ヘルトだった。


 闇夜を照らす月と星を作り、国の平和と安泰を祈りだけで実現させた強力すぎる魔法。


 身分がせめて貴族だったなら王家との結婚で体面は保てるが、平民では不可能。

 爵位を与えたところで血筋までもが変わるわけではない。王家の体面だけでなく権威までもが失われようとしている。国民の希望はあろうことかヘルトに向けられていく。


 絶大な人気と支持。焦り困り果てた貴族はヘルトに冤罪を着せ処刑する算段をつけた。


 光は人々に希望を与える。光こそが絶対。象徴。他者を許してはならない。


 彼らは怯えていた。


 いつか立場が揺らぐのではないかと。平民が高貴な自分達の上に立つことなど、あってはならない。許されざる愚行。


 平民の分際で貴族よりも優れた魔法を持つなんて。焦りはいつしか妬みに変わる。


 初代の身を案じるふりをしながら、彼らの頭の中にあったのは、どんな罪を着せるか。それだけ。


 身分に囚われ、欲をかいた貴族は少なくない。罪は作り出し、証拠をでっちあげれば罪人に陥れることは簡単。


 人が良すぎる初代は彼らの思惑に気付くこともなかった。


 闇魔法を使って国を乗っ取られる前に大義名分を作るべきだと力強く説得してくる彼らには失望しかない。


 隠し切れない本音を見抜き、必死になって説得してくる彼らはただ、不穏分子を消し去り心の安寧が欲しいだけ。


 認めるのが怖いのだ。これまで築き上げてきたものが一人の平民に奪われるかもしれない未来が。


 信じていた家臣の裏切り。初代は絶望した。


 一緒に逃げる手もあったが、その選択肢は一番最初に切り捨てた。王としての責任を果たすために。


 ヘルトを助ける方法。世界を救った英雄となれば、誰も手は出せない。手を出させない。


 思い出の数々に勇気を貰い背中を押してもらうと、覚悟を決めた。


 光最上級魔法の魅了を、太陽に向けて……。


 「だから貴方は……いなくなったの?殺した後にその可能性を知ってしまったから」

 「最後に笑ったんだ。“良かった”って」


 その手で奪ってしまった命は還らない。真実を知ろうにも初代はどこにもいないのだ。だから、ヘルトもまた真実を隠した。


 優しき王が、虐殺王として未来永劫、歴史に名を刻むことを恐れて。


 懺悔と後悔。心に重くのしかかる罪悪感は生きる希望を断ち切ってしまった。


 親友を守るために悪となった光。命を踏み潰し尊厳を軽んじる。悪逆非道の限りを尽くした。一番最初に殺したのは家臣。裏切り、親友を手にかけようとした。


 予定通り、自分がいなくなった未来のことを考えて、後継者だけは殺さなかった。複数ある家門のうち、聞き覚えがあるのは、ケールレル、ブルーメル、そして……グレンジャー。


 最も強く、平民だからと非難していたのはグレンジャー公爵だった。三人とも顔が現在の当主に似ているな。


 魅了を打ち破るには魔力量で上回るしかなかったけど、王族よりも高い魔力なんて得られない。


 唯一、対等だったのがヘルト。


 初代が魅了を使う少し前、ヘルトは魔力封じの塔に閉じ込められた。


 その名の通り、魔力を封じ込め魔法を使えなくする塔。


 時間が必要だった。完全なる悪として名を蔓延らせるためには。


 罪なき多くの命を奪い、尊厳さえも踏みにじる。退屈しのぎの余興として蹂躙もさせた。


 光が希望ではなく悪の象徴となったのは四日後。


 気付けば鍵の開けられた塔を出て、一直線に王宮へと向かう。


 混沌とした恐ろしい世界。たった四日の間に秩序(じょうしき)は崩壊。目を背けてしまいたくなるような現実から逃げることなく、元の正しい世界に戻すために闇が光を隠す。


 それを見ていた初代は自分の命が終わる瞬間を待っていた。怖くはない。命と引き換えに親友を救えるのだから安いものだ。


 決して悟られないように悪を貫く姿は賞を授かってもおかしくはない。


 元凶でもある初代の元に辿り着いたヘルトの目に映るは、醜悪な笑みを浮かべて玉座に座る友。


 罪を重ねてほしくない。その願いが最上級魔法を生み出した。


 「嘘だったの?光こそが希望だと言ったことは。可能性の低い真実のために……?」

 「違う。本音だ。彼は平民である僕を対等な人として接してくれた。魔力コントロールも魔法の扱い方だって教えてくれた。彼は親友であると同時に師でもある」


 何もない、空かどうかもわからない上を見上げては、光に眩んだかのように目を細める。


 「偶然だった。魔物に襲われていた僕を助けてくれたんだ」


 運命か必然か。二人が出会った意味があったのかさえ、今となってはわかりはしない。


 一つだけ確かなことがあるとすれば、その出会いこそがヘルトに光の存在を強く認識させた。


 迫ってくる死を遠ざけた初代に希望を見出し、闇を照らし霧を晴らす光は必ず人々の希望となることを信じて疑わない。


 「でも……。こんなことになるとわかっていれば、僕は真実を隠さなかった。ごめんね、シオン。僕のせいで苦しい思いをさせてしまった」


 両手で私の手を包むヘルトは強い懺悔をしていた。


 苦しい思い?


 ヘルトは何を言っているのだろうか。反応に困っていると、驚いたように目が見開かれていた。


 ほとんどの記憶は底に落ちている。かろうじて残る記憶に色がつくことはない。人の顔は黒く塗り潰されていた。


 ずっと隣にいてくれた人がいたはずなのに、私はもうその人のことすら思い出せない。


 「シオン。君には帰るべき場所があるはずだ」

 「帰る……?」


 どこに?私の居場所はここだ。


 外に出ることはなく、永遠の一瞬(とき)を刻む。だって私の世界は、ここだけなのだから。


 肩に妙な違和感。誰かに手を置かれているような。後ろには誰もいなければ、実際に乗っているわけでもない。気のせいで片付けるには、あまりにもリアル。


 「シオン、よく見て。本当に何もないかい?」

 「あるわけが……」


 暗闇に一筋の光が差し込む。


 落ちたはずの記憶が浮上してくる。中には思い出せなかった大切な記憶もあった。


 私が死んだら悲しむ人がいる。危ないことをしたら本気で叱ってくれる人も。


 忘れるわけがないのに。あんなにも胸が温かくなる嬉しいことを。


 宝物として記憶を拾い上げると、パズルのピースのようにハマっていく。辛く苦しいことのほうが多いけど、それ以上に楽しいや嬉しいことがあって。


 光の先にはレイやオルゼ、スウェロだけじゃない。

 王様や王妃様。エノクを始めとした騎士団員。王宮ですれ違う貴族やモーイの街の人々。フェルバー商会やメイもいる。


 その先頭にいるのは……ノアール。


 溢れ出る愛しさ。思い出した。私はずっと彼らといたんだ。


 「ヘルト。一緒に行こう」


 差し出した手を掴むことなく首を横に振った。


 「あれは君の光だ。僕を照らしているわけじゃないから」


 両手両膝をついて、土下座のような姿勢でヘルトは


 「身勝手な僕を救おうとしてくれて、ありがとう」

 「こんな所に一人でいるのは寂しいよ?」

 「それが僕の罰だ。僕が真実を捻じ曲げなければ、君は苦しむことなく家族に愛されていたのに」

 「あんな人達に愛されなくてもいい!私は……」

 「シオン。君は愛されるべき、優しい人だ。僕のことなんて忘れて、さぁ、戻って」


 優しく背中を押してくれる。


 そうか。初代はもういない。生まれ変わることもないのだ。闇に飲み込まれた命は、どこにも還れない。ヘルトにとって初代がいる世界こそが居場所。


 光を失ってしまったら、どこにいても同じ。肉体のない魂が朽ちることを恐れているわけではない。照らしてくれる光がないから、もう出たくはないのだ。


 ここから出ない理由はもう一つ。自らの行いによる罰。


 最期の願いが呪いとなり、王家を縛るなんて夢にも思わず現代に生きる私を……。


 私は気にしていないと言えば手を取って、共に光の向こうに行ってくれるだろうか。


 だって、もしかしたら行けるかもしれない。差し出した手を掴んでほしくて、一歩を踏み出すも期待には応えてくれなかった。


 「僕のことは気にしなくていい。君の……シオンの帰るべき場所に帰るんだ」


 記憶はほとんど揃った。大切な感情(おもい)も人達も、全てを思い出して。でも、その、帰りたい場所だけがわからない。


 特別でずっといたいと思っていた場所があったはずなんだ。


 何気ない日常に幸せを感じ、人と触れ合うことが楽しくてたまらない。


 壮大な景色に霧がかかったまま。


 「帰ろう。シオンが帰りたいと思う場所に」


 今のは紛れもなくレイの声。少し泣きそうだった。その前にはオルゼの声も聞こえたような。


 霧が……晴れた。風が吹き飛ばしてくれた。


 私の帰りたい場所。すぐに思い浮かんだ。優しくて温かい、私の名前を呼んでくれる。


 生きることを当たり前に許し認めてくれた。一度たりとも私の死を望んだこともない。


 視界が弾けた。世界に色が付く。涙が溢れた。


 自分で選んだ。死ぬことを。生きることを諦めて。誰もいない孤独なら、苦しむことはないから。


 それが間違いであると気付かされてしまう。痛いと苦しいを飲み込んで、助けを求めることなく勝手に終わらせようとした。


 「みんなが待っている」


 十六年と比べたら私がリーネットで暮らした時間は圧倒的に短いけど、これだけは言える。


 私はリーネットが好きだ。リーネットに住むみんなを愛している。


 そのみんなが私を待ってくれていると。嘘かもしれないのに、簡単に信じてしまう私は我ながらバカだ。


 帰りたい。ただいまとおかえりを言える、あの場所へ。


 「ごめん、シオン。ありがとう。大丈夫だよ、君も愛されるべき子だから」


 力強い抱擁。


 「本当にごめんね」


 光に包まれる。私だけが。光の粒子となり、闇の中から消えゆく。


 ヘルトは祈ってくれていた。私の未来が幸せで溢れるように。


 私が戻るまで瞬きをすることなく見届けてくれるヘルトは悲しい顔をすることなく、むしろ満足そう。


 孤独は一人ぼっちよりも、ずっと寂しい。千年も孤独と過ごしてきたのだ。罰なら充分すぎるほど受けている。


 それでもまだ受け足りないとでも?


 「全部、伝えるから!真実に隠された真実」

 「うん」


 朗らかに微笑んだ。


 それを最後に、私の見ていた景色は変わる。


 レイに腕を引かれてた。


 その少し後ろではノアールが泣いている。レクシオルゼは安心と歓喜に涙を流し、スウェロは目頭を抑えて我慢していた。


 「私は、生まれてくる価値も存在理由もなかったけど、みんなと一緒にリーネットに帰ってもいいかな」


 答えは決まっている。帰ろうと言ってくれたのだ。それでも私は、安心したかった。


 私の帰りたい場所に、帰ってもいいのだと。欲しいのは許可ではなくて……。


 不安が消えない。


 心臓が激しく高鳴る。うるさくて、痛い。答え(こえ)をよりハッキリと聞きたくて自然に息を潜める。


 「もちろんだ。帰ろう。リーネットに」

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